3 結界を抜けて地図にない町へ
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夏休みが始まるのを待って、両親の実家がある墓堀家を訪れることになった。
長期休みに合わせて行くぐらいだから、きっと遠方に移動するのだろうと思っていたのに、祝の予想は大きく裏切られた。
父が運転する車に乗って1時間。
たった1時間で祖父母が住む町に着いた。
こんなに近いならもっと早く連れてきてくれたら良かったのに。
祝がそう言うと、「連れて来たくなかったんでね」と父がため息をついた。
父の話によると父の家には父の兄と兄嫁、その子どもがいる。
祝は会ったことのない叔父や叔母、従兄に会えることが楽しみだった。
車は山道を登り始める。
狭い道できつい上り坂もあったけれど、父の運転する四駆は軽快に走り続けた。
……こんな山奥に町なんてあるんだろうか。
祝を連れて来たくなかった父が適当に走ってるのではないだろうか。
そんなことをふと思ったりもしたけれど、助手席に乗っている母が何も言わないところを見ると、大丈夫なのだろう。
そんな考えを吹き飛ばすように、祝は初めて見る山の景色を楽しんだ。
その『時』だった。
一瞬、見えない膜のようなものが身体に絡みつく感覚があった。
ねっとりとした膜に覆われたように一瞬息ができなくなる。それに、肌のいたるところがチクチクした。
「うー、気持ち悪い……」
全身が粟立つような感覚に思わず声が出る。
祝がぶるりと肌を震わせると、母は助手席から後部座席を振り返り、同じように肩をすくめた。
「何度経験しても慣れないわ。お母さんも初めてのときは気持ち悪かったもの」
母は運転席の父へ顔を向ける。祝は父とバックミラー越しに目が合った。
「ほら、祝、見てごらん。町が見えてきた」
父に言われて祝が外に目を向けると、そこにはさっきまでの山道も山もなく住宅地が並び、遠くにはビルも見える。
「えええっ? なんで? なんでっ!? さっきまで山の中だったのに!」
初めての場所だったから、家を出てからここまで興奮して寝たりはしていない。
それなのに、自分が寝ぼけているとしか思えない。
車は住宅地の整備された道を走っている。さっきまでの坂道すらなく、道はどこまでも平坦だった。
「この町は関係のない人間には見えないようになってるんだ。さっき、気持ち悪いって言ってただろ? 結界を通り抜けるとき慣れないうちは気持ち悪いからね。そのうち慣れるよ」
父の話は良くわからなかった。
祝にとっては聞いたことのない言葉が次々に出てくる。
「結界ってなに?」
父は考えるように、そうだなあ、と言って少し考えていた。
「祝のお家がある世界からこの町には簡単に入れないようになっているんだ。隔離された町だからね。関係のない人たちがはいってこないように、その二つの場所を繋いでいるドアみたいなものだよ」
祝は町の景色を眺めながら、さっきの気持ち悪さを思い出していた。
水よりももっとトロリとした液体の膜を潜り抜けたような感覚がした。そのときに祝はドアを通ってこの町に入ったのだと理解した。
隔離された町だと言われても祝には何が違うのかわからない。
歩いている人たちは祝が普段見るような恰好をしているし、すれ違う車も祝にとってもなじみのあるものだ。
夏休みで遊んでいるからなのか、楽しそうに走っている祝ぐらいの年齢の子どもたちもいる。
父は市街地を走り抜け、郊外まで進むと大きなゲートの前で車を停めた。ゲートの両側は高いフェンスで覆われていてそれがずっと向こう側まで続いていた。
ゲート両側に立っていた守衛が車に駆け寄ってくる。
父が窓を開け顔を見せると、護衛は慌てたようにゲートを開けた。
車はゆっくりと護衛の横を通り過ぎる。
護衛の人は車が通りすぎても背中を真っ直ぐに伸ばし、車に向かって頭を下げていた。
ゲートの中は何もなかった。
奥には森が広がっていて、その前には広場がある。それ以外何も見えなかった。
父は森の近くまで車を進めると、そこでエンジンを切った。
「さあ、着いた。降りるよ、祝」
父が車を先に降り、母も同じように外に出た。
祝も待ちきれないようにドアを開けて外へ飛び出す。
夏だというのに、風は乾燥していて興奮した肌に心地いい。
「この先におばあちゃんの家があるの?」
祝は両親を見上げる。
「違うよ。おばあちゃんの家に寄るのはまだ後だ。さあ、ついておいで」
父は祝の手を繋ぎ、森へ向かって歩く。
「ねえ、お父さん、あそこに誰かいるみたい」
森に入る手前で背の低い男の人が立っていた。
がっしりとした体形で日に焼けた肌、濃い茶色の髪で繋ぎの作業着姿だ。
男はこちらに気が付くと、大きく手を振った。
「わざわざ出迎えですか」
父も笑いながら近づき、膝を屈めて男とがっしりと握手した。
「祝嬢ちゃんかの?」
父から手を離した男は祝の方へ身体を向けた。
男は祝と同じぐらいの身長だった。
小さいけれど、顔の皺を見ると父よりはずっと年上に見える。
「はい、墓堀 祝、7歳です! あなたは?」
祝が問うと、父が代わりに答えた。
「この人は『土のお方』だ。祝に会えるのを楽しみにしていたんだよ」
目の前の土のお方は優しく笑っている。
『土のお方』がいったい何の意味があるのか祝にはわからなかった。
けれど、祝は残念ながら深く物事を考えるタイプの子どもではなかったので、
「初めまして、土のお方」
と、何の疑問もなく挨拶をした。
明日も更新しますのでよろしくお願いします。




