63 諸刃の刃
光春は祝を見つけると、家に入れないのに玄関へ突撃して、再び弾き飛ばされた。どうやら父の張った結界は弾き飛ばされるごとに、威力と距離が伸びるようだ。父の性格の悪さが垣間見える結界仕様である。
学習能力がないというか、何度も弾き飛ばされて転がっている老年の男性にケガがないか心配してしまう。
光春は車止めの外まで弾き飛ばされたようで、うめき声をあげながらヨロヨロと起き上がった。
蝶子は祝が玄関へ来たのを見て、眉を吊り上げていたけれど、弾き飛ばされた光春を助けるのが先だと思ったのか玄関から出て起き上がっている光春に手を貸していた。
「祝、光春大叔父様だよ。ああ、やっと会えた! 正当な墓堀の光の子に!」
蝶子に支えてもらいながらこちらへ歩いてくる光春の目は焦点が合ってないぐらい大きく見開かれていて、その眼球は忙しなく祝の全身を舐めるように見つめていた。
玄関ドアの前まで来ると祝に向かって手を伸ばそうとする。そのたびに手はバシッという音を立てて弾かれていた。
「さあ、こっちへ出てきておくれ」
そう言ってドアに触れるか触れないかぐらいまで指先を伸ばしている。その光春の異様なまでの表情に肌が粟立つ。
後ろからは階段を風斗と千尋が階段を駆け下りる音が響いていた。
祝はその音にホッとして後ろを振り返った。
ここでビビってたんじゃ、わざわざ出てきた意味ないもんね。
ドアの向こうには蝶子、祝の横には楪、後ろには風斗と千尋がいる。さらに、騒ぎを聞きつけたのか、他の使用人たちがこちらへ向かってくる足音が遠くから聞こえた。
ここはホーム。大丈夫。
祝は隣にいる楪の手を握り、玄関に少しだけ近づく。すると、それを見た光春が余計に目をギラギラとさせて口の端には泡を付けて「祝、さあ!」と手を伸ばしていた。
「楪兄さま、怖いですですぅー。変なおじさんがいますぅー。兄さま、祝を変なおじさんから守ってくださいー」
祝は思いっきり楪に抱き着いた。
さあ、笑いたければ笑え。
抱き着かれた楪は祝の頭が本気でおかしくなったんじゃなか、という顔をして見下ろしているし、ふり返れば風斗は顔から表情が落ちてしまっている。呆然としているというより、あれは頭の中の処理がキャパを越えたのだろう。隣りの千尋は面白そうに唇を自分の指で触っていたけれど。
こんなときでも蝶子はさすがだった。
一瞬、祝の言葉に固まった表情をすぐに戻し、目を細めて祝を見ると小さく頷いた。それを見て祝も頷き返す。
良かった、蝶子にだけは真意が伝わった……。
「ねえ、兄さまあー、お部屋に戻りましょう? こんな変な人と一緒だと怖いですぅー」
祝はそう言いながら光春から見えないように、楪の足を踏んだ。
その痛みでハッとしたのか、楪は「……そうだな」と動揺しながらも呟く。
「楪兄さまー、さっきのお話の続きが聞きたいですぅー。祝は部屋に戻りたいのですー」
自分の口から出している言葉ではあるけれど、口から虫が湧きそうだった。
早く動いてくれ、そう思ってもう一度楪の足を踏んだ。
「ええ、それがいいですわね。楪様、お嬢様をお部屋で寝かしていただけますか? 楪様がいらっしゃらないとお嬢様は寝ようとしませんから」
蝶子が助け舟を出す。楪の顔には「?」が浮かんでいるけれど、祝は気にせずに抱き着いたまま楪を引きずって玄関から遠ざける。
後ろにいた風斗もやっと気が付いたのか、楪を先導するように歩き出した。
「まっ、待ってくれ、祝、大叔父様と話をしよう。祝の味方は大叔父様だけだぞ。私ならお前を守ってやれる」
玄関から入ることもできないくせに、何が守ってやれる、だ。
しつこい光春に祝はちらりと視線を向けて、その後、楪の背中に顔を埋めた。
「あなたなんて知りませんっ。気持ち悪いから帰ってくださいー」
気持ち悪い、と言ったあたりでバシッとすごい音がしたから顔を上げると、光春がまた玄関から弾き飛ばされているところだった。
懲りないなあ、本当に。
光春が派手に転んでいる間に楪を引っ張って二階への階段へ向かった。
「風斗さん、蝶子さんに付いていてください。それでアレを追い返してくださいね」
小声で風斗にそうお願いして、千尋に付いてもらって部屋まで戻った。
楪の客間に入ってドアを閉め繋いでいた楪の手を突き放し、はあああ、と息を吐きだして床に置かれたクッションに座り込む。
同じように楪も床に四つん這いになってため息を吐いていた。
「祝、アレはなんのマネだったんだ?」
「なんのマネじゃないですよ、兄さま」
祝は疲れ切って座り込んだままだ。起き上がる気力が湧かない。
あのアホの子演技が今になって自分へとブーメランのように襲いかかってきた。
相手にも自分にもダメージを与える諸刃の刃だなんて……なんて恐ろしいの、アホの子演技。
そもそも祝があんなことをすることになった元凶が楪なのだ。
恨めし気に彼を見上げると、楪は訳がわからない、という顔をしていた。
