4 淡いの森と土の精霊王
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『土のお方』に挨拶をしたあと、土のお方、父、祝、母の順で森に入ろうとした。
「……やっぱり、私はダメみたいね」
父と祝、土のお方は森の中に足を踏み入れていたけれど、母は森と広場のあいだにガラスの壁でもあるかのように立ち止まっている。
広場側からペタペタとパントマイムのような仕草で手を動かしていた。
母は広場側からこの森へは入れないらしい。
「そうか……、ここは『名持』しか入れないんだった。ごめん、すっかり忘れてた。誰かを連れてくるなんて今までなかったから。車で待ってて」
父はポケットから車のカギを取り出すと、それを母に向かって投げる。
車のカギはあっさりと母の手の中に落ちていく。
車のカギは簡単に通り抜けることができるのに、母はこっちへ入ってこれないのがなんだか納得がいかなくて父をじっと見上げた。
「祝はお父さんの実家の人に名前を付けてもらっただろ? 名前を付けてもらった人のことをここでは『名持』っていうんだ」
祝の疑問をすばやく感じ取った父は祝を抱き上げると説明を始めた。
「名持は知ってる。前にお母さんから聞いた」
父は祝を抱き上げたまま歩き始める。父の肩越しに母が車に戻っていくのが見えた。
「この森は『仙境』と呼ばれる場所と繋がっていてね、付けられた名前がこの森に入る鍵になるんだよ。だから、鍵を持たない人はここへ入ることが出来ないんだ」
また祝が知らない言葉が出てきた。
「仙境ってなに?」
父の隣を歩いている土のお方が面白そうに笑う。
「仙境っていうのはな、祝嬢ちゃん、わしらみたいな精霊が住んでいる場所のことをそう呼ぶんじゃ」
……また祝が知らない言葉が出てきた。
結界、仙境、精霊。
「精霊ってなに?」
自分の頭の内容量を考えると、これ以上増えたらメモ帳がいるかもしれない。
忘れないように頭の中で言葉を繰り返す。
「精霊っていうのは木や花や石や人や動物や……存在するすべてのものに宿る核になるものなんだけど……祝には難しいかな」
「むーーーん」
頭の中で新しい言葉がぐるぐる回る。
だいたい、核ってなんだ。
父の説明を聞いていると、その説明の中の言葉がわからなくて、またその言葉を聞かなくちゃならない。
「……学校の先生が頭の良い人は説明もうまいって言ってたから、お父さんはもしかしたらおバカさんなのかもしれない……」
皮肉を込めてボソっと呟くと、間近にある父の顔が引き攣っていた。
そんな親子のやり取りを笑ってみていた土のお方は、森の木々に向かって「おーい」と呼びかけた。
その呼び声に応えるかのように、木々のあいだから白い半透明の球体が次々と現れる。
土のお方はその一つを手に乗せて、祝に向かって伸ばした。
父は祝を地面に降ろしてくれた。父に抱き上げられていたら、いくら土のお方が手を伸ばしてくれても届かないのだ。
地面に降りた祝は、同じぐらいの身長の土のお方が差し出した手のひらをじっと見つめた。
そこにはテニスボールよりひとまわり大きいぐらいの半透明の球体が一つ乗っていた。
「祝嬢ちゃん、手を広げてごらん」
土のお方に言われるまま、祝は手のひらを上に向けて広げる。
すると、土のお方の手のひらにいた球体が祝の手のひらに移動した。
ふわふわで少しだけ温かさを感じる。
「これは木の精霊の『木霊』じゃよ」
木霊、祝がそう口にすると手のひらの球体は嬉しそうに丸いフォルムをふりふりと動かした。
「この木霊は、ほら、あそこの若木の精霊じゃ」
土のお方が指し示した場所には他の木に比べて幹が細く背の低いブナの木があった。
