67 行き倒れの精霊
墓堀家の離れの朝は早い。
何しろ惰眠を貪る年頃である唯一の子どもの祝が早起きだから、使用人たちはそれに合わせて動かなければならないのだ。
最初の頃は寝たふりをしたり、使用人に気付かれないようにとこっそりと活動していたのだが、逆に祝のそういった行動に気が付いた使用人たちがそれより早く動き出したので、祝も開き直って早朝から動くことにした。
部屋に備え付けられている洗面台で顔を洗い、手早く身支度を整えると朝の散歩に出かける。お供は眠そうに目を擦っている風斗だ。
季節はこの離れに来てから四度目の夏を迎えようとしていた。
散歩といっても離れと本家の間にある四季の庭をぐるりと回り、精霊たちに挨拶をする。それから、冬の庭へ行ってラジオ体操をする程度だ。
「んー。やはり夏とはいえ早朝は空気も涼しくて気持ちいいですねえ」
祝はラジオ体操を終え、背伸びを最後にした。
「そうですか? まだ日も出てないですよ」
ふわぁ、と大きなあくびをした風斗は目を擦っている。
日の出はまだだけれど、夏の五時はもう明るい。冬になると七時前にならないと散歩にいけないので冬より日の長い夏がすきだ。
「じゃあ、帰ったらいつも通りしばらく二度目するといいですよ。わたしは朝食の後は課題ですから部屋からでませんし」
「ありがたきお言葉でございます」
風斗は眠そうな顔のまま大袈裟に頭を下げる――と、そのまま固まって動かなくなった。
「ちょっと、こんなところで寝ないでください。家に戻るまで我慢して――」
風斗の視線の先を何気なく見た祝は、同じように固まってしまった。
「……アレは一体何でしょう?」
「……祝さまにも見えますよね?」
二人の視線の先にはフラフラとした足取りで力尽きた、とばかりに土の上に倒れ込んだ小型の精霊がいた。
体調はニ十センチほどの小ささだけれど、尖った耳に吊り上がった目、紫色の皮膚に腰だけに布を巻いた姿は、どことどう見ても悪しき精霊の一種だった。
「なぜこんな場所に悪しき精霊が……」
「しかもずいぶん弱っていますね」
風斗と祝は土の上に倒れ込んでいる悪しき精霊を上から覗き込んで、ヒソヒソと話合った。
足元でくたくたになっている精霊は今にも消えてしまいそうなほどだった。
「取り合えず、持って帰りましょうか?」
「……何が取り合えずなのかご説明頂いてもかまいませんか」
風斗はさっきまでの眠そうな目を完全に覚醒させ、祝に詰め寄る。説明といわれても、こんなに弱っているものを放置して帰ることはできない、という単純な話なのだが、風斗を納得させるためにはもう少し理由が要りそうだ。
「四季の庭の中でも冬の庭の土は常に土の精霊たちが浄化しているのですよ。なのに、こんなところにこんなものがひっくり返っているのがおかしいのです。これは連れて帰って父に相談するべき案件だと思います」
祝がそう言って足元の精霊のお腹の部分を手で掴んで持ち上げると、弱っている精霊は最期の力を振り絞るようにジタバタと力強く暴れる。
――死にかけのセミみたい。
「暴れずにじっとしてなさい。家に連れて帰るから」
祝は手の中の精霊にそう言い聞かせる。
「……きもちっわっるっ……ゲエエッ」
手の中にいる精霊は小さく呟くと、口から液体を吐き出した。
「お前、お前だ。気持ち悪い原因は! 放せ、クソガキ」
お腹の辺りを握られているのに、精霊は頭だけ起こし、吊り上がった目をさらに吊り上げて悪態をついた。
「ずいぶんと元気ではありませんか。今すぐ消し去っても良いんですよ」
「ひっ……ご勘弁を。かわいらしいお嬢さん、貴女はちょっとオイラと相性が悪いんで隣りの兄さんにでも渡してもらえませんかねえ?」
急に媚びた声をだし、揉み手をしそうな勢いで下手に出だした精霊を、祝は目を眇めて見つめる。
「祝さま、もしかしたら、祝さまの光の量が多すぎてそれが苦しいのかもしれませんよ」
「なるほど」
闇を好む悪しき精霊なら光の量の多い祝は気持ち悪いだろう。
祝は手に持っていた精霊を風斗に渡した。
「兄さん、良く分かっていらっしゃる! ああ、こっちの方がマシだ。まあ、マシって程度だけどな!」
「風斗さん、貸してください。わたしがしっかり握っておきましょう」
「え、ちょ、待って。ダメ、絶対」
祝は風斗の手から奪い返して、それを持ったままグルグルと腕を回した。
最初の方は叫んでいた精霊も、しばらくすると声も出ないほどに目を回したので、そのまま離れに連れて帰った。
精霊を連れて帰った祝と風斗を見て、すぐに蝶子は父を起こしに行ってくれた。
蝶子には精霊の姿が見えたけれど、父と一緒にやって来た母には見えなかったようだ。
「悪しき精霊とはちょっと違う気もするな」
父はぐったりと寝込んでいる精霊を突いたり、揺らしたりして調べていたけれど、腕を組んで考え込んでいた。
「そうなの? てっきり最果ての地から淡いの森にでも迷い出てきたのかと」
「これぐらいの小型なら淡いの森でうろつく間に消えてしまうからな」
淡いの森に出てしまえば、土の精霊についてきたり、水の館の川から春の滝に出たりして、ここまで来るのは不可能ではない。
だけど、それすら出来ない小型なのに消えてしまわずにたどり着いたというのは何故だろう。
「どっちにしろこの精霊の意識が回復しないことには話も出来ないからね。とはいえ、悪しき精霊の亜種であるならここは居心地が悪いだろう」
「どうして?」
「この離れには光の祝福を持つ妖精王の愛し子が二人もいるんだ。氷が火山に飛び込むようなものだよ」
とはいえ、離れには父を始め、祝や風斗、七緒も精霊王から祝福を得ている人間が多い。この精霊が少しでも居心地が良いように、と思っても移せる場所がないのだ。
「だったら楪兄さまに来てもらいましょう。一番闇が多くて頼みやすいですよ」
闇の多さでは伯母が一番だけれど、頼みごとをするような間柄ではない。闇が多くて頼みやすいのは楪が一番だった。
「じゃあ、蝶子、悪いけど本家に行ってきてくれるか」
父は少し考えていたけれど、致し方ない、と楪を頼ることにしたらしい。
父に頼まれた蝶子は本家へ楪を迎えに行った。
読んでくださってありがとうございます!
ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。嬉しいです!!
今日も一日暑い日でしたね。
明日も暑いようです。どうぞ熱中症対策をしてお出かけくださいませ。




