70 最果ての地へお出かけ
闇の精霊に聞きたいことを一通り聞きだした父たちは、朝食後にムラタマを連れて最果ての地へ確認に行くことになった。
最果ての地の歪みからムラタマを魔境へ返そう、ということらしい。
「良かったですね。お家に帰れそうですよ」
祝がムラタマにそう言うと、彼は楪の腕の中で吊り上がった目を潤ませていた。
「ほんまにすまんな。お前のこと、光の悪魔とか言うてごめんな。光で輝いてるわりにお前ってええ奴やってんな」
闇の精霊からすれば光は忌むべきものであるから、この場合、正しい表現なのだが、どうも褒められている気がしない。
ムラタマは腕で目を擦っている。祝はそれを冷めた目で見ていた。
そう。ムラタマは気が付いていないのだけで、最果ての地の歪みの先に魔境があるとは限らない。おそらく歪みの向こうが魔境である可能性は高いけれど、絶対ではない。父たちも祝も、ムラタマ以外、全員がその可能性に気が付いていたけれど、口には出さなかった。
祝たちは『歪みの向こう側へムラタマを返して歪みを閉じてしまおう』と考えているだけだ。ようは面倒な存在を見えない場所へ追い出すだけなのだ。
離れで全員で朝食を摂ったあと、風斗の運転する車で淡いの森まで出かけた。
同行するのは、祝、父、風斗、楪、伯父+ムラタマの五人+精霊一人である。
祝も最果ての地の一番外側までは入ったことがあるけれど、最深部までは入ったことがない。父と風斗が護衛につくので、今回は同行を認めてもらえた。
「闇の精霊ってみんなムラタマみたいな見た目なんですか?」
淡いの森に入ったとたん、気分が悪くなったと楪にしがみつきだしたムラタマは、めんどくさそうに祝の方を見て首を振った。
「いろいろやな。俺は小さい方やけど、人間サイズもおるし、もっと小さのもおるし」
祝が聞きたかったのはサイズではなく、見た目である。
仙境に住む精霊たちは基本的に見目が麗しい。それに比べると、悪しき精霊たちは毒素が全身に回っているのか、と言いたくなるぐらい醜いものが多い。イタズラ小鬼やゴブリンなんかもそれに当たる。
そして、ムラタマの外見は仙境に住む精霊たちと比べると、最果ての地にいる悪しき精霊に近いのだ。最初、ムラタマを見つけたときに悪しき精霊の亜種だと思ったぐらいには近い。
祝は自分の見た目もたいしたことがない十人並みだということを理解していたので、しつこく食い下がって他人の美醜について聞き出すほど厚かましくはなかった。
淡いの森の空気が清浄でさわやかな日差しが差しているとしたら、最果ての地へ近づくたびにその空気は濁りはじめ、日差しは弱くなっていく。
空を見上げると鉛色の分厚い雲が覆っていて、だんだん暗くなっていった。
「フア~ッ! やっと息苦しいのが消えたわ~。身体も軽うなってきたし」
ムラタマは目を細め、もぞもぞと動くと楪の腕から器用に肩に乗り移った。
楪はそれを苦笑いしながら見ていたけれど、嫌でもなさそうでしたいようにさせていた。
楪の顔色もとても良いから、やはり光の多い淡いの森よりも最果ての地に近づく方が彼にも合っているのだろう。
祝は最果ての地の瘴気がまったく平気なわけではないけれど、立てなくなるほどではなかった。しかし、それも一番外側までの話で中心部に近づけば近づくほど、身体が重くなっていくのが自分でもよくわかった。
「あれか」
先に歩いていた父と伯父が足を止め、祝と楪の後ろを守っていた風斗も足を止めた。
祝たちの目の前には大人が十分に通り抜けることができるぐらいの切れ目が空間に開いていた。
「祝さまたちは下がっていてください」
風斗はそう言うと祝と楪を背中に庇うように前にでた。父によって伯父も守られている。
空間の切れ目が波打つように動いたあと、一匹の真っ黒な猪のようなものが飛び出してきた。
「あれはセーフリームニルという猪の姿をした魔物ですね。あまりここに出ることはありませんが、いい勉強になりますから瑞祥様の捕縛を見ておいてくださいね」
