68 新種の精霊
蝶子は本家から楪と当主の伯父を連れて戻って来た。
早朝五時過ぎに、当主までもがやってきたことに離れの人間は皆、少なくとも良い意味でも悪い意味でも驚いていた。
楪だけくれば良かったのに、伯父までなんて面倒な。
という本音は、ここにいる伯父を除いたすべての人の心の中にあるわけだが、それをみすみす顔に出すような愚かな者はいなかった。
「何があったんだ」
伯父はもう起きていたのか、ノータイのカッターシャツとスラックス姿で髪も整えており身だしなみに隙がない。楪は寝起きなのだろう。寝ぐせのついた髪にTシャツと短パンという寝起き姿だった。
「朝からお騒がせして申し訳ありません。兄さんにまでご足労頂くことになってしまって」
「この時間なら起きているから問題ない」
父の『お前のことは呼んでない』という嫌味は伯父に通じなかったようだ。
「これです。冬の庭の上に落ちていたそうで祝と風斗が持ち帰ってきました」
父は無造作に食堂のテーブルの上に転がされている精霊に視線を向けた。
テーブルの上には小刻みに痙攣しながら、眉根を寄せて目を固く閉じている紫色の肌をした小さな精霊がいた。
「なんだ、これは……死んでる、いや死にかけなのか?」
伯父は不快なものを見るような顔をし、腕を組むと少し後ろに下がった。
「物体として見える間は死んでいませんよ。精霊の死は消滅ですから」
「じゃあ、これはどうしてこんな状態なのだ」
伯父がそう言いたくなるのも理解できる。
だけど、馬鹿正直に、あまりにも口が悪かったので振り回したら目を回しました、とは言えない。
「おそらく祝の光の量にあてられたのかと。悪しき精霊の亜種だと思うのですが、この精霊がどんな属性があるのかがわからないのです」
振り回したことは伏せて、要点だけを父は伝えた。
伯父は腐っていも当主なので、その父の『光にあてられた』という言葉だけで、自分の息子である楪が呼ばれた意味を理解し、嫌そうな顔をした。
統率力の無さと発言力と実力が無い人ではあるが、理解力の速さは流石である。
「楪、これを抱えてもらえるか?」
父はまだ寝ぼけている楪の腕に摘み上げた瀕死の精霊を乗せる。
楪は別に嫌な顔もせず、それを受け取ると大事そうに抱え込んだ。
「はぁ~。癒されるわ~。力がみなぎるわ~」
瀕死のボロ雑巾のような精霊はもぞもぞと楪の腕の中で動き、楪の胸にぴったりと顔をくっつけるようにしている。さっきまでも苦しそうな顔ではなく、徐々に穏やかな顔になってきた。
さらに、どす黒い紫色だった肌の色は鮮やかな紫色に変わっている。
「楪、気持ち悪くなったり、冷や汗がでたり、寒気を感じたりはないか?」
「はい、別に何も変化はありません」
その返事を聞いて、しばらく黙っていた父はおもむろに楪の腕の中にいる精霊の首根っこを掴んでぶら下げた。
「何すんねん、おっさん! お前はキモいんじゃ。放せボケぇぇぇぇ!!!」
「……ほう?」
父は、くわっと吊り上がった目を見開いて悪態をつく精霊の首根っこを掴んだまま、目の高さまで持ち上げた。
「ずいぶんと元気になったようだな」
「いや、あの、まだその、ああ、持病の癪が……」
父の顔が目の前にあるとわかったのか、精霊はまた具合の悪そうな顔をし始める。そして、摘み上げられた身体をいごいごと動かして、何とか楪を見ようとしていた。
「さっきの坊ちゃん、高貴な波動のそう、そこの貴方! どうぞこの弱い闇の精霊を憐れに思うならどうぞお助けをっ」
その精霊の言葉を聞いた父はニヤリと笑って、そのまま楪に向かって精霊を投げた。急に投げられた楪は驚きながらも何とかそれを受け止める。
「なるほど、闇の精霊か」
「闇の精霊ね」
伯父と父の言葉が重なる。どうやら二人には目の前の精霊の正体が分かったようだった。
「闇の精霊を見るのは初めてだな。まさか領地内にまで出てくるとは」
「叔父上、闇の精霊というのは何ですか?」
父は楪とこの場にいる人間に分かるように説明し始めた。
父に説明によると、闇の精霊は光の精霊の真逆にいる存在で、悪しき精霊とはまた別のものだそうだ。
墓堀家が仙境の鍵の番人であるように、闇の精霊たちも魔境と呼ばれる仙境のような場所を持っているらしい。
とはいえ、付き合いはないし、仙境に現われることすらないので存在はUMAみたいなものだと言っていた。
「これ以上のことは知らないから兄さんから聞くといい」
父は伯父に話を振る。全員の視線が自分に集まったことが気まずいのか、伯父は咳払いをして話し始めた。
「墓堀家が仙境の番人であるように、魔境にも番人の家系が存在すると言われている。ただし、もう何百年も前に途絶えてしまったということだから、そのときにその境界は閉じらたと聞いたことがある」
「最果ての地とはまた違うのですか?」
祝は仙境の中で生まれた瘴気が流れ着く場所である最果ての地を思い浮かべた。あの場所こそ魔境と言ってもいいのではないだろうか。
「もちろん違う。最果ての地はあくまでも仙境の一部だ。魔境はまた別の仙境だと思った方が理解しやすいだろう」
光の妖精王が創ったのが仙境。闇の精霊王が創ったのが魔境。
仙境に住むのは水、土、火、風の属性を持つ精霊で、魔境に住むのは闇の属性を持つ精霊。悪しき精霊は瘴気にあてられて狂ってしまった元精霊などだから闇の精霊とは全く別物だそうだ。
そう考えればいい、と伯父は説明した。
「しかし、魔境はずいぶん昔に閉じられているはずだ。いったい、これはどうやってこちら側へ出てきたんだ?」
伯父の疑問はもっともだった。
出入口が無くなって、何百年も経つ魔境から闇の精霊がいったい、どうやってこちら側へ出てきたのだろう。
「それはこれに聞くしかないでしょうね」
父は楪が抱えている精霊に視線を落とした。
読んでくださってありがとうございます!
仙境と魔境は別の国、ぐらいの感覚です。
少しでも楽しんで頂ければ幸せです♪




