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71 歪の向こう

 最果ての地にある(ひずみ)の向こう側を調べるためには、もう一度、ムラタマを呼び出す必要があるのだが、父や伯父はそうするつもりはないようだった。


「さっきの歪が毎日開いているの?」


 祝はさっきまで空中にあった亀裂の場所を見て、父にそう問いかけた。

 歪は何度塞ごうが、毎日現れるらしい。

 同じ場所ではないけれど、最果ての地の最深部付近に現れるので、それを他領地の『鍵』と協力して塞いでいるそうだ。


「さっきの闇の精霊の話で、この歪が人為的な物であるという確信が持てたわけだが、さて、どうするかな」


 父はそう言いながら伯父に視線を向けた。

 これは伯父に丸投げする流れだ。


「どうするもこうするも、原因がわかったのだからそれを除去するしかあるまい」


 伯父も父を見返している。

 これは父に除去させる流れだ。


「原因は人為的な穴で正しい。ですが『誰が何の目的で』ということや、人間界から魔境へ入ることのできる場所もわかっていないでしょう?」


 いや、誰が、というのはここにいる全員が薄々――というか、確信を持って「川渡一族だな」と思っているのだが、それを除けても歪を作る目的とこちら側から魔境への侵入経路がわからない。

 確実に歪から魔境へ入ることができるのであれば、その問題もなくなるけれど、歪はどこに繋がっているのか正直なところわからないのだ。

 だから、余計にわからない。

 どうやって魔境に入り、魔境の内側から仙境の瘴気の集まる最果ての地を歪によって繋げたのか。


「現行犯で捕まえることができれば一番だな。その犯人に目的を聞けばいい。それから魔境への入り方も聞けばいい」

「兄さん、それ本気で言ってます?」

「やけくそにもなるだろう? ましてやそれが自分の選んだ妻が原因だというならな」


 伯父は吐き捨てるようにそう言った。


 伯父は女性を見る目がなかったのだから自業自得である。

 さらに情状酌量として考えるなら、父の方が跡取りとしての能力が高く、祖母の桜子の方が伯父の母である先妻よりも家柄も後ろ盾も大きかった。だから、伯父は自分の後ろ盾に桜子の息のかかった墓堀家の親戚筋を求めるのではなく、墓堀家と敵対関係にある川渡を選んだのだ。そこまでして当主という地位に執着したのは祖父の教育もあるだろうから、その点は伯父にだけ責任を持たせるもの悪いような気がする。

 けれど、その子どもとして育っている楪がいる前でそんな言い分があるだろうか。

 どれだけ楪が闇が濃い体質を悩んでいると思っているのだろう。

 伯父の態度を見ていると、ムカムカと胸のあたりの気分が悪くなってくる。ただでさえ、最果ての地にいると気分が悪いのに。


「自分の選んだ妻だとおわかりになっているなら、それは選んだ伯父様の責任ではありませんか?」

「祝さま!?」


 我慢できずに祝の口からこぼれた言葉に、風斗が慌てている。


「風斗さん、言わせてくださいませ。だって、そうでしょう? まあ伯父様は女を見る目がなかったってヤツですよね。だから自業自得です。だけど、ここにいる息子の楪兄さまのことを考えてもそんな言葉が出てきますか?」


 祝がじっと伯父の目を見つめる。先に視線を外したのは伯父だった。


「……そうだな。一番迷惑をしているのは楪だろうな」

「父上……迷惑だなんて、そんなこと思ったこともありません。母上のやっていることは間違っている。じゃあ、父上と僕たちで正せばいいではありませんか?」


 伯父は小さくため息を吐いて、楪の頭に手を乗せた。


「子どもはいつの間にかこんなにしっかりと育つものなんだな」

「まあ、それには同感ですよ」


 父は伯父にそう言うと、小さく笑った。

 いつもの大嫌いなシイタケを見るときの笑顔ではなく、本当に思わず零れた笑顔だった。


「親がいなくても子どもは育つのですよ。三年も寝太郎だった父を持つとそうなるのです」

「呪詛を放つような母親を持ってもそうなりますね」


 祝と楪が恨めしそうに父と伯父を見ると、二人は頭を大きく倒してため息を吐いた。

 こうやって見ると、やはり兄弟だと思えるほどには、父と伯父はよく似ていた。祝と楪は顔を見合わせて小さく笑った。


 なんだかしっとりした雰囲気になりかけたのに、それをぶち壊したのは風斗の「瑞祥様」という叫び声だった。

 慌てて祝たちも声がした方を見ると、そこにはまた空間に歪が現れている。


「お父さんの閉じ方が雑だから開いちゃったんじゃないの!?」

「祝さま、言葉使い!」


 思わず地が出てしまった祝に、風斗が前から叫ぶ。

 祝の言葉使いより、目の前に集中して欲しいものである。


 空間には縦に切れ目が走り、それが徐々に開いていく。

 ハエトリソウがゆっくり開くように、緩慢な動きで隙間を広げていた。


「よっと」


 その隙間から小さな紫色の指が出てきて、勢いをつけるように頭を出した。


「ムラタマ!?」


 そこから顔を出したのは、さっき、父に歪の中に放り込まれたムラタマだった。


「帰ったんじゃなかったの!?」

「だから、祝さま、お言葉使いが!」


 この状況で祝の言葉使いを注意する方を優先する風斗は、間違いなく躾に厳しい蝶子と血縁だといえよう。


「いやぁ~、みなさん、お揃いで」


 放り込んでから10分も経ってないのだ。

 全員が揃っていて当たり前だろう。


「魔境に無事に戻れましたっていう報告とな、うちの精霊王がお礼を言いたいし、話があんねんて。そやから誰か一緒に来てくれへん?」


 ムラタマの提案に、父がしばらく考えて「僕が行こう」と言った。

 妥当な人選だと思う。

 父が行けば、魔境の中で何が起こっているか分かるし、風斗では最悪の場合に闇に光をぶつけて逃げるということができない。伯父は問題外だ。


「ええー、それは嫌やわ。おっさん、光の悪魔やん。同じ悪魔やったらチビッ子デビルの方がええわ」


 そう言うと、ムラタマは歪から飛び出し、テクテクと祝と楪の元まで歩いてきた。


「ということで、魔境ツアーにご招待しまーす!」

「え?」

「はあぁ!? なんてわたしが行かないといけないの!?」

「祝さま、お言葉使いが……」


 ムラタマはごそごそと腰に巻いた布の中に手を入れ、二本の棒を出した。


「紛らわしいところから、紛らわしいものを出すなっ!」


 ムラタマは叫ぶ祝を無視し、棒を楪と祝に握らせた。


「ほな、ちょっくら行ってきまーす! ちゃんとすぐに返すからご心配なく~!」


 ムラタマがそう言うや否や、持たされた棒から黒い影が吹き出して祝たちを包んだ。

 影に覆われて上手く息が出来ない。

 どこかに墜落したような衝撃のあと、咳き込んだことで胸に空気が入った。


「はーい。無事に到着やで~!ようこそおいでませ魔境へ!」


 ――どこが、無事に到着だ!


 ムラタマがそう言うと、影が薄れて周りが見えるようになった。

 祝の横には楪、そして、目の前には灰色の塔がそびえたっていた。


 


 


 



読んでくださってありがとうございます!


まさかのムラタマカムバックです。


ブックマークありがとうございます。

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