66 最果ての地
「悪いね風斗、こんなところまで付き合ってもらって」
幼馴染であり、主と決めた唯一の人、瑞祥は守り刀の『藍』を人型にしていた。
今朝早くに「瘴気が濃くなった」と、ぽつりと呟いた我が主は風斗と藍を連れて最果ての地まで来たのだ。
仙境を通り抜けて最果ての地へ入るからか、この場所の歪さが改めて良く分かる。最果ての地の外側はまだ瘴気が薄いから、仙境であったころの名残が見て取れる。木々は枯れ落ち腐っていても、まだ何とか形を保っていた。だが、最深部へ近づけば近づくほど、瘴気は濃くなり、それを含んだ禍々しい土だけが広がっていて、外側で見られたような木の残骸すら残っていなかった。
この場所もかつては木霊が飛び交う仙境の一部だったと思うと、瘴気の凄まじさを改めて感じる。
「これぐらいで悪いと思っておられるとは驚きですよ」
風斗が笑うと、側にいた藍も同じように笑った。
藍は土の精霊王が創った守り刀で、アクアマリンが柄に埋め込まれている。その石の精霊と刀の鉱石が混ざり合い守り刀の精霊となるのだ。そして、その精霊は人型を取ることが出来るようになる。
藍はこの世に生を受けたときから守り刀として覚醒しているので、他の精霊たちに比べると人間味があるのかもしれない。
他に守り刀を持っているのは、有馬と祝だけだ。
祝の刀は十三歳の誕生日に渡すことになっているから、いったい、どんな人型が出てくるのか楽しみでもある。
「それにしても、すごいですね。あの歪みですよね」
目の前に広がる歪みは昨日、イギリスのエジンバラにある他領地の鍵の番人の当主自らが封じた、と連絡があったばかりなのに。
ぽっかりと口を空間に開けている箇所からは、瘴気と混ざり合った悪しき精霊が次々と姿を現しているところだった。
「閉じても閉じても開くのがおかしいんだ。さてと、じゃあ、片付けるとするか」
瑞祥の言葉を合図に、風斗と藍は歪みから出てきた悪しき精霊を倒していく。本来であれば捕縛して仙境の空気で浄化すれば、元の精霊に戻るものもいるのだが、数がこう多いとそんな悠長なことも言っていられない。
風斗と藍は比較的、小型から中型の悪しき精霊を薙ぎ倒していった。
瑞祥は大型の悪しき精霊を光の鎖で捕縛して歪みの中に放り込んでいる。ある程度、大型のものが片付いたところで、歪みを閉じる作業に入っていた。
身体から光を出し、ぱかりと開いた空間を繋ぎ合わせるように閉じていく。閉じ終わったら空中に光の線が一本浮かび上がり、しばらくしてそれも消えた。
「完了。そっちはどうだ?」
瑞祥に声をかけられて、藍は「片付きました」と返事をしている。風斗も自分の周りを見渡して、取りこぼしのないことを確認してから「終わりました」と告げた。瑞祥は二人の仕事が終わっていることを確認して、藍を刀に戻して鞘に納めた。
「こう毎日誰かが駆り出されるようじゃ、どうしようもないな」
「ですね。領主会議でこの場所をすべての領地の管轄にしてもらって正解でしたよ。こんなのうちだけだったらとてもじゃないけどどうなってたか……」
風斗は自分で言いながらも、そうなったときのことを考えて背筋が冷たくなった。
歪みを塞ぐことが出来なくなると、その大きさは日に日に広がり、周りにある濃い瘴気を倍増させる。さらに悪しき精霊を産み出すのだ。
仙境にまで瘴気が流れ出てくると、瘴気にあてられた場所の生物は死に絶え、精霊は狂い出す。そして、瘴気に触れた仙境は最果ての地の一部へと変わってしまう。最果ての地が拡がり続け、やがて仙境を飲み込んでしまうかもしれない。
その管理不行き届きをうちの領地の責任にされるところだった。
「今日はうちが修復をしたと、各領地へ連絡を入れておいてくれ。明日は他がやるだろう」
「わかりました。しかし、原因がわからないことには対処療法でしかありませんんね」
「原因を知ってそうな人に心当たりはあるけどね」
瑞祥はため息を吐いて空を見上げていた。同じように空を見上げるけれど、どこまでも暗い雲が分厚く覆っているだけで、その先は見えない。
「瑞祥様はこの場所のことを何か聞いておられるのですか?」
「次男だからな。教えられてないんだ。まあ当主は何かしらの答えを持っているだろうけどね」
垂れ気味の目を細めてどこか諦めたような表情をしているところを見ると、ようやく当主と話をする気になったらしい。
この異母兄弟は他人以上に仲が悪いので、お互いを頼るのは最終手段なのだろう。その最終手段に手を出さないといけないほど、逼迫しているということだろうか。
「川渡がしばらく大人しいのも気になる」
「この前、その話を祝さまにしたら『大人しいなら良いではありませんか』とおっしゃってましたよ。あの腹の座り具合は沙織様似なんでしょうね」
瑞祥の一人娘の祝はあまり深く物事を捉えない。それはまだ始まってもないことに気を揉む余裕がないことの裏返しなのだが、行き当たりばったりでも何とかしてしまうパワーを見ると、やはり瑞祥の娘なのだな、と感心する。
祝は自己評価の低い子どもだが、いつもそばで見ている風斗はそうは思わない。
面白い、びっくり箱みたいな、そんな子どもなのだ。
「お前も早く結婚でもして子どもを作ればいいんだ。子どもっていうのは似てほしくないところばかり似て嫌になる」
そうブツブツ言っている瑞祥もやはり、どこか誇らし気な顔をしていた。
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今回は風斗と瑞祥と藍のターンでした。
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