57 当主の憂鬱
自分が平庸な人間であるということは、異母兄弟である瑞祥が生まれたときから分かり切っていたことだった。
妖精王が自ら尊い御身で現れ、瑞祥には直接名前を与えた。さらに、その場で光の祝福まで行ったのだから、そのとき十歳になっていた自分は子どもながらにも、その光景に瑞祥の有能さを思い知ったのだ。
弟はその日から妖精王の愛し子と呼ばれるようになり、自分はただの『鍵』となった。
父は厳格な人だった。
国継の母を大切にしていたから、死別してからずいぶんと性格もひねくれたのかもしれない。
父が後妻に迎えた桜子様は墓堀家の親戚筋から血統の良い女性として選ばれた。父は桜子様を本家には入れなかった。その頃、小さな離れがあり、そこを桜子様に宛がっていたのだ。
その扱いに桜子様の実家や墓堀家の親戚からも非難の声が上がっていたから、父はそれを黙らせるつもりだったのだと思う。
桜子様に好きに自分の家を建てろ、と言った。
言質を取ったとばかりに離れの建築が始まったときの桜子様の顔は今でも忘れられない。
勝ち誇ったような、それでいて寂しそうな、複雑な顔をしていた。
そうして生まれたのが瑞祥だった。
父は跡取り争いが起こらないように、瑞祥と会おうともしなかった。跡取りは国継であり、瑞祥にはその権利はない、と親戚を黙らせた。
瑞祥も父に対して親子という心情はなかったと思う。
それは兄である自分に対しても同じことだった。
弟とは大人になるまでほとんど話したこともなかった。
四大精霊王から祝福を受け、妖精王の愛し子として金色の目を持ち、息子を大切に育む母親にも恵まれている弟を妬ましい思いで眺めてきた。
自分には何もないのに、あいつはすべて持っている。
何度そう思ったか分からない。
学院を卒業して結婚を周りから勧められるようになったころ、相手ぐらいは自分で選びたいと、父に直訴した。
憧れていた百合子を妻に、と言うと、父は激怒し親戚たちも反対した。
今まで思い通りに簡単に動かせた息子が初めて反抗したのだから、父の怒りは凄まじいものだった。
それでも、百合子を妻に迎えた。
タイミング良く父が他界したのだ。
もちろん、それが幸せな偶然だと思うほど暗君ではない。
けれど、百合子を手に入れることが領主となる自分には必要なのだと思い込んでいた。それにこれで自分はやっとあの弟に勝てることになる。そう考えると、父の死因は重要なことではなかった。
百合子と結婚したものの、跡継ぎとなる楪が生まれるまでに何年もかかった。
おそらく、闇が多い一族の百合子と光の家である墓堀家の相性の悪さがあったのだと思う。
楪を授かったことはひとえに、百合子の執念だった。
一人息子の楪は百合子と川渡が囲い込んだ。
それを見て何も思わないわけではなかったが、その頃にはもうどうでもいいと思えるようになっていた。
弟の瑞祥は同級生の平民と結婚して領地外へ行った。抜け目のない弟は父が生きている間に、領地で『鍵』の仕事をすることを条件に領地外で暮らす許可をもぎ取っていたのだ。
念書まで書かせる用意周到ぶりだった。
憎らしい弟がこの領地から出ていく。それだけで後のことなどどうでも良くなった。
瑞祥が結婚して領地外へ出ると、百合子のターゲットは桜子様になった。
瑞祥の後ろ盾は墓堀家の親戚筋の血筋だ。
桜子様は親戚たちからも人望があり、当主の妻となった百合子よりも力を持っていた。墓堀家の親戚筋は誰も百合子の言うことをきかなかったが、桜子様が招集すればすぐに集まった。
そんなことが続いたある日、桜子様が他界した。
死因は誰が見てもわかるような呪詛だった。
瑞祥は母親の死に動揺しただろうか。悲しんだだろうか。もう誰も弟を助けない――そう思うと、心のどこかで仄暗い喜びが湧き上がった。
瑞祥は完全に領地外へ行き、仕事のときだけ離れに戻ってくる生活を続けていた。
そんな弟が嫁の沙織と娘の祝を連れて戻ってきたのだ。
百合子の内心は穏やかではなかっただろう。
だから焦ってくだらないことをしかけたのだ。
庭で遊んでいた楪と祝に向けて化け鴉を放った。闇を好む化け鴉は光を敵視している。楪は川渡の血を多く引いているのか、闇の多い子どもだった。だから、化け鴉は祝を狙った。
危険性を感じて領地から追い出す計画が、瑞祥の怒りに触れてしまったようで、弟は離れに戻ってくるといって、ここで暮らし始めた。
その頃から百合子の様子もおかしくなっていった。
実家を頼り、楪には毎日のように瑞祥たちの危険性を説いていた。
それをずっと見ていた。
見ていただけで何もしなかった。止もせず、諫めもせず。ただ流れに任せた。
その結果が瑞祥を襲った呪詛だった。
瑞祥が行方不明の三年間は思い出しても苦しい日々だった。
今まで『鍵』の仕事に関わっていなかったせいで、他の領地の当主が集まる領主会議では発言権もなく、不利になるばかりだった。
いまさら瑞祥の必要性に気が付いても、どうしようもなかった。
このままでは仙境への門は閉じられてしまうだろう。
そうなったときにこの領地の繁栄は消え去る。
弟が生きているかもしれない、と思ったのは、娘の祝を見ていたからだ。
あの子は毎日仙境へ通っていた。
精霊王手ずから訓練をし、蝶子が選んだ教師を付けられた祝は最初の頃とは別人のように成長した。
祝が成長するのと比例するかのように、楪は怠惰になり傲慢になり目を眇めるような子どもになった。
息子は母のしたことを知って、その実家の派閥が自分の後ろ盾だと知って投げやりになっていた。
そんな息子が少しずつ変わり始めたのは水の精霊王に招かれて仙境を訪れ、襲撃を受けた後からだった。
何があったのかは分からない。けれど、進んで経営の勉強をするようになり、会社にも顔を出すようになった。
「仙境のことは祝に任せますよ。僕ができることはこの領地を守ることだから」
いつか、楪がそう言った。
まるで昔の自分と瑞祥を見ているようだった。
自分が領地経営を、弟が仙境を管理する。
それが理想だった。
いつか百合子の実家の川渡の傀儡になってしまうであろう息子が抗い始めたのなら、それを助けてやることぐらいは出来る。
自分と弟のような歪な関係にならないように。
楪と祝がお互いに助け合う日々を送れるように。
出来ることはまだあるはずだ。
領主会議の間、人質として離れで暮らす、と相談を持ち掛けてきた楪をじっと見つめた。
楪は自分の足で立とうとしている。
それならば。
「わかった。そうするのがいいだろう。百合子には私から話しておこう」
国継はそう言って書類に視線を戻した。
楪が部屋から出ていくドアの音を聞きながら、百合子を説得するための言葉を探していた。
読んでくださってありがとうございます。
当主である国継のターンでした。
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