1 名前が嫌いな女の子
1話目と2話目を統合し、プロローグを追加しました。(2020年6月13日)
墓堀 祝は自分の名前が嫌いで仕方なかった。
『墓を掘る』という縁起の悪そうな苗字に、『祝』というめでたい名。
なんの悪い冗談なんだと、何度思ったかわからない。
この名前のおかげで幼稚園からずっとからかわれてきた。
幼稚園のころはまだ良かった。『祝ちゃん、変な名前~』って言われるぐらいだったから。
けれど、小学校に上がると祝のように一人っ子や兄弟姉妹がいてもその長男長女と、兄弟姉妹のいる次男三男、次女三女とはボキャブラリーの差が大きいのだ。
お兄ちゃんお姉ちゃんからいろんな言葉を聞いて知っている。
一人っ子や長男長女より、次男三男次女三女は経験値が高い。
だから、からかうレベルも幼稚園とは比べ物にならないほど高度になっていた。
小学一年生になってすぐ、まだランドセルだって教科書だってピカピカのある日、同じクラスの男子がこう言った。
「墓を掘るのを祝うって、お前、死神かよ」
真っ黒な長い髪と日焼けしてない白い肌という祝の外見も合わさって、クラスメイトはそりゃ盛り上がった。
死神ってぴったり~! とかいう声がクラス中から聞こえた。もちろん、こっちの感情なんてお構いなしだ。『死神』というものが何であるかすら知らない祝ですら、絶対に良い意味の言葉じゃないとわかるくらいの盛り上がり方だった。
その日から祝は『死神』という目出たくない二つ名を持つことになった。
『死神』という目出たくない二つ名を手に入れた日、祝は家に帰ると父親の元に駆け寄った。
祝の父、瑞祥は仕事で家にいないときは一週間ほど帰ってこない。
その代り、土日平日関係なく休みのときは外出することなく家にいてくれた。
父が家にいることが嬉しくて、ソファに座っている父の背中とソファのあいだに入り込んで、後ろから父の背中にぴったりと顔をつけた。
「お父さん、こんどは何日ぐらいお家にいれるの?」
父は祝を背中から引っ張り、向き合うように膝上に座らせると祝の真っ直ぐな黒髪を撫でる。
祝の髪の色は父譲りだ。ただし、祝は直毛なのでそこは母譲りなのだろう。
父は真っ黒な癖のある髪をゆらすと困ったように笑った。
「うーん、どうだろうな。仕事がいつ入るかわからないからね。仕事が入らなければしばらく家にいるし、仕事が入ったら今日にでも出かけないといけなくなる」
父の仕事がなんなのか詳しくは知らなかったし、同級生たちが土日に親と遊びに行った、という話を聞いても、ふーん、そうなんだ、ぐらいにしか思わなかった。
祝は小さいころから、あまり深く物事を考えるタイプの子どもではなかった。
良く言えば素直、悪く言えばちょっぴりおバカさんだったのかもしれない。
「そうだ、今日ね、死神って言われたの」
祝は『死神』というあだ名がついた経緯を父に説明した。
父はいつもと同じように、祝の目を見て話を遮ることなく最後まで聞いてくれた。
「祝は死神って言われてどう思った?」
父はたれ気味の目を細め、ゆっくりと答えを待つように膝の上に向き合って座った祝の目を覗き込む。
「わかんない。だって、死神がなにか知らないもん」
祝の言葉に父は眉を下げ、困ったように笑った。
「死神というのはね、神様の一種なんだよね。お父さんやお母さんや祝やこの世界で生きている人間や動物たちが死んじゃうときに会える神様。とはいえ、まだまだ会いたくはないけどね」
父の話す内容はよく理解できなかったけれど、父が死んじゃう、と言った言葉だけが祝の中に沈むように残った。
急に心細くなり父の首に手を回して抱きしめる。
祝のおでこや腕に父の体温を感じる。胸に耳を当てると規則正しい鼓動が聴こえた。
「わたし、自分の名前がきらい」
拗ねておでこを父の胸にぐりぐり当てると、頭の上から笑い声が聞こえる。
「どうして祝っていう名前をつけたの?」
せめて墓堀という苗字にふさわしいちょっと縁起の悪そうな名前にするとか、珍しい名前じゃなくありふれた名前なら、『死神』なんて二つ名を持つことにもならなかったのに。
「祝の名前はお父さんの実家が付けたんだよ。素敵な名前だと思うけどな」
父の実家というとおじいちゃんとおばあちゃんか。
確か祝が生まれる前に死んでしまっているから、名前を付けた人は別の人なのだろうか。
「墓堀の実家が付けたんだ。うちの家は生まれた子に名前を付けるっていう決まりがあってね。お父さんの名前もその人が決めたんだよ」
父は祝が考えていることを見透かすように説明を続けた。
「それにね、祝っていう漢字は祝福とか祝うとか良い意味があるから、きっとこれから祝を守ってくれるよ」
祝は、そうなんだー、とだけ返事をした。
よくよく考えればもっと突っ込んで聞くことがあった。
父の実家に行ったことがないことや、どこにあるのか、それに父は実家の仕事を手伝っていると言っていたことや、その仕事が何なのか、わからないことは『何で何で星人』にでもなって聞けばよかったのだ。
けれど、祝はそれにまったく気が付かなかった。
祝は残念なぐらい深く物事を考えないタイプの子どもだった。