「木にはそれぞれに木霊がおる。それを木の精霊ともいうんじゃ。同じように花には花の精霊がおる。人から見てみれば動けずしゃべることもないただの物であっても精霊はそれぞれに存在しておるのじゃ」
木霊が木の精霊なら、木霊が住んでいる場所が仙境ということになるのだろう。
なんとなくぼんやりと理解できた祝は土のお方ににっこりと笑った。
「じゃあ、土のお方は何の精霊ですか?」
人と同じような姿は木霊とは違う。土のお方はいったい、何の精霊なのだろう。
「わしか? わしは土の精霊じゃ」
土、ということはこの足もとにある地面の土のことだろうか。
土のお方が地面から生えてくるところを想像して、ウッと言葉に詰まった。
それなりの年齢のおっさんが地面から生えてくる姿は、祝の頭の中でなかなかシュールな映像を作り上げた。
「自然には大きく分けて四つのエネルギーがあっての。そのうちのひとつが『土』なのじゃ」
土のお方の説明はとてもわかりやすかった。
土から派生するもの、鉱物や木などの精霊は『土』に属するそうだ。
だから、土のお方の呼びかけにも木霊はすぐに応えてくれたのだという。
森に入ってくる人が珍しいのか、呼び出されることが嬉しいのかわからないけれど、木霊は祝たちを取り囲むようにどんどんと数を増やしていった。
半透明の球体が木漏れ日を浴びてキラキラと輝きながら木々のあいだを漂う姿を見ているだけで、ぽかんと口が開いてしまうぐらい美しい。
……お母さんにも見せたかったな。
ちょっとだけ、そう思って落ち込んだ。
落ち込んだことを敏感に感じ取ったのか、数体の木霊が祝のほっぺたや肩にすりすりと身体を寄せてくる。
「木霊ちゃんたち、慰めてくれてるの?」
祝が笑いかけると、木霊たちは縦にふるふると身体を揺らして返事をした。
そして、また森の奥に向かって歩き出した土のお方の後ろをてくてくと祝はついていった。
その祝いの頭のまわりには木霊たちが付いてくる。
ときどき、祝は手を伸ばして木霊を撫でて遊んだ。
土のお方が足を止めたのは一本の巨木の前だった。
木の直径は20メートルはあるだろうか。見上げるとどこまでも枝を伸ばし葉を茂らせ、太陽の光さえ見えなくなるほどだった。
その幹の根元にあるうろには扉が付いていて、土のお方はドアを開けると「客人じゃ」と中に声をかけた。
中からその声に応えるように木霊とおなじような半透明の人の形をしたものが出てきた。
「おかえりなさいませ、土の精霊王。ようこそ、客人殿」
口元がないのに声が頭のなかに響くように聞こえる。
「祝嬢ちゃん、こいつはプロン。この木の木霊じゃ。樹齢が長くなると木霊も成長するからの。話もできるし、ちょっとした用事もこなしてくれるんじゃ。さ、なかへお入り」
土のお方はそう言って祝を手招きする。
「土のお方って王様なの!?」
大きな木にもびっくりだけど、作業着姿のおっちゃんが王様っていうのもびっくりだよ!
王様っていえば、服着てないのに服着てるって騙されるアレとか、泉に落し物をしたお姫様の弱みに付け込んで同衾しようとして壁にぶん投げられるカエルのアレとか、ロバの耳って叫ばれたりとか。
だめだ、ろくでもない王様しか浮かばない。
「そうじゃのう……嬢ちゃんが想像する王様とはちょっと違うような気もするが……いかにもわしは『土の精霊王』じゃ。土から生まれしすべての精霊たちの親にあたる」
木霊のプランが土のお方の言葉を肯定するように、横で頷きながら「その通りでございます」と拍手をしていた。
祝はそばにいる父を手招きし、耳元でこそっと問いかける。
「お父さん、土のお方って良い方の王様? それともロクでもない方?」
父は耳を離すと、祝の口を手でふさいだ。
明日も更新します。




