74 魔境案内
闇の精霊王にお礼を言って、ムラタマを案内役に魔境を散策することになった。
隣を歩く楪は上機嫌だ。
「祝福、おめでとうございます」
祝がそう声をかけると、照れたように笑った。
「祝もおめでとう、これで五つ目?」
「光、土、水、風……、と闇ですからそうですね。五つ目です」
「僕はたぶん闇の祝福だけしか受けることができないだろうけど、とても嬉しいよ」
「闇だけで良いのではないですか? だって、光は数が少ないとしても世界中を探せば十人ぐらいはおりますし、土も水も風も火もある程度の祝福持ちはおりますもの。別に珍しいことじゃありません。だけど、闇の祝福は兄さまとわたしだけですから、激レアです」
楪は、確かにそうだ、と声を出して笑っていた。
あまりにも祝福に縁遠い生活を送ってきたからか、上機嫌過ぎて気持ち悪いレベルだ。
それだけではなく、ずっと後ろめたく感じていた『闇』を認められたというのも大きいのだろう。
ムラタマに案内されて魔境の中を歩いた。
祝福を受ける前と後では魔境の様子が様変わりして見える。最初は霞んでいて視界が悪かったので、魔境の景色がはっきりと見えなかったのに、祝福を受けた後は霧が晴れたようにすっきりと見える。
草も土もすべてが紫っぽい色で、全体的に暗い感じはするものの、空気は清浄でそれは仙境と変わらない。
魔境にも最果ての地と同じようなものがあるのか、と楪がムラタマに尋ねた。
ムラタマの説明では闇は瘴気を産み出さないので、そういう場所はないということだった。
それも意外だった。
仙境ではどんな清浄なものからも瘴気がわずかでも発生すると言われている。闇の性質が特殊なのだろうか。
「ほら、ここや。開けられた痕があるやろ?」
ムラタマが連れて行ってくれた場所は宮殿から紫色の木々が生えている林を抜けた場所にあった。
その場所ではムラタマのような外見の小さな精霊たちが忙しそうに働いている。
ムラタマが小さい身体を伸ばして指をさしている先を見ると、確かに、空間が歪な形でずれたように塞がれていた。
「仙境の方から塞ぐんはええねんけど、ちょっと雑やと思わへん? 仕事は丁寧にせなあかんわ」
「……申し訳ございません」
祝は父の雑な塞ぎ方を見たところだったので、思わず謝ってしまった。
「こっちのことも考えてきれいに塞いでってあの光の悪魔に伝えてくれる?」
ムラタマが悲しそうにため息を吐いて空間を眺めている。
実際、よく見てみるといろんな場所に不自然に繋ぎ合わされたような空間があった。
まるで割れた鏡をくっつけるときにずれてしまっているように、気持ち悪い感じがする。
小さな精霊たちはその繋ぎ目を少し解いては正しい位置に直していた。
ここの修理に駆り出されているので、他では闇の精霊に会わなかったようだ。
「塞ぐときに気を付けるように伝えますね」
「うん、頼むわ。まあ、先に穴を開ける奴を見つけたらそれで解決やねんけどな」
「ムラタマはその穴を開ける人を見たことがあるの?」
「あるよ。いつも数人でくるねん。二人の時もあれば三人のときもあるし」
ムラタマの話を聞いて、人数が多いなら一度仙境に戻って報告をしよう、と言ったのは楪だった。
それに同意した祝はムラタマに淡いの森へ送ってくれるように頼んだ。
「さっき精霊王が言うてたやん? 魔境に入ることができる入り口を探せって。こっちから出たら入り口わかるんちゃうかなって思ったねんけど」
ムラタマは紫色のゴボウのような指を動かしながら祝たちを見上げている。
祝はムラタマを抱き上げて目の高さまで持ってきた。
「ムラタマ、天才!」
どうしてそんな単純なことに気が付かなかったのだろう。
それもそうだ。出る所から出たら、入り口が分かるではないか。
祝はムラタマをグルグル回して褒め倒した。
「そう単純な話でもないだろう。だいたい、祝。どこに出るか分からない場所に出て、それが海外とかだったらどうする?」
「そのときはもう一度こっちへ入って、それから最果ての地へ送ってもらえば良いのですよ」
「……まあ、それもそうか」
しぶしぶ納得した楪を連れて、ムラタマの案内で魔境の入り口へ歩いていった。
「ここが入り口や。ほんならちょびっとだけ出てみよか」
ムラタマに従って、そっと魔境の出口から顔を出す。
そこは見慣れた場所だった。
「ここって……まさか」
祝は慌てて楪を振り返る。
楪もさすがに驚いているようだった。
「うん、間違いなくうちの四季の庭だね」
ムラタマの案内で紫色の霧のカーテンをくぐった先にあったのは、離れと本家の間にある四季の庭の中の秋の庭の中だった。
「ムラタマ、出入口はここだけですか?」
「うーん、他にもあったと思うねんけど、穴を開ける奴らが出入りしてるんはこの出入口だけや」
なんてことだ。
まさかずっと探していた犯人が自分の家の庭から出入りしていただなんて。
「ムラタマ、悪いけどもう一度魔境に戻ってくれますか?」
「戻ってどないするねん」
「だって……誰かこっちに向かって走ってくるし」
祝はムラタマにも見えやすいように抱き上げたまま、指をさして見せた。
目の前に広がる秋の庭の先に人影が見える。
「逃げた方が無難だと思うのよね」
「はよ言えや、このボケェェェッ!!」
「祝、ムラタマ、戻るぞ」
祝たちは慌てて魔境の中に入る。
入ってすぐに楪が闇の祝福を使って出入口に黒い煙幕のようなものを張った。その上から祝も影を出して覆い、真っ暗にする。
これで時間が稼げるだろう。
ムラタマを先に走らせ、紫の林の中に入る。
そこでムラタマに空間を繋げてもらい、その中に飛び込んだ。
――というか、飛び込んだ瞬間、土の上に落ちた。
「痛っ……って、お父さん!?」
遅れて飛び込んだ楪はきれいに着地していた。
周りを見ると、伯父も風斗もいる。祝はホッと息をついた。
繋ぎ目を見ると、ムラタマが頭だけ出している。何もない空間から紫玉ねぎの頭だけ飛び出しているようで、なかなかシュールだ。
「無事に戻ったな。ほんなら後のことは頼むで。闇の祝福があるからさっきの庭から魔境への扉は見えると思うわ」
ムラタマはそれだけ言い残すと、頭を引っ込めて繋ぎ目を素早く閉じた。
楪も祝もあっという間で、返事も出来なかった。
祝と比べると、ほんの少しだけ冷静な楪が説明役にまわってくれて、父たちに魔境であったことを説明している。
父と伯父の顔に厳しさが増し、二人で何か話し合っていた。
祝は風斗に起こしてもらって、それを眺めていた。
全員で四季の庭に戻ったのはそれから一時間ほどあとのことだった。
読んでくださってありがとうございます!
魔境から脱出です。
8月31日までちょっと立て込んでおりまして、不定期更新となります。
9月からはまた定期更新になりますので、どうぞお付き合い頂けたら嬉しいです。
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