2 名持(なもち)
読んでくださってありがとうございます。
まだ序盤ですが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
祝は地方都市郊外の住宅街に両親と三人で暮らしている。
家から最寄り駅までは歩いて10分、祝が通う公立小学校も同じぐらいの距離にあった。
駅の周辺には小さながらも商店街があり、たいていの買い物はここで済ませることができる。
学校から帰ると家にいた母と一緒に商店街に買い物に出かける。それが祝と母の日課だった。
「お父さんが家にいると嬉しいね」
祝が母の隣を歩きながらそう言うと、母も、そうね、と嬉しそうに笑う。
父が留守のあいだは、母もどこか元気がないように見えた。
母は強くて明るい人だけれど、父がいないときはどこか張り詰めているような表情をすることが多かった。
具体的にどうだという説明は出来ないけれど、雰囲気がピリピリしている。
父が家にいるときはそれがなくなって、肩の力も抜けて笑顔も増えるのだ。
だから、祝は家族がみんな揃うのが一番好きだった。
「お母さんはわたしの名前をつけたお父さんの実家の人に会ったことがある?」
昨日、父に聞いたことを母にも尋ねてみる。
「お母さんは『名持』じゃないからお会いしたことがないの」
「なもち? なもちって食べ物? お餅みたいなもの?」
前後の文脈を考えればどう考えても食べ物は関係ない。母はそんなおバカな娘の質問にも慣れたもので、「お餅はまったく関係ないわね」と表情を変えずにはっきりと言い切った。
母の説明によると、『名持』というのは墓堀家の偉い人から名前を授けられた人のことらしい。
祝はもちろん、父も『名持』だそうだ。
「名前を貰えない人はどうやって名前をつけるの?」
祝や父は父の実家の偉い人に名前を貰ったけれど、母は『名持』じゃない。
「お母さんの名前は両親……祝のおじいちゃんとおばあちゃんがつけたのよ」
母も人の子なので親がいるのは当たり前だけれど、よくよく考えてみたらその祖父母に会ったことがないことに気が付いた。
「お母さんの方のおじちゃんとおばあちゃんって実在するんだ……!」
祝はびっくりして母を見上げる。
「ちゃんと実在するし、生きてます!」
母は立ち止まり、呆れたような顔をした。
「祝、どうしておじいちゃんたちが実在しないと思ったの?」
「だって、会ったことないし。お父さんの方は死んでるって言ってたからお母さんの方も死んでるんだって思ってた」
母は祝の答えに何かを考えるように目を閉じる。
「おじいちゃんたちに会ったことないことを祝は不思議に思わなかった?」
母の質問に祝は胸を張って頷く。
「学校のお友だちはおじいちゃんやおばあちゃんの話をするでしょう? 祝は自分はどうして会えないのかな、とか思わないわけ?」
いや、だから、死んでると思ってたんだって!
というのはこの場合、答えとして適切ではないことはさすがの祝にもわかった。
そして、祝が無い知恵をふり絞って出した答えがこれだった。
「うん、別にどうでもいいかなって」
祝はありったけの筋肉を動かして笑顔を作った。
それはもう、いい笑顔を作った。
それなのに母は全身から立ち上がるような空気をゆらりと纏い、「ほう」と呟く。
祝にしたら、気を使ったつもりだったのだ。
祖父母に会ったことがないことを、もし、母が気にしているのなら祝が「会いたい」ということが負担になるかもしれないから。
……だけど、目の前で腕を組んで祝を見下ろす母を見ると、ちょっと負担に思わせるぐらいが良かったのかもしれないと後悔した。
その日、家に帰ってからが大変だった。
母は祝を自分の実家に連れて行くと言い、それに対して父は頭を掻いて難しい顔をしていた。
母の実家は父の実家の近くにあるそうで、母の方だけに顔を出すわけにはいかないらしく、父はなぜか嫌がっていた。
話し合いという名の夫婦バトルは祝が寝たあとも続いたようで、朝起きたときには父は疲れ切った顔をしてげっそりとした表情を隠すことなくコーヒーを飲んでいた。
逆に母は勝利者宣言するように、
「祝、おじいちゃんとおばあちゃんのところへ行くわよ」
と片方の口元だけを上げ、悪い顔をして笑った。
祝は一つ賢くなった。
やっぱり我が家の頂点は母だ、と心のメモ帳に、逆らってはいけない、と書き込んだ。
明日も更新します。