風斗は守備体勢を取って祝たちの前にいるけれど、あまり焦っても心配もしていないようで父の動きを祝に説明している。
祝たちとセーフリームニルとの距離はだいぶんあるのに、身体をブルブルと揺らして唸り声を上げる空気の振動は肌を刺すように伝わってきた。
セーフリームニルは一番近くにいた父に狙いを定めて、直進してくる。猪突猛進というやつだ。
父はそれを避けようともせず、光の精霊に呼びかけると手の中から光で編まれた鎖を放ち、セーフリームニルをぐるぐる巻きにした。
ジュッと音を立てて光の鎖がその身体に食い込んでいる。そのたびに巨体が暴れ地面から土埃がたった。
「どうです? ちゃんと見ましたか?」
「……見ましたけど、一瞬だったので」
余りにも一瞬の出来事で、ちゃんと見たかと聞かれても、見ましたぐらいしか答えようもない。
その間にも父は魔物をぐるぐる巻きにしたまま、空間の切れ目に放り込んでいた。
ゴミを捨ててるんじゃないんだから。
「す、すごい。これが鍵の仕事なのか」
祝にはゴミ捨てにしか見えなかった行為も、楪は純粋にびっくりしたようで、目を見開いて感動している。が、光が使えない楪にはこんな力技みたいなことは不可能だし、祝だってもうちょっと繊細に捕縛したい、と思ってしまうほどには『かなり雑』だった。
「有馬先生の捕縛はもっと計算されて美しいですよ」
父には聞こえないように楪に小さい声で教えておいた。
一応、精霊捕縛を学んでいる身として、アレが標準だと思われたくはない。
「ここや、ここ! この切れ目から落ちてしもたんや」
「あっ、ムラタマ」
楪の肩からぴょんと飛び降りたムラタマは切れ目の近くまで走って行く。それを慌てて楪が追いかけていた。
「ここで間違いないか?」
父がムラタマに聞くと、間違いない、と頷いた。
「お坊ちゃん、悪いけど抱き上げてくれる?」
ムラタマは側に来た楪を見上げて手を伸ばしている。楪はムラタマをそっと抱き上げた。
「ほな、みなさん、さいならやで。ああ、そうや。一応世話になったからな。一宿一飯の礼ってヤツや」
泊めてもないし、食事も出してない――そう思ったけれど、訂正はしなかった。
面倒だったから。
「他のヤツはまあアレやったけどな。お坊ちゃん、君は将来性があるよ。魔境の王とは言わんけど、この辺の瘴気の籠った場所の王にぐらいはなれるよ」
祝は何も言わずに目だけでムラタマに「しゃべるな」と念を送った。
この最果ての地に流れてきた闇落ちした『鍵』の血も、それについてきた家臣団の血も両方を楪は継いでいる。
本人が気にしているかもしれないことを、ムラタマは遠慮なく喋り続けた。
「ま、それでや。君とは友だちになれそうやしな。特別に俺を呼び出すことを
許したるわ。特別やで。スペシャルや!」
「……それはどうもありがとう」
楪も何と言ったらいいのかわからないのか、苦笑したままムラタマの頭を撫でていた。
そして、あまりにも喋り続けているムラタマに痺れを切らした父が、楪の腕の中にいる紫色の塊を掴むと、そのまま切れ目めがけて投げた。
「ヒヨェェェ~、この光の悪魔ァァァァ」
そうムラタマは声を残して切れ目の向こうに消えてしまった。
ムラタマが入ったことを確認した父は、さっさと切れ目を閉じていく。指先から光を出して切れ目を縫い付けるようにくっつけていった。
そんな大雑把なことで空中に出来た歪みを閉じることができるのか。
そう思っている間にきれいに塞がって消えてしまった。
――塞がるんかい!
祝は何とか口から飛び出す言葉を飲み込んだ。
読んでくださってありがとうございます。
ムラタマ、無事かどうかわかりませんが、あちらへ帰ることができました。
暑い週末となりそうです。
どうぞお気をつけてお過ごしくださいね。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。




