5 祝と土の精霊王の館
たくさんある作品の中からこの作品に目を通してくださってありがとうございます。
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巨大な木のうろのドアの前に立った祝は、フッと身体が軽く浮くと風に全身を包み込まれた。
足元が消えてしまったような感覚に怖くて目を閉じる。
けれど、次の瞬間には足元には固い地面があり、身体に感じていた風も浮遊感もなくなっていた。
そっと目を開けると、祝は岩の中をくりぬいたような作りの部屋の中に立っていた。
赤茶色の岩壁は人工的に削られたのかでこぼこしていて、平らではない。祝の身長ならまったく問題ない部屋の高さも、隣にいる父は天井に頭がつきそうで場所によっては少し頭を下げるようにして動いていた。
壁には掘り込んだ棚があり、その中には本がびっしりと並んでいる。一番大きな壁にはまるで水が流れているように見える不思議な色合いのタペストリーがかかっていた。
部屋の中央に置かれたダイニングテーブルのイスを木霊のプロンがひいてくれたのでそこに座った。テーブルもイスも鉱石で出来ていて、触るとひんやりと冷たい。
父も同じように隣に座る。
土のお方は向かい合う前の席に座った。
「気に入ってくれたかの?」
部屋をきょろきょろを見渡していた祝は大きく頷いた。
「とても素敵な部屋です、土の精霊王」
祝はあまり深く物事を考えるタイプの子どもではなかったけれど、割と空気の読める子だった。
貧相な脳みそで考えた結果、取り合えず、『王』と名の付く人には丁寧に接した方がいいと判断した。
だいたい、童話や物語に出てくる王様は顔は笑っていても、腹の中は真っ黒け、なんて珍しくもないのだ。
初対面の土のお方がそうではないと言い切れないかもしれない。
念には念を入れておけば間違いないだろう。
「精霊王とはまた他人行儀な呼び方じゃな。土のお方と呼ばれるのも正直言ってイヤでの。もっと気軽に呼んでくれまいか?」
土のお方の表情から本心が読めないか、じっと祝は顔を見つめる。
ニコニコとシワだらけの顔で微笑んでいる彼から祝は何も読み取ることもができない。
幾千年と生きてきた精霊王と、この世に生まれてたった7年で考えることが苦手な祝とでは勝負にもならなかった。
そして、残念ながら祝は面倒なことを考える続けるだけの脳の忍耐力に恵まれていなかったので、
「じゃあ、『土のじいじ』で」
と簡単に言ってしまった。
「祝、それはダメだ。土のお方は精霊王なんだよ。とっても偉い人なんだ。だから、ちゃんと心を込めてお呼びしないといけない」
隣りに座っていた父は祝を窘めると、土のお方に頭を下げた。
「だから、心をこめて『土のじいじ』って呼ぶよ。だって、みんなおじいちゃんが2人ずついるんでしょ? お父さんの方のおじいちゃんは死んでいないからわたしには1人しかおじいちゃんがいないもん。土のじいじのことを本当のおじいちゃんだと思って呼ぶの」
父がもう一度窘めようと口を開きかけたとき、土のお方は「それは良いの」と笑った。
「瑞祥はわしの息子のようなものじゃ。その娘であるのなら孫でもおかしくはなかろうよ」
土のお方はシワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして祝を見ている。
この森の木を思わせるような温かみのある茶色い目が細められた。
父と土のお方が大事な話をするからと、テーブルから隣の部屋に移ったあと、祝もイスから立ち上がり部屋から廊下へ出た。そこには祝と同じぐらいの身長の、大きな目でつるりとした茶色い皮膚の精霊たちが真っ白なエプロンを着けて忙しなく動いていた。
「小鬼でございますよ、祝さま。ここにいる小鬼たちは館の掃除や雑用をするのが仕事なのです」
後ろから声をかけられ振り返ると、そこには巨木の木霊であるプロンが立っていた。
「小鬼?」
祝のイメージする、角が生えてヒョウ柄パンツを履いている姿の鬼とはまったく容姿が異なっていた。
ここにいる小鬼には牙もないし、怖がらせようとする様子もない。
