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55 伝言の代償

 次の日の朝食の席で、楪と無事に話し合いができたことを伝言を頼んでくれた七緒に伝えた。


「七緒さんのお知り合いの方へお礼をしたいのですが、何がいいでしょうか?」


 七緒は餌があるから大丈夫だと言っていたけれど、下手をすると失職する危険だってあることを引き受けてもらったのだ。お礼ぐらいはしておきたいし、これから先も使えるなら使いたいという下心もある。


「そうですね。千尋は祝さまと風斗の風の祝福の訓練をこっそり眺めることが出来れば満足すると思いますよ」

「千尋さんとおっしゃるんですね。そんなことでよければいくらでも見てもらって構いませんけれど」


 それが餌だというならこちらとしても有難い。

 七緒にそう言うと、さっそく千尋に連絡を取ると部屋を出ていった。壁際で護衛として立っている風斗をちらりと見ると、何故か少し嫌そうな顔をしていた。


「もしかして、風斗さんと千尋さんって知り合いなんですか?」

「直接話したことはありませんが……姉の知り合いだというだけでろくでもないと思いますよ。それより、今日の午後からの風の祝福の訓練は私が担当ですから、風で鎧を作る方法をお教えしますよ」

「ほんとですか!?」


 それは楽しみだ。

 フィートにそそのかされて部屋を破壊してから、風の祝福の訓練は小さなつむじ風を起こす程度のものしかさせてもらえなかった。

 有馬と父が領地外へ逃げた精霊の捕縛で出かけているから、今日の講師は風斗だけになる。

 祝は新しい風の使い方を学べることが嬉しくて、すっかり千尋のことなど頭の中から零れ落ちてしまっていた。


 祝は午前中の勉強を終えると、風斗と一緒に四季の庭に出た。

 風斗は風を使って冬の庭の一角にだけ風で檻を作りだし、それを結界にして中の衝撃が外へ出ないようにした。

 四季の庭の中で冬の庭だけは植物が一切ない。あるのは豊かな土だけだ。初めて見たときは工事中だと思ったぐらいだった。


「さて、こんなもんですかね。さあ、祝さま風を呼びだして身体を中心にして周りに小さな竜巻を起こしてください」


 祝は風斗に言われたように、風を呼びだす。そして小さなつむじ風を大きくしていき身体の周りを回らせた。


「うわっ」


 精神を極限まで集中させて風をコントロールするのだけれど、少しの精神の揺らぎが風を崩してしまう。

 祝は自分が呼んだ風をコントロール出来なくなり、祝の足元をすくってふらつかせた。踏ん張れなくて、祝は尻もちを突く。

 風斗はコントロールを失ってグルグル回り続けている風を片手を動かしただけで消してしまった。

 経験値の差を痛感する。


「集中力が足りてないですよ、祝さま。もう一度です」


 祝は風斗に手を引っ張ってもらい起き上がる。そして、また最初からやり直す。

 何度も何度も繰り返すうちに、風が身体にぴったりと添うようになった。


「出来ました!」


 嬉しくて叫んだとたん、また風がコントロールを失い暴走した。風は抑え込まれていた分威力を増し、風斗の作った結界に突き当たる。結界と風がぶつかり合い、突風となり結界を破壊してしまった。風は離れへ向かって流れていき、ガシャン、と何かが割れる音がした。


