62 パーティ中の乱入者
千尋がお勧めのスイーツショップin領地墓堀を披露することになり、パジャマパーティは当初の正しい形を保っているとは言い難い。
まあ、パジャマ着てるから良いのかな……。
何より、楪が楽しそうだ。以前の不機嫌の中に拗らせた不満を前面に押し出している顔ではなく、本当に面白いのか、ときどき声を上げて笑っている。
千尋の話術もすごくて、まるでそのお店をバーチャルで観ている気分にさせてくれるのだ。
今、千尋は新しくできたパンケーキのお店の話をしてくれているのだけれど、
「ふわっふわなんですよ、それが三重!!! そして上から初雪のごとき粉砂糖を纏い、恥じらいのラズベリーがささやかに添えられているのです。そう、それはまるで初めての恋の味……」
と、そのお店のお勧めメニューである『白雪の山頂へラズベリーを添えて』を解説付きで感想を述べてくれるので、一度食べに行きたいと思ってしまうのだ。
「楪様がこんなにお笑いになる方だとは失礼ながら存じ上げませんでしたわ」
「本家では笑うこともないからね。だけど、僕の方こそ、千尋がこんなに話題豊富な人だとは知らなかったよ」
「あら、楪様は私の名前をご存知でしたか」
千尋は艶のある唇の口角を上げ、意味ありげに微笑んでいる。
その逆で楪はバツの悪そうな顔をしていた。
「使用人の名前を覚えなかった傲慢さを今はとても後悔している。千尋はこんなに話し上手だし、きっと他の使用人たちもそれぞれ性格が違って当たり前で、誰しもが人であるのに。ずっと僕は使用人は風景の一部ぐらいにしか思ってなかった。どうか許してほしい。祝に鼻をポキリと折られてからはちゃんと名前を憶えているのだ」
「ウフフフフ、女性として楪様の謝罪は受け入れますけれど、本家の使用人としては受け入れられませんわ。使用人といってもいろんな思惑で働いているのですから、それをどうぞお忘れなきように」
「心に刻んでおこう」
目の前のやり取りを見ていた祝と風斗は正直言ってドン引きだった。
まず、楪だ。
使用人は風景の一部と言い切った。その感覚に気が遠くなる。
そして、女性として謝罪を受け入れる、と言ったときに目が輝いていた千尋。
あの目の輝きは転がった風斗を上から見下ろしていたときと同じ輝きだった。
この二人はヤバい。
それが祝と風斗が奇しくも心の中だけで思ったことだった。
そんな楽しい(?)パーティーのさなか、四季の庭の方が騒がしくなった。
時計を見てみると二十時前だから、こんな時間の訪問者というのは緊急か非常識かのどちらかだろう。
「なにやら表が騒がしいですね。ここは私に任せて風斗、外を確認してきてください」
千尋がそう言って立派な胸を押し込んだお仕着せの胸を張る。風斗は鼻で笑ってから首を振った。
「何をおっしゃっているのですか。ここは貴女が確認に行くべきでしょう。何かあったときにお二人を守れるのは私のほうですからね」
「もういいですよ、千尋さんも風斗さんも。私が行ってきます」
正直言ってパジャマパーティーにも若干飽きてきたから、逃げる口実としては最適だった。
祝は千尋に渡されたガウンをパジャマの上から羽織り、そっと階段を降りて玄関ホールの様子を窺う。
結局、後ろには風斗、その後ろに楪と千尋がいるから、全員で出てきたことになった。
玄関ホールから見えるドアは開かれ、車寄せまで階段から覗くことができる。玄関ドアの外側に蝶子が出ており、その前には六十代前半ぐらいの白髪の体格のいい男性がいた。
有馬先生より歳は上に見えるけれど、体格や雰囲気が似ている気がする。
「祝さま、あの方は先代の弟の光春様です。祝さまと楪さまのお祖父様の弟君ですよ」
後ろからコソコソと祝の耳に情報提供してくれるのは風斗だ。
「光春様と言えば……次男でしたよね?」
長男が祖父で次男が光春だったはずだ。
風斗が頷いているから、やはり祝の頭の中になる相関図で間違いない。