「ええ。木のうろの内側は仙境に繋がっていますから、精霊たちが働いたり暮らしたりしているのでございますよ」
「あの森が仙境ではないの?」
母が入れなかったから森自体が精霊たちが住む仙境だと思っていた。
「いいえ、あの森は仙境と祝さまの世界を結ぶ淡いの場所でございます。森の奥の泉には『水の精霊王』、さらにその奥の火の山には『火の精霊王』、火の山の裏手にある風の谷には『風の精霊王』が住まう仙境があるのですよ」
祝はプロンの話を興味深く聞いた。
火、土、水、風、が万物の四大元素であり、それぞれに王が存在する。
祝が普段、使っている火も水も、どこでも感じることが出来る風でさえ精霊が存在することが不思議で、そしてまた、身近に感じることが出来るような気がした。
祝とプランが話しているあいだも小鬼たちは忙しそうに働いていた。
祝たちが入った場所は『土の館』と呼ばれるそうだ。
精霊王が住む場所だから、本来であれば『土の城』と呼びたいところだと、プロンが教えてくれた。
ただ、土のお方は畏まった言い方をされることを好まないそうで、結局、ここは『土の精霊王の住む土の館』と呼ばれている。
「ねえ、プロンさん。この館は地面の下にあるんですか?」
プロンは半透明なのに物質に触れることが出来るみたいだ。
祝に部屋に戻ってイスに座るように言うと、器用にお茶の準備ができたワゴンを押して戻ってきた。
「よくわかりましたね。ここは土の下に作られた館ですよ」
祝はプロンがテーブルに置いてくれたティーカップを手に持ち、そっと口をつける。
「窓がないからそうなのかなって」
口をつけたお茶は花の香りがした。祝が匂ったことのない良い香りが喉を通り身体じゅうに広がる。
「仙境と繋がっている場所は祝さまが来られたあの森だけではないんですよ。昔は祝さまの住む人間界にはいたるところに仙境へつながる淡いの場所があったのです。大かたの入り口は塞ぎました。迷って入り込む人間が多くなりましてね」
淡いの場所への迷い人には基本的に関与しない決まりがあるらしい。
淡いの場所を通り抜けて仙境までたどり着けば客人として迎え入れるけれど、たいていの人は淡いの場所で仙境への入り口はもちろん、元の世界へ帰る出口すら見つけることができなくて命を落としたそうだ。
「ですからね、精霊王たちは淡いの場所の門番を決めたのです。祝さまはその門番の子孫になるのです。代々、門番の家系には名前を授けることで淡いの場所の鍵の役割を務めているのですよ」
墓堀家にそんな役割があったとは。
想像できないほどの昔に祝のご先祖の誰かが精霊王たちに選ばれてこの森の門番になった。
それが祝まで繋がって続いていることを理解して、時の流れの長さに肌が粟立つ。
「今、ここの森に入れる鍵の人は何人いるんですか?」
父と祝、それにあとは誰がここへ来れるのだろう。
「あとはお二人、墓堀家の当主とそのご子息だけです」
当主は父の兄だから祝にとっては伯父になる。その息子は従兄だ。
やっぱりそうなんだ。
祝は時間を十分にかけて考えをまとめた。
木霊であるプロンは黙ったままの祝を不思議には思わないようで、空になったティーカップにお茶のお代わりを注いでくれた。
プロンが淹れなおしてくれたお茶をコクリと呑み込む。
おそらく、墓堀家の直系に近い人間だけが『鍵』になるのだろう。
じゃあ、もし、墓堀家が絶えてしまったら?
一度に鍵の四人が死んでしまったら?
この仙境はどうなってしまうのだろう。また淡いの場所に迷い込んで死ぬ人が出るのだろうか。
「それは大変! プロン、わたし、たくさん子ども作らなくっちゃ!」
祝がティーカップを手に持ったまま大声で叫んだとき、話が終わった父と土のお方がドアを開けて戻ってきた。
ドアを開けたまま立ち止まった父は、「子ども?」と呟きしばらく考えたあと、
「……まったく話が見えないんだけど、おそらく、祝、お前が考えていることは間違ってる」
と頭を抱えていた。
祝が父に思ったことを話すと、父は深い深いため息をついた。その後ろでは土のお方――改め、『土のじいじ』が声を上げて笑っていた。
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