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54 覚悟

 従兄の楪は目を伏せて祝の顔を見ようとしなかった。


「だけど、自分が跡取りにふさわしくないことは分かっている。本来であれば叔父上や祝のように精霊王から祝福を得られる人がなるべきだと思う」


 楪は口元を引き締めると、覚悟を決めたように祝を正面から見据えた。


「けれど、僕は跡取りとして、次期当主として今までこの暮らしを受け取ってきた。ここで逃げ出すわけにはいかないだろう?」


 そして、肩の力を抜いて笑った。

 祝は初めて楪の本当の笑顔を見たのだと、そう思った。

 初めて会ったときは取り繕った『良い従兄の笑顔』だったし、その次に会ったときは『いろいろと拗らせた皮肉を込めた笑顔』だった。

 だけど、今の楪の顔は悪くない。

 顔には変な力が入っていないし、表情に棘もない。それに、何より自然に祝に微笑みかける楪を祝は初めて血の繋がった従兄なのだと認識できた。


「楪兄さまのその気持ちが変わらないのなら、わたしは兄さまの『鍵』として出来る限りお手伝いしますよ。それにわたしは跡取りになんてなりたくはないのです。だから、兄さまが次期当主を望んでくださってホッとしました」


 祝も楪に笑いかけると、彼は怪訝な顔をして祝を見返した。

 まるで祝の言葉を疑っているような顔をしている。


「なんですか、その顔は」

「いや、だって、祝は次期当主を目指しているのだろう? だから祝福を得ようと必死なのだと……」

「それ、本気で言ってたら怒りますよ」


 祝が顔から表情を消すと、楪は慌てたように言い訳を始めた。

 楪は母親である伯母の百合子にそう聞かされていたそうだ。祝や父が墓堀家を狙っている、と。


「それを鵜呑みにしたんですか」

「鵜呑みというか、毎日聞かされていたらそうなんだと思うじゃないか」

「土の精霊王は生まれたときに祝福を与えてくれたし、ヴィー様は初対面のときに勝手に祝福を与えたじゃないですか。兄さまもその場にいたでしょう? それに風の祝福は伯母様の実家に狙われているから身を守るために仕方なくですよ!」


 一気に言い切った祝に楪は小さい声で「悪かった」と呟いた。

 考えてみれば祝がこの領地に来たとき、楪は十歳だった。今ならわかるけれど、楪も祝と同じように年の近い友だちがいない。

 祝は風斗や七緒に相談できる。だけど、楪には彼のことを考えて諫めるような人も相談する人もいなかったのだろう。

 有馬ですら楪を叱ることをしない。祝にはあんなに怒るのに。だけど、叱られるということは幸せなことなのだ。

 間違ったことを正してくれる人も、祝と違う考え方があると教えてくれる人も大切で、それを与えられている祝は幸せだと言える。

 だけど、楪にはそんな人がいない。

 本家の屋敷で働いている人で楪に意見を言う人はいない。間違っていることを叱る人もいない。いるのは自分の思い通りに動かそうとする人たちだけだ。


「兄さま、そのご立派な頭は何のためについてるのですか? まさかその無駄に整ったお顔をさらす為だけのものではないでしょう? 考えるためのものですよ」


 祝は淡々と厳しい言葉を楪に投げる。

 それは長い期間洗脳のように同じ言葉ばかり聞かされていた楪の、動かなくなった頭を作動させるために必要だから。

 楪の凝り固まった頭に風穴が開きますように。


「わたしも父も一度だって墓堀家が欲しいとは思っていません。もし、本気で父が墓堀家を掌握するつもりなら、楪兄さまは今ごろこの領地にはいませんよ」


 父には実力も血筋からの後ろ盾もある。

 もし、本気で簒奪しようと思うなら、それはとても簡単だったはずだ。

 それをしていないことが、祝たちが墓堀家を欲していない何よりの証拠ではないだろうか。


「……そうだな。叔父上が望めば父上など簡単に引きずりおろすだろう」

「わかっていただければいいのです。父もわたしも墓堀家なんて面倒でしかない家が欲しいとはこれから先も考えることはないでしょう。但し――」


 祝は正面から楪を睨むように見据えた。


「――楪兄さまが次期当主としてふさわしいと思える間は、です」

「ふさわしい?」


 楪は困ったように祝を見ている。


「伯母様のことは関係ありません。楪兄さま自身が努力し続けている限り兄さまは跡取りに誰よりもふさわしいと思うのです」

「だけど、僕には足りないものばかりだ」


 本来『鍵』であれば当たり前のように手にすることができる祝福も、跡取りに選ばれることが多い妖精王の愛し子も楪にはない。それは楪の父の国継も同じだ。


「足りないのであれば誰かに手伝ってもらえばいいのです。兄さまが無理でもそれを手にすることが出来る人がいるはずですよ」


 父には風斗や七緒がいた。

 彼らは父の側で働くために祝福を得たのだ。

 楪にも同じように、楪のためにそれをしようとする人を育てないといけない。

 それを楪に伝えると、難しそうな顔をして黙り込んだ。


「僕には友だちもいないし、年の近い知り合いの子どもは川渡一族の子どもばかりだ」

「川渡の子どもには祝福は無理でしょう。それよりも中立の立場の子どものうち精霊が見える子どもを選んではどうですか?」


 これは楪のために祝が考えたことだった。

 中立の子どもなら楪に与える影響も悪い物ではない。墓堀側の子どもを付けるのが一番良いけれど、おそらく墓堀家の親戚筋が納得しないだろう。


「楪兄さまの側近を育てる手伝いをわたしもしますよ? それに経営の勉強は兄さまにしかできないでしょう? わたしは精霊のことを引き受けます。だから、兄さまはそれを気にせず川渡に呑まれずに経営するだけの能力を付けてください」

「分担するということか?」

「そうです。わたしが仙境を、楪兄さまが領地の経営をすればいいのですよ。伯父と父の関係と同じです。それよりは良いかもしれませんね、だって、本音で話し合えるじゃないですか」


 祝がそう言って楪に手を出すと、楪は少し悩んでその手を握った。


「契約成立ですね。墓堀家の契約は重いですよ。兄さまの立場は川渡を抑えることです。わたしは墓堀家の親戚筋を抑えますから」

「そうだな。まずは対抗できるだけの能力を付けなくてはね」


 祝は晴れ晴れとした楪の顔を見て、安心して笑いかけた。

 良かった。楪が跡取りをちゃんと目指してくれて。

 これでお互いに歩く方向が決まった。


 それから二人で何時間も細かい打ち合わせを続けた。

 それは呆れた顔をして水の精霊王が帰る時間を知らせに来るまで続いた。



 

 











読んでくださってありがとうございます。


ようやく楪も少しずつ前を向くことが出来るようになりました。

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