53 呼び出し
従兄の楪と何とか伯母の目を盗んで接触しようと試みているものの、状況は芳しくない。
楪は今年から学院に通い出しているので、朝から夕方までは本家にいない。それに送迎があるから途中で待ち伏せというわけにもいかない。
共通の教師である斑先生に言付けを頼もうとしたけれど、斑先生自体が本家から疎まれているらしく、学院に通い出した今となっては楪に接触することも不可能だということだった。
「祝さまは楪様に会ってどうするおつもりなのですか?」
離れの窓から車に乗り込む楪を腕を組んで見下ろしていると、本日の護衛担当の七緒が背中から問いかけた。
「方針を統一したいなと思って」
「方針ですか?」
祝は振り返って七緒を見て頷いた。
楪はこれからどうしたいと思っているのか、それを聞きたいのだ。
祝が対峙した感触では、楪は伯母と同じ気持ちではないはずだった。だからこそ、彼がこれからどうしていきたいのか、ということをはっきりと聞きたい。
それによっては協力できることもあると考えている。
七緒にそれを説明すると、彼女は考え込むように顎を触っていた。
「本家に私の同級生が使用人として働いているのです。さほど親しい関係ではありませんが、繋ぎを付けるぐらいは出来るかもしれません」
「それはとてもありがたいですけれど、その方に迷惑がかかったりしませんか?」
七緒の知り合いが本家で働いているとは思わなかった。
本家での使用人の大半は伯母の実家の川渡の息がかかった人間で、七緒は父と幼馴染だし完全に墓堀家側だと思われている。
七緒はそんな祝の疑問を感じたのか、笑いながら答えてくれた。
「本家は使用人の数が多いんですよ。この離れの使用人の数が少なすぎるだけで、本来であれば十分だとは言えません」
離れの使用人は食事を作る料理人が二人、掃除などの雑用をするメイドが三人、それにそれらをまとめる蝶子と、七緒、風斗だけだ。
庭師は本家が雇っているので、こちらには入らない。
それでも全員合わせると八人もいる。両親と祝が暮らすためにそれだけの人間が働いていることは、祝にとっては信じられないようなことだった。
父が子どものころはその倍の数の使用人が離れで働いていたそうなので、今の人数は最低限、ということらしい。
確かに、来客が重なったりすると掃除をしている使用人が手を止めてお茶の準備をしたりするので、そういう面を考えると、離れより多くの来客があり、部屋数も多い本家は使用人が多くいてもおかしくはない。
「ですから、本家には川渡の息のかかった使用人だけではなく、川渡や墓堀に関係のない人でも雇われているんですよ」
「じゃあ、その七緒さんのお知り合いは関係のない人なのですか?」
「ええ、彼女は本家で勤めているといっても当主一家に恩があるわけでもありませんから、餌でも与えればこちらの頼みは聞いてもらえます」
さらりと『餌』と言い切ってしまう七緒も怖い。
「ただ、彼女は少し変わっていて、他に方法があるのであれば彼女には頼みたくなかったので、最後の手段としては考えておりました」
「そんな人に頼んで大丈夫なんですか!?」
「それは保証いたします。餌がありますからね、裏切ったりはありませんよ」
七緒はニヤリと笑う。
その笑顔に、一瞬、頼まない方がいいのかも、なんて思ったりもしたけれど、背に腹は代えられない。祝は七緒に伝言を託した。
祝が伝言にしたのは証拠を残さない為だった。
それに伝えてもらうのは、場所と日時だけだ。場所は四季の春の庭の滝の前にした。
楪が嫌がるそうで、側に護衛はいないけれど川渡が楪に付けている影とよばれる護衛がいるらしい。だから、彼らが追ってこられない場所に移動する必要があった。
祝は水の館に出向き、水の精霊王に春の滝から館へ祝と楪を移動させてほしいと頼んでいた。もちろん、理由は包み隠さず話したから、快く引き受けてくれた。
そして、約束の日、祝が春の滝の前に護衛の風斗といると、楪は独りで散歩を装って春の庭まで来た。
「お久しぶりです、楪兄さま。お散歩ですか?」
「ああ、祝は水の精霊王のところへ?」
祝は滝の精霊に呼びかけ、水の精霊王を呼んでもらう。
あくまでも偶然出会って、祝は元々の予定通り水の精霊王を呼ぶ、という体を取っている。それは見えない場所で楪の護衛と監視をしている川渡の手のものに見せるためのパフォーマンスに過ぎない。
これから楪も一緒に水の館へ行くことは、楪には伝言していた。
水の精霊王が滝から現れ、楪と祝をまとめて水の館へ連れて行こうと滝と館の道をひらいた。そこに祝と楪は飛び込む。
滝に吸い込まれる前に庭を振り返ると、知らない人たちが慌てたように滝に向かって走っている。風斗はそれを眺めながら飄々とした顔で祝たちを見送っていた。
あとは風斗が影の相手をしてくれることになっている。影たちは仙境へは入って来れない。もちろん、伯母もだ。だからこそ、祝は楪とゆっくりと話をするには最適だと思ったのだ。
祝と一緒に以前、水の館へ楪が招待されたことがあるから深くは疑われないだろう。
ヴィー様には悪いけれど、水の精霊王の気まぐれということで納得してもらおう。
水の館に着いた祝たちは精霊たちが用意してくれていた部屋で話をすることになった。
「じゃあ、アタシは隣の部屋にいるからなにかあれば声をかけてちょうだい」
「ヴィー様、いろいろありがとうございました」
「いいのよ、ゆっくり話し合ってね」
水の精霊王が部屋から出ていくと、精霊が用意してくれたお茶を飲みながら楪と向き合った。
ここで前に楪と話したときの彼は、どちらかというと諦めや投げやりな態度が目立った。けれど、その後で襲撃を受けたので、楪と話すのはそれ以来だった。
「まずは来てくれてありがとう、楪兄さま」
祝がそう言うと、楪は目を大きく見開いた。
「そんなに驚かなくても良いではないですか。わたしだってお礼ぐらい言えますよ」
「いや、前にあったときにボロクソに言われた記憶しかなくて」
「ボロクソと言われても本当のことしか言ってないのですから、楪兄さまがボロクソの人間性だったということですね」
楪は「うっ」と小さく唸ると俯いてしまった。
今日はそんなくだらないことを話しに来たわけではない。
時間は有限だからサクッと本題へ移ろう。
「兄さまは墓堀家の次期当主になりたいと思っていますか?」
祝は真っ直ぐに楪を見つめて、静かに尋ねた。
楪は最初、どう話そうかと考えているのか、なかなか口を開かなかった。
「なりたいとは思わない。けれど、ならなくてはいけないとは思っている」
「なりたくないけれど、義務として務めなくてはならない、ということですか?」
祝がそう聞くと、楪は頷いた。
次期当主だからこそ与えられたものが多いことを楪は良く分かっていた。この領地での階級も、贅沢な暮らしも、大人たちが頭を下げることも、高度な教育も。すべてが次期当主であるからこそ与えられたものであって、楪が次期当主でなければ与えられなかったものだ。
その対価として次期当主を楪は務めるつもりだ、と言った。
読んでくださってありがとうございます。
楪と接触出来た祝は水の館で話し合いを始めます。
次回は話し合いの続きです。




