6 父の仕事と守り刀
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このお話にたどり着いてくださったこと、感謝感謝です。
部屋に戻ってきた父と土のじいじがテーブルにつくと、プロンは二人にも同じようにお茶の準備をした。
「大事なお話は終わったの?」
祝が隣に座った父の方を見ると、父はテーブルの上に20センチほどの長さのある短剣を置いた。
柄の根本には薄い水色のきれいな大きい石が嵌められていて、刃の部分は木で作られたような鞘の中に収められている。
「この短剣の修理を土のお方にお願いしていたんだ。土の精霊たちは鍛冶が得意だからね」
触っていい? と父に聞いたあと、祝は手を伸ばしてそっと柄の部分の石に触れた。
「祝嬢ちゃんの短剣もあるぞ」
「ええっ、わたしのもあるんですか?」
それは嬉しい。
実生活で使うような場面はないだろうけれど、父がテーブルに置いた短剣がとても綺麗で見ているだけで幸せな気分になった。
「これは『守り刀』といってな、持ち主になる人が生まれた日に採れた一番質の高い鉱物と鉱石で作るんじゃ。瑞祥がうまれたときに採れた鉱石はアクアマリンでの。こうやって柄に嵌めるんじゃ。嬢ちゃんのときに採れたのはガーネットじゃったの」
この透明に少しだけ青を足したような綺麗な石の名前がアクアマリンなんだ。
祝は石の透明感のある美しさにしばらく気を取られ、大事なことを聞くのが遅くなった。
「守り刀ってなんですか?」
「守り刀はの、仙境の鍵となった者に与えられる精霊からの贈り物じゃ。嬢ちゃんの世界の言葉っぽく言うと、誕生祝いというやつじゃな。精霊の短剣がどんなものかは実際に見た方が早いじゃろうて」
土のじいじは父に短剣を使うように促した。
父が木の鞘を抜き柄の部分を握ると、刃先を自分の指先に当てる。
左の人差し指の先に血がぷっくりと膨らむように出ていた。
父はその血を柄に嵌められたアクアマリンの上に垂らす。すると、短剣全体がぼんやりと白く光だし、その光はどんどん大きくなって部屋全体を包んだ。
眩しくて、手で目を覆う。
光が収まったのか眩しさを感じなくなって、ゆっくり目を開けた。
そこには父と同じ歳ぐらいの男の人が立っていた。
薄い水色の髪と目は、銀色にも見える。すらっとした長身だから天井に頭がつっかえていた。
「……どちらさまですか?」
現実離れした容姿に見惚れて、祝はあんぐりと開けた口を何とか動かしてそう尋ねた。
「大きくなられましたね、祝さま。私のことは、藍、とお呼びください」
藍は床に膝立ちになりイスに座った祝と視線の高さを合わせる。きれいな青い目を細めて笑っていた。
初夏の快晴の空の色だ――。
それにあの短剣のアクアマリンの石の色に似ている。
そう思ってテーブルに目を向けると、置いてあったはずの短剣が消えていた。
「無くなってる!?」
あの眩しい光は短剣が発していた。光ると消えるのだろうか。
「あの短剣の名前は『藍』。藍はあの短剣の精霊での。人の形を取り、主を守るべく作られた短刀じゃ」
ふおおお、と感心して祝は藍へ視線を向ける。
この人がお父さんを守ってくれているんだ。
それは娘としてちゃんとお礼を言っておかないと。
娘の印象が悪くて、いざというときに父を守ってもらえないと困る。
というか、というか――。
「……お父さんの仕事ってなんだっけ?」
実家の仕事の手伝いをしている、と聞いたことがあるけれど、内容までは聞いてなかった。
娘としては親の仕事に興味を持つべきだったのかもしれない。
割と気にならなかったから、そのままにしていたけど。
「瑞祥、嬢ちゃんに仕事のことを話してなかったのか」
土のじいじが呆れた顔を父に向ける。
父はバツが悪そうに目を祝から逸らした。
「ああっ、わかりました! お父さんの仕事は『鍵』です!」
さっき、木霊のプランから聞いたばかりなのに、すっかり忘れていた。
父も祝も精霊たちが住む仙境へ続く淡いの森の鍵だった。
「おおっ、そうじゃ。安心したわい。して、嬢ちゃんは『鍵』の仕事がどんなものか知っておるかの?」
土のじいじはちょっとホッとしたように、落ち込んで少ししょぼんとしていた肩を上げた。
「えっと、鍵だから、閉めたり開けたり? 開けたり閉めたり?」
土のじいじは今度こそがくりと肩を落とした。
「鍵となった人の仕事は3つある」
土のじいじは小さな手をパッと開いて指を3本立てた。
「1つ目は仙境へ続く淡いの森の土地の管理じゃ。ゆえに墓堀家はこの辺り一帯に結界をかけて関係のない人間が入り込まないようにしておる。これは世界中に残っている仙境へ通じる道を管理している他の鍵の番人の家系も同じことをしておるのじゃ」
仙境といえば西洋ファンタジーのイメージがある。
