59 お留守番
領主会議に出発する父は最終確認だと言って、離れに張った結界とそれを崩す方法を何度も祝に復唱させた。
父が張った結界は父の許可がない人間は入ることが出来なくなっている。だから、緊急時に誰かを入れることになった場合、それを崩さなくてはならない。
祝は目を細めると、離れの周りに浮かんでいる金色に光る糸が見えるけれど、祝以外には何も見えないようだった。
「領主会議って他の国の人ばかりが来るんでしょう? お父さん外国語話せたの?」
「話せないよ。淡いの森の中では言語は意味を持たないからね」
父の説明によると、祝たちが淡いの森の中で話している言葉は振動としてお互いに伝わっているそうだ。その振動を脳が認識することによって言語として理解することができるらしい。
だから、領主会議で言語の違う領主たちが集まっても話し合いはまったく困らないらしい。
「領主会議って淡いの森の中のどこでするの?」
淡いの森の全体を知っているわけではないし、祝福を受けたり入ることを許された場所しか道が見えないので分からない場所もあるけれど、祝の知っている限り、領主すべてを集めるような場所はなかった。それに淡いの森なら三日間も帰って来れないということはないだろう、と考えていたのだ。
「毎年、妖精王が場所を作るんだよ。その招待を受けた人間だけに道が見えてたどり着くことができるんだ。その場所は期間限定で空間を開けているから一度入ると会議が終わるまでは誰も出入りが出来なくなるんだよ」
へえ、と祝が感心していると、「祝も十三歳になって学院に通うようになったら出席するんだよ」と言ってくれたので、少し楽しみになった。
「まあ、だけどそれまでに火の祝福を得ないとね。出席している領主や領主代行は皆、四大精霊王の祝福を得ているからね」
「はい、がんばります……」
いまだ、風の祝福を得るためにフィートと取引した大変さを引きずっている身としては、しばらく後にして頂きたいと思ってしまう。
父たちを見送るために玄関から車寄せに出ると、伯父と楪となぜか七緒の友だちの千尋が立っていた。
「今から出発か?」
伯父が父に話しかけると、父は余所行きの笑顔を浮かべながら、「ええ、行ってきます」と返事をした。その顔は父が大嫌いなシイタケを見るときの顔だったので、父が伯父のことをシイタケレベルで嫌っていることが良く分かる。
「楪をよろしく頼む。それと、連絡係には千尋が来ることになっているから」
「千尋さんですか?」
祝がそう言うと、伯父はゆっくりとこちらに視線を向けた。
「瑞祥は留守にあたって結界を張っているのだろう? 闇が強い川渡家に所縁の使用人であれば弾き返されるだけだろうからな。その点、彼女であれば大丈夫だろう」
確かに父の結界は伯父が思っているよりも弾き返される人が多い。
入れる人を指定しているのだから。
風斗は結界で指定を細かくかければかけるほど難しいと言っていた。父は簡単に作業していたけれど、千尋の名前を結界に追加することが祝に出来るのか心配になった。
「じゃあ、千尋の名前を入れてから出かけましょう。ああ、そうだ、兄さん。離れには指定した人間以外が入ろうとすると酷い目に遭いますから百合子さんにくれぐれもバカなことをしないようにと伝えてください」
父はくるりと背中を向け離れに戻っていく。結界の術式が書かれている場所で手直しするのだろう。
しかし、考えて欲しい。そんな突き放すようなセリフを残して去っていった後の空気の悪さを。
「楪兄さま、せっかくですし先に入りませんか? 準備が出来たら風斗さんに呼びに行ってもらいますので千尋さんは本家に一度戻ってくださいませ。伯父様、父が失礼いたしました。いつもはもう少し性格も良いのですが今日は機嫌が悪かったようです」
フォロースキルばかりが上がっているような気がして仕方ない。
伯父は一息つくと、「息子を頼む」と言って本家へ千尋と戻っていった。
車寄せには風斗、楪、有馬、七緒が残されたわけだけれども、誰も口を開かない。
「……七緒さん、楪兄さまを蝶子さんのところへ案内してください。有馬先生は車でお待ちくださいませ。風斗さんは……父の様子を見てきてください」
一番面倒なことを一番頼みやすい人に頼んで祝も離れへ引っ込んだ。
父はすぐに術式の修正を行い、七緒と有馬と一緒に淡いの森へ車で出発した。
「楪兄さま、足りないものはないですか?」
父たちを見送ったあとで、楪に準備された客間を訪れた祝はそこに母がいるのを見つけてびっくりした。
「お母さん、何してるの!?」
なるべく楪に接触しないように、とさっきまで父に言われていたのに、母はそれをまったく聞いていなかったらしい。――というか、聞く気がなかったらしい。
「なにって、ユズくんと久しぶりに会えるんだもの。おしゃべりしたいじゃない」
「ユズくん!?」
祝と後ろにいた風斗の声が奇しくも重なった。
そして、ユズくん、と呼ばれた本人である楪は微妙な顔をしている。
「あら、イヤだった?」
「いえ、あの、嬉しいです」
母に笑顔でそう問われて「嫌です」と言える人間も少ないだろう。
無理矢理感満載でユズくん呼びを捥ぎ取った母は、嬉しそうにガシガシと楪の頭を撫でた。
祝は冷や汗が止まらない。仮にもつい最近まで反抗期を拗らせていた本家の跡取りになんてことをしてくれるのだ。
「うふふ、こうやって見ると血は争えないわね」
「どういう意味ですか?」
「初めて会ったころの瑞祥によく似ているわ。血って不思議ね」
「叔父上に?」
戸惑うように訊き返す楪に母は「そうそう、そういう所とかそっくり」と一人で笑っていた。
楪はそれを聞いて、強張っていた表情を崩し、ガードを下げたようだった。
次期当主がそんなに簡単に懐柔されてどうする。
祝は墓堀家の将来が少しだけ心配になった。
読んでくださってありがとうございます。
やっと父たちが出かけました。
祝たちはお留守番の三日間に入ります。
少しでも楽しんで頂けたらとても幸せです。