「まあ、説明はこちらのお二人にお任せいた方がいいですわね」
千尋は階段を上がってくる足音を聞いて、ドアを開けて迎え入れる。
入ってきたのは蝶子と風斗だった。
「大叔父様はお引き取りくださいましたか?」
「ええ、今日のところは諦めてくださったようです」
祝が蝶子に問いかけると、蝶子は苦虫を噛み潰したように口角を下げた。
「祝さままで飛び出して来られたときはどうなるかと思いましたけれど、あれが最善ではありましたから。助かりました」
「わたしへのダメージは計り知れませんけどね」
祝がのろのろと顔を上げると、風斗が面白そうに笑っていた。
「なんですか、風斗さん」
「いえ、うちのお嬢様はアホの子のマネも素晴らしいと感心していたのですよ」
ニヤリと笑う風斗を隣に立っていた蝶子が叱ってくれた。
「それで、なぜ祝はあんなマネをしたんだ?」
「兄さまが飛び出したからですよ」
祝が疲れたようにそう言うと、蝶子が説明を変わってくれた。
「光春様は墓堀派閥のトップといっても過言ではございません。さらに光春様が社長を務めていた製薬会社の社員を引き抜いて経営を悪化させたのは百合子様がご実家の川渡なのですよ」
それ以外にも川渡は社員の引き抜きをしては首を切る、ということを繰り返しているそうで、領地内には失業者が年々増えているそうだ。
墓堀系の会社は一度川渡と接触を持った人間を再び迎え入れることはしない。だから、必然的に働ける場所が限られてくるのだ。
「墓堀と川渡の確執はご存知でいらっしゃるでしょう? 川渡派閥の旗頭は楪様ですから、いわば敵の大将です。その敵の大将が自分たちの派閥の姫と一緒にいたあげく懐かれていたのですから精神的ショックは大きいでしょう」
「それでもあんな阿呆のフリをする必要はなかったのではないか?」
「いいえ、普通に話して勝てる相手ではございません。経験値が違いすぎます。お互いに歩み寄れないほど理解できない相手でなければ意味がなかったのですよ」
正直言って、そこまで考えてはいなかったけど。
勢いで押せればいいか、と思ったのと、話さずに済む方法で思いついたのが
アレしかなかったのだ。
子どもであることを最大限に利用した『何も知らないちょっと痛い子』で何とかなると思った。実際、何とかなったから良しとしよう。
「ですが、簡単に引き下がるとは思えません。しばらくは風斗も祝さまも身辺にさらに気を配るようになさい」
風斗は蝶子に頷いている。
まだ納得いかないのか、楪は難しい顔をしていた。
「なんですか、兄さま」
「いや、祝の後ろ盾の派閥ならもっとうまく立ち回るんじゃないかと思っただけなんだ」
顎を触りながら考え込んでいる楪の顔は真剣な表情もあってか、整った配置のパーツが引き立っていて顔の造詣が良いと何かとお得、を体現していた。
顔だけなんだけど。
「ああ、それはですね。楪様と瑠璃子さんの婚約が決まったから焦っておられるのですよ。どれだけ訴えても瑞祥様は相手にもしませんからね。古狸どもはついに祝さまを担ぎ出そうとしたのでしょうね」
風斗が飄々と説明をして、それを聞きながら祝は思わず叫んだ。
「兄さま、婚約者がいるのですか?」
「さあ、親が決めたのだろう。知らない」
「瑠璃子さんって誰です? わたし会ったことありましたっけ?」
「……え?」
祝の言葉にその部屋にいた全員が祝の顔を何とも言えない目で見ている。
「……覚えてない? 祝にオレンジジュースをかけようとして返り討ちにあった子がいただろう?」
「そんなことありましたっけ……? ああ、ここに来てすぐの食事会のやつですね。あの人、瑠璃子って名前なんですか。顔は思い出せませんけど、そんなこともありましたねえ」
瑠璃子は楪の母親の妹の子どもなので、こちらも従兄妹同士になる。
楪と祝より血の繋がりは濃い。
「って、あれ、母親同士が姉妹の従兄妹って結婚できましたっけ?」
「この領地ではあまり関係ないですね」
祝のもっともな疑問は風斗の一言で片づけられてしまった。
「あの人が兄さまの婚約者。お気の毒に……ではなく、おめでとうございます」
「だから親が勝手に決めたことだって言ってるだろう。それに何で僕の婚約が今回の光春大叔父上のことに関係してくるんだ」
「それは墓堀の血が闇の多い川渡に浸食されることを危惧しているのですよ」
風斗が楪の疑問に答え、楪はそれを聞いて黙ってしまった。
墓堀も川渡もどちらも血縁に執着するという点においては同族なのではないだろうか。
楪がせっかくパジャマパーティーで機嫌よく過ごしていたのに、また落ち込んでいる彼を見て、明日は何をして機嫌を直させようか、と祝は頭を動かしていた。
読んでくださってありがとうございます。
すっかりお忘れになっているかと思われる、従兄妹の瑠璃子が出てきました。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。