妖精も精霊もエルフもドワーフも西洋ファンタジーだ。それはきっと、西洋の方に仙境と繋がる場所がたくさんあるからなのだろう。
木霊のプロンが昔はもっとたくさん仙境に通じる道が開いていたと言っていた。大かた閉じたということだけど、まだ何か所もここと同じような淡いの場所があるのだと、それを父の実家の墓堀家のような家が管理しているのだと、祝は納得した。
「2つ目は一族の鍵を絶やさないということじゃ。鍵は世代ごとに直系に近い血縁の中から選ばれる。とはいえ、昔と違って今は選ぶほど直系におらんからの。祝のように直系に最も近い人間が鍵となるのじゃ」
父は兄と2人兄弟で、その両方が鍵となっている。
父の世代の鍵はその2人だったそうだ。
一世代、鍵は2人選ばれる。もし、伯父にもう1人子どもがいれば祝ではなく、その子が鍵に選ばれたはずだった。
そう説明するように付け加えた父は申し訳なさそうな顔をしている。
祝だって思わないわけじゃない。
土のじいじやプロン、それに木霊ちゃんたちやこのちょっと変わった不思議な世界を知ったことは嬉しかったし、良かったと思う。
だけど、もう1人、伯父に子どもがいたら、こんな面倒くさそうなことには巻き込まれずに済んだのかも。
と思ってしまうのも本心だった。
「そして、3つ目。これが一番重要じゃ。仙境から人間界に逃げ出したり迷い出てしまった精霊を連れ戻すことじゃ」
逃げ出した精霊といっても、祝が知っている精霊は土のじいじと巨木の木霊のプロン、館で働く小鬼に淡いの森にいた木霊ちゃんぐらいだ。
逃げ出すというイメージがわかない。
それを伝えると、土のじいじは先週、父が捕縛したという精霊が入った小瓶を見せてくれた。
「これは精霊を捕縛するためのクリスタルで作った瓶じゃ。捕縛の呪文を彫っておるから中からは壊せん」
テーブルの上に置かれた小瓶は350mmのペットボトルより一回り小さい。
透き通った中を覗くと、薄紫の皮膚に鮮やかな黄色の水玉模様の翅の生えたカエルが瓶の外の様子に気が付いたみたいで、こちらに向かってドロドロの深緑色の粘膜液のようなものを吐き出している。
粘膜液はクリスタルの内壁に触れると蒸発するように消えていた。
「こいつはフロッケン。瓶から出すと嬢ちゃんより大きい身体に戻るぞ。短気なやつでな、こうやって毒を吐き出すから捕まえるのはやっかいなんじゃ」
「精霊って悪いのもいるんですか?」
精霊のイメージは花の周りを飛びながら、ウフフアハハ的なアレだ。
無害で敵意がなく安心安全安定の生物だと思っていた。
「もちろんじゃ。仙境にも最果ての地があるからの。そこにはこれより質の悪い魔物が多く住んでおる」
最果ての地は魔物たちが出す瘴気で歪が生まれ、ときどき、空間のつなぎ目に亀裂が入ることがあるそうだ。そこから人間界に出ていって悪さをするのだという。
日本の人間界に出た魔物は墓堀家が、他の国に出たものはその国の鍵の番人の子孫が連れ戻すことになっている、と教えてくれた。
「じゃあ、お父さんの仕事ってこういうやつを捕まえるのことなの?」
祝が父を見ると、「それだけじゃないけど、まあ、大かたの仕事はそんなところだね」と困ったように笑った。
魔物を捕まえたあとの空間の歪を閉じる所までが仕事になる、と付け加えた。
祝は何日も家を空ける父の理由を知って、急に心細くなる。
知らない場所でケガをしていても、祝にはわからない。
祝は父の腕を掴むと、きゅっと力を入れて握った。
「大丈夫だよ。お父さんには守り刀があるからね。藍がいつも一緒に行ってくれるんだ」
短刀の精霊である藍に視線を向けると、薄水色の目を細めてにっこりと笑った。
「必ずお守りしますよ。それが私の仕事ですから」
穏やかな藍の気配にホッとして、父の腕を握っていた手の力を緩めた。
……ちょっと、待った。
もしかして、もしかして、鍵の仕事っていうことは……。
「いつかはわたしもあんな毒吐きカエルを捕まえにいかなきゃならないってことぉぉぉぉっ!?」
自分の職業選択の自由がないことより、わけのわからないバケモノを相手にする仕事しか選べないことに、祝が気付いて呆然としていると、藍が穏やかな声で「大丈夫ですよ」と声をかけてきた。
「まだしばらく先ですから、もう少ししてから焦ってもよろしいと思いますよ」
藍は無駄に透明感のある整った顔でキラキラとした笑顔を浮かべていた。
祝は自分の出自を心から呪った。
死神なんて縁起の悪い二つ名をつけられたことなんて、かわいらしいものだ。
ゆくゆくはあんなバケモノを相手にしなくちゃならない仕事しか選べないなんて!
なんで普通の家に生まれてこなかったんだ!!
梅雨に入って雨が続きますが、心の中は晴れの気分で過ごしたいと思います。
明日も更新しますので、よろしくお願いいたします。
ありがとうございます(*'ω'*)




