60 キノコ尽くし
母は楪を簡単に手なずけてしまった。
それも父瑞祥の学院時代の話をエサにして楪を釣り上げたのだから、ローコストだ。
楪と少しずつ距離を縮めていた祝のやり方はそれにくらべると、とても燃費が悪いと言えよう。
「なんだか納得いかない……」
楪と母が話して盛り上がっている部屋をぼやきながらそっと出る。
後ろにいた風斗がそれを聞いて、クスリと笑った。
「沙織様――奥様は楪様や瑞祥様のようなタイプを懐へいれるのがお上手なんですよ。それも本人は意識してやってないですから性質が悪いですよ。一定の範囲のタイプにとっての人たらしですからね」
一定のタイプ……。
それはあれか。拗らせてる人限定か。
「私は一学年下でしたからすべてを見てきたわけではありませんけど、まあ、あなたのお母様はすごかったですよ」
「どうすごかったのかは、正直言ってあまり聞きたくないので割愛してください」
祝が自室に戻るまで付き添った風斗は、そのまま本家へ千尋を呼びに行った。
楪が快適にこの離れで三日間過ごしてくれればそれでいい。
どっちにしろ三日間は身の安全のためにここに籠らなくてはならないのだから。楽しいに越したことはない。
祝は自室で今日の分の課題を済ませ、一息つくころには夕食の時間になっていた。
呼びに来た蝶子と共に一階にある食堂に向かう。
中からは楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「珍しいですね、楪兄さまのあんな笑い声なんて」
祝は食堂のドアの前で隣で立っている蝶子に視線を向けた。
蝶子は前もって聞いていたのか、困ったように眉を下げて笑っていた。
「ええ、楽しそうな楪様のお顔を拝見できる日がくるなんて思いもしませんでした。桜子様がおられたらどんなにお喜びになられたことでしょう」
「おばあ様が?」
祝の祖母である桜子と楪に血の繋がりはない。楪の祖母は前妻だから、後妻の祖母を持つ祝とは従兄妹同士とはいえ、一般的な従兄妹より血の繋がりは薄いのだ。
「祝さまが領地外で暮らしておられましたからね。小さな楪様を遠くから眺めて心配しておられたのです。跡取りとして教育されていましたから、よくお庭で独りで寂しそうにされていたのですよ」
小さな楪が四季の庭で独りで立っているのを想像する。
それはとても寂しい光景だった。
跡取りとして育てられた楪には祝にはわからないような孤独があったのかもしれない。
祝が気を取り直して食堂入ると、席には母と楪が着いていた。二人は祝を見て「ようやく食事にありつける!」と大袈裟にお腹を押さえた。
「お待たせして申し訳ありません。楪兄さまは母とずいぶんと仲良くなりましたね?」
「ああ、叔母上には――沙織さんにはとても良くして頂いた」
「沙織さん!?」
母が『ユズくん』呼びを捥ぎ取ったのは知っていたけれど、あれから数時間でなぜ叔母上が『沙織さん』になっているのだ。
いったい何があった。
ぐるん、と首を回して理由をしっていそうな風斗を見るけれど、彼は祝に首を振って「知らない」と無関係を主張した。
蝶子も肩をすくめるだけだし、本家から来た七緒は面白そうにそのやり取りを眺めている。
「細かいことはいいのよ。それより食事にしましょう。お腹がすいて死んでしまいそうよ」
「沙織さんに死なれては大変だ。さっそく食事を始めましょう」
その言葉が合図になったのか、祝たちのテーブルに食事が運ばれてくる。運ばれてくる料理はすべてがキノコを使った料理だった。
シイタケの肉詰め、エリンギの姿焼き、シメジと舞茸とサーモンのホイル包み。エノキとマッシュルームのスープに、ヒラタケの炊き込みご飯……。
「なに、この庶民感あふれるメニュー」
いつもは離れの料理人が腕を振るってくれる食事が、どこか懐かしい身近な料理になっている。
ボーンチャイナの皿に乗っていても、庶民の味と見かけは変わらない。
「んー? ユズくんがキノコ好きなんだって。だからね、今日は瑞祥もいないし、キノコ尽くしでいこうかと」
「それにしては庶民的過ぎるでしょ。本家の跡取りなのに!」
のんきに箸を伸ばしている母に抗議すると、母を擁護したのは当の楪だった。
「そう沙織さんを責めないで欲しい。なんとこの料理は沙織さんの手作りなんだ! 僕が好きな物を初めて食べる味で用意してくれていたなんて……僕は恨まれても仕方ない立場なのに」
楪は、シイタケの肉詰めを箸で挟んだままうっすらと涙を浮かべている。
いくら整った顔をした少年から青年へ移り変わる年頃の憂いを含んだ表情も、箸に挟んだシイタケの肉詰めで台無しである。
「バッカねえ。子どもはそんなこと考えなくていいのよ。ほら、たくさんお上がりなさい。それにね、領民たちが食べる食事を知っておくことも勉強よ」
「沙織さん……っ」
楪はシイタケの肉詰めを大胆に一口で口腔内へ仕舞い込み、咀嚼しながら目を見開いている。
「こんな美味しい料理を食べたのは初めてです。それに誰かとしゃべりながら食事をするのも初めてです」
ごくりと飲みこんだ楪はそう言ってもう一つシイタケの肉詰めを口に入れた。
本家では一人で食事をするのが当たり前なのだろうか。
そんなことを思いながら、ヒラタケの炊き込みご飯を口に入れる。
「ご当主も百合子様もそれぞれお忙しいですから、楪様は小さいころからお独りでお食事をされていたのですよ」
祝のグラスに水を注ぎに来た蝶子はそっと耳元で囁いた。
「ほら、こっちのサーモンも食べなさい。おすすめなのよ」
母は楪の取り皿にどんどんキノコ料理を乗せていく。
本来であればお行儀が悪く、褒められたことではないけれど、祝はここに来るまで母にそうやって育ててもらっていた。
母の押し売りの食事を楪は完食し、満足気に食後のお茶を飲んでいた。
ちなみに今日のお茶はほうじ茶である。
どこまでも徹底的に懐かしい食事だった。
「初めてお腹が満たされた気分です」
「うふふ、大袈裟ね」
「いえ、本当に。食事というのはこういうものを言うのだと今日知りました」
真剣な顔をして頭を下げる楪に母も、若干引き気味だった祝でさえ思うところがあった。
いくら豪勢で美味しい料理を並べられても、独りだったら味はきっと半減してしまう。
楪は名実ともに母に胃袋を掴まれたようだった。
父を籠絡した経緯が見えた気がした。
いつも読んでくださってありがとうございます。
気が付けば60話です。
お付き合いくださってありがとうございます。