「あー、やってしまいましたね」


 離れの方から聞こえてくる蝶子の叫び声に風斗は頭を掻いている。


「アレ、絶対にガラスの割れた音ですよね?」


 祝も、やってしまった、と思いながら風斗の顔を伺う。


「……逃げますか?」


 風斗はちらりと祝を見る。


「あとで怒られるのが倍になりますよ」


 祝は風斗に肩をすくめてみせた。


「それにほら……」


 祝の視線の先にはこちらへ優雅さを失くさないギリギリのラインで早歩きしてくる蝶子の姿があった。

 風斗は手で顔を覆い、祝は諦めて怒られることを覚悟した。

 蝶子は二人の前まで来ると眉をキリリと吊り上げた顔で、祝を見て、その後、風斗を見た。


「二人ともケガはありませんか?」

「はい、大丈夫です」

「ごめんなさい、蝶子さん」


 二人がそう答えると、ホッとしたように眉を下げて力を抜いた。


「それなら問題ありません。訓練は進みましたか?」


 口元を緩めた蝶子に祝は訓練で起こったことを説明した。コントロール出来なくなった風が離れに飛んで行ったことを謝ると、蝶子は首を振った。


「そのための訓練なのですから祝さまが謝る必要はまったくありません。安全に訓練出来るようにする配慮が足りなかった風斗に問題があります。そうですね、風斗」

「おっしゃる通りです」


 風斗はそう言って頭を下げる。

 けれど、その顔はどことなく嬉しそうだった。


「何を笑っているのです。さあ、訓練が終わったら早く戻って来なさい。割れたガラスの掃除はあなたの仕事ですからね」


 蝶子はそう言って離れに帰っていった。


「蝶子さん、心配してきてくれたんですね」

「ええ、母は素直じゃないから」

「心配かけてしまいましたね」

「祝さまも顔が笑ってますよ」


 二人で顔を見合わせて、うふふふ、と笑いあった。

 蝶子が怒る前に心配してくれたことが、すごく嬉しくて、温かい気持ちになったのだ。生まれたときから側にいた父だけでなく、祝のことも同じように思ってくれている。

 その事実は祝がこの領地で暮らしていることを肯定してくれているようで、幸せだった。


 いろんなことがある場所だけど、人には恵まれてる。


 祝が風斗に帰ろうと、声をかけようとしたとき、冬の庭の外側からガサリと音がした。

 風斗は一気に臨戦態勢に入り、風を召喚し祝の前に盾を作った。そして、彼は音の鳴った方へ飛び込んでいった。


「風斗さん!」


 ドサッと何かが倒れる音がして、祝は風の盾を押し出しながら移動する。

 祝も風を呼ぼうとしたとき、七緒が姿を現した。その足元には転んだままの風斗がいて、その姿をうっとりと眺めているのは本家の使用人のお仕着せを来た女性だった。


 彼女は真っ黒な髪を顎のラインで切り揃えており、豊満な肉体を隠すことを失敗したのかお仕着せの胸の辺りが窮屈そうだった。

 彼女は転んだままの風斗を上から見下ろしながら、「良いわね、ホント、良いわあ」と繰り返している。


「千尋、風斗より先に祝さまに挨拶を」


 七緒が声をかけると、千尋は慌てて祝の前まで来て膝を軽く曲げ頭を下げた。


「本家で使用人をしております千尋と申します」

「ああ、あなたが七緒さんの同級生の。先日は楪兄さまへの伝言をありがとうございました。とても助かりました」


 墓堀家の本家や離れでは基本的に苗字を名乗らない。名前だけだ。

 それは例えば、離れであればほとんどの人間の苗字が『墓堀』になるし、本家であれば『川渡』になるからだ。傍系でも末端でもそれぞれの家に連なる人が多すぎて、苗字で呼び合うことはない。

 蝶子も墓堀だし、有馬も墓堀だ。祝も墓堀だから離れでもし誰かが『墓堀さん』と呼びかけると、ほぼ全員が返事をすることになってしまう。


「うふふ、こちらの方こそ、とっても美味しい思いをさせて頂きましたからお気になさらずに」


 祝が顔に「???」と書いてあったのか、七緒が説明してくれた。


「前に言いましたでしょう? 千尋は変わっているのだと。千尋は男性を見下ろすことに興奮するタイプの人間ですから、さっき転んだ風斗を見下ろせて満足しているのですよ」

「そ、そうなんですか」

「まあ、七緒。それではまるで私の性格が悪いみたいじゃないの。祝さま、勘違いなさらないでくださいませ。私が好きなのは怯えている男性を上から愛でることなんですよ」

「そ、そうなんですか」


 何がどう違うのか良く分からない。

 どっちにしろ変な人で間違いないようだ。

 千尋の話を聞いていたのか、愛でられていた風斗は慌てて起き上がると祝の後ろに逃げてくる。


「風斗さん、私、ずっと昔から、上からあなたを愛でたいと思ってましたの。またぜひ、地面に寝転がってくださいませね」


 千尋は風斗を潤んだ目でじっと見つめている。

 風斗は小さく悲鳴をあげて、祝の後ろに完全に下がってしまった。


 どうしよう、楪に伝言頼みたかったけど、これ、今頼んだら、風斗さんがまた寝転がる羽目になるよね。


 祝はうーん、と考え込み振り返って風斗を見る。

 風斗は祝に首を大きく振っていた。


「では、千尋さんにまた伝言をお願いできますか?」


 後ろで風斗の「祝さまっ」という悲鳴に似た声が聞こえる。

 心の中だけで謝りながら、祝は千尋に次の伝言を託した。



 


 



 

いつも読んでくださってありがとうございます。


お気に召していただければとっても幸せです。


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