光春は祝や楪にとっては大叔父にあたる。
「これはご挨拶に出ていった方がいいのでしょうか?」
祝は小声で言いながら後ろを振り返る。風斗は頭の上で大きく『×』を作っていた。
「光春様はおそらく領主会議で瑞祥様や有馬様がいないことを知っていて押しかけて来たのですよ。どうせは入れませんけどね」
風斗に言われるまま、玄関のドアの向こうを見ると、蝶子を押しのけて玄関へ入ろうとしては弾き飛ばされている光春の姿があった。
結界に阻まれているのだ。
父は光春のことを離れに入ることを許可していない。
ドアの向こうでは「なぜ入れない!?」という光春の声と、「ですから瑞祥様が帰られてからお越しくださいませ」という蝶子の声が響いている。
このままだと本家の方にも騒ぎが伝わって、また嫌味を言われるんだろうなあ。
「お母さんが出てきてないのはワザとですか?」
「ええ、おそらく。うちの母一人で追い返すつもりでしょう」
母は平民出身だということもあって、いまだに親戚から良い顔をされないことがある。
だから、なるべく余計なことをしないようにと母なりに考えているのかもしれない。
「でも、蝶子さん一人ではちょっと大変そうですよ?」
「構いません、祝さまが出ると余計にややこしいことになりますから」
「では僕が行こう。僕にとっても大叔父であることには変わりない」
「いえ、楪様だとさらにややこしいことに……って、ああっ!」
風斗が手を伸ばすも、楪が隠れていた場所から階段を駆け下りた方が早かった。
「あんのバカ」
「あら風斗、うちのお坊ちゃんをバカ呼ばわり?」
「バカでしょう? 光春様が一番嫌っているのがあのバカですよ!?」
「どういうことです、風斗さん」
階段の踊り場に三人でうずくまり、楪の背中を眺める。
「見てればわかりますよ」
風斗は半ば呆れながら、ため息を吐いた。
その理由はすぐにわかった。
楪が玄関に現われたとたん、蝶子が車寄せから玄関に入ってきて厳しい顔で楪に戻るように言ったのだ。
楪に気が付いた光春は玄関から中へ入れないものの、外側から楪を見ていて、その顔には階段からも分かるほど不快な表情が浮かんでいた。
「おやおや次期当主が離れにおられるなど珍しいこともあるもんですな。何をされているのですか、ここは墓堀の家ですよ。帰る家を忘れてしまいましたか?」
「光春大叔父上、ご無沙汰しております。今日は瑞祥叔父上が留守にされている。後日訪ねられるのがよろしいだろう」
古狸の光春の嫌味にも押し負けず、楪が蝶子を守ろうとはっきりと声を出す姿は、祝にとって驚くべきものだった。それは千尋も同じみたいで、祝の後ろで「あんなにヘタレて拗らせておいででしたのに、ご立派になられて」などと言う声がくぐもっている。その意見にはまったく同意である。
「あなたの口からよく瑞祥の名前がだせるものですな。さすが川渡の血は恥を知らない。ご立派なものですよ」
光春の声はどこまでも太く低く、芯が揺らがない。その声で罵られている楪はさすがに、冷静ではいられないようだった。
「光春様、お戯れがすぎるのではないですか? 結界を張ったのは瑞祥様ですからお入りいただけないのは離れの主である瑞祥様の責任。お預かりしている楪様にはなんの責任もございません」
蝶子が楪を庇って前に立つけれど、光春の嫌味は止まらなかった。
「風斗さん」
「なんですか、祝さま」
「……ごめんなさい」
この家での良識担当は間違いなく祝と風斗だと思う。さらに、その良識担当の責任者は風斗だ。
祝は風斗に謝って、階段を駆け下りた。
後ろから、ああっ! という風斗の情けない声が聞こえてきたけど、ふり返らなかった。
玄関に現われた祝の姿を見つけた光春は、見たこともないような笑顔を浮かべて嬉しそうに祝の名前を呼んだ。
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