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52 新しい友だちになれるかも候補

 母が友だちを離れに呼ぶことになったというので、祝は朝から楽しみで仕方なかった。

 なぜなら、その母の友だちの娘が祝と同い年らしいのだ!

 歳の近い友だちがこの領地内にいない祝にとって、少し期待してしまう。


「うふふふーん。どんな子が来るのかな? ね、お母さん」

「まだ楓が来るまで一時間もあるのよ? 祝、朝から浮かれっぱなしだけど、初対面でそのテンションの高さは正直言ってウザいわよ」


 母から浴びせかけられた冷水で背筋が凍る。

 浮かれすぎて大事なことを見落としていた。


「……落ち着きます」

「そうしなさい」


 母同士が友だちだからって、祝たちが会ってすぐに友だちになれるとは限らないのだ。

 よくよく考えてみれば、領地外でも死神という縁起の悪いあだ名をつけられていて、あまり親しい友だちもいなかった。

 仲良くなる前に引っ越しちゃったし。


 楓は約束の時間五分過ぎにやって来た。

 ゆるやかなウェーブが腰まで届くような長い髪のふわりと笑う人で、その後ろに隠れるようにして姿を少しだけ見せてくれているのが娘らしい。

 楓に促されて、その子はやっと姿を現してくれた。


「初めまして、祝です」


 祝が先に挨拶すると、驚いたような顔をしてこちらを見る。そして、彼女は慌てて頭を下げた。


「あ、あの、初めまして花音(かのん)です」


 花音は祝より少し背が低く、手足が長い母親にそっくりなほどすらりとしていた。髪型も同じような長いふんわりウェーブだ。


 母と楓は学院時代の同級生なのだそうだ。

 領地でも同じ商業地区に住む者同士だからクラスも六年間ずっと一緒だったそうだ。

 祝はまだ通っていないから知らなかったけれど、学院は住居がある地区ごとにクラス分けされているらしい。

 商業地区クラス、西住居クラス、東住居クラスで、それぞれ商業クラス、西クラス、東クラス、と呼ぶ。それぞれが3クラスほどずつあるから、一学年は少なくとも9クラス以上で300名ほどいるそうだ。


 母たちはずっと商業1クラスだったそうだ。


「祝ちゃんが入学したら東クラスね。うちの子も東クラスだから仲良くして欲しいわ」

「もちろんです」


 仲良くしますとも。

 祝が住んでいる離れは東西に分かれている住宅地でも東地区の一番東側の丘の上にある。西地区は一般領民が住んでいる地区で、東地区は墓堀家の親戚筋や川渡など大手企業の役員が基本的に住んでいる。東に行けば行くほど敷地が広くなり、階級が上がるというわかりやすい配置になっている。


「さあ、大人たちの話は退屈でしょう? 祝、花音ちゃんに庭を案内してあげたら?」


 母が四季の庭でも見てこい、と子どもを追い出しにかかるけれど、祝にとって四季の庭での子どもだけの散策はどうも良い思い出がない。

 初めてここへ来た日に『化け鴉』に襲われたのだ。せっかく友だちになれるかも候補の花音を同じ目には遭わせたくない。

 そう思っていたことが顔に出ていたのか、母は苦笑していた。


「心配しなくても大丈夫よ。祝たちが遊べるようにお父さんが結界を朝から張ってくれたから」

「瑞祥様がですか!?」


 母の説明に食いついたのは意外なことにここまで大人しかった花音だった。


「ごめんなさいね、この子、瑞祥様のファンなのよ」

「……ファン!?」


 祝が素っ頓狂な声を上げて花音を見ると、彼女はもじもじしながら祝にコクリと頷く。


 ……珍妙な趣味の人が母以外にもいるなんて。


「沙織と瑞祥様の学院時代の話を私が良くするものだから、この子ったら会ったこともないのにすっかりファンになってしまって」


 今度は楓が苦笑していた。


「祝ちゃんは知らないかもしれないけれど、瑞祥様は学院時代『氷の王子』って呼ばれていて陰ながらお慕いしているご令嬢は多かったのよ」

「……こおりのおうじ……」


 『小売りの王子』の間違いじゃないの、とは思ったけど口に出さなかった。

 目の前でキラキラした目を母に向けている花音のイメージを壊すのが悪い気がした。


「その氷を溶かした沙織と瑞祥様のロマンスは私たちの時代の語り草なのよ」

「ほうほう……」


 親の馴れ初めなんて聞いたこともなかったし、想像するのもなんか『ゲエッ』って感じで考えたこともなかった。

 それにしても恥ずかし過ぎる逸話ではないだろうか。

 母を見ると穴を掘って頭から飛び込みたい、ぐらいに悶えている。


「ちょ、楓、その辺にして。頭から虫が出てきそうよ」

「あらあら、素敵な話なのに。うふふ、祝ちゃん、今度ゆっくり聞かせてあげるわね」


 それは全力でお断りしたい。


「ほら、早く庭を案内してきなさい」

「うん、行こう、花音ちゃん」


 母に急かされて、まだキラキラした目をしている花音を四季の庭に連れ出す。

 父が結界を張っているといっても、目には見えないからそれほど楽しい物ではないと思う。だけど、花音は興奮したように空を見上げていた。


「花音ちゃんは学校に通っているの?」

「はい、初等部から通っています。祝さまは『鍵』ですから中等部からですね」

「うん、あのね、もしよかったら敬語じゃなく普通にお友だちに話すみたいに話してほしいな。わたしはこっちにまだ友だちがいないから仲良くしてもらえるとすごく嬉しいもの」


 祝が花音にそう言うと、花音は困ったように目を伏せた。


「祝さま、急には無理です。だけど、少しずつ頑張ります」

「……ありがとう」


 祝はそう言ったものの、これは言ってはいけないことだったと思い至った。

 斑先生や蝶子にも散々注意されていたのに。

 墓堀家の領地的に祝の立場より上の人は同じ『鍵』である父と、本家の伯父、伯母、従兄の楪ぐらいなのだ。

 実生活では父も母も蝶子も有馬も風斗も七緒も祝が尊敬する人であるけれど、階級という言葉にすればその順位は変わってくる。


 祝は手っ取り早く言えば、この領地で上から五番目の位置にいる。その祝から初対面の同い年の子に『お願い』をすれば、それは『命令』になってしまうのだ。


「ごめんね、無理なことを言って。花音ちゃんがやりやすい方でいいよ」


 祝はそう言って花音に謝った。その姿を見て、花音は仰け反って驚いていた。

 その反応を見て祝は、いったい、どんな印象を持たれていたのだろうと心配になった。

 その後も母たちのおしゃべりが終わるまで花音と一緒に庭を回った。

 花音は初めて見る墓堀家の四季の庭にとても喜んでくれて、「幼少期の瑞祥様がお過ごしになった場所なのですね」と頬を上気させていた。

 その気持ちは全く祝にはわからなかった。


 楓と花音はまた遊びにくると約束し、夕方には帰っていった。

 せっかく友だちが出来ると思って朝から浮かれていた気分は、一気にしぼんでしまった。

 自分の異質な立場を再認識した日になってしまった。


 その日、夕食を一緒に食べていた父に八つ当たりも込めて、「よっ、氷の王子」とボソッと呼びかけてみた。

 父は飲んでいたビールを思いっきり吹き出していた。

 



 


読んでくださってありがとうございます。


あまり出てこないので存在を忘れらないように母の話を閑話として書いてみました。

母の友人である楓は商業地区で育ち、結婚して東地区で暮らしているという設定です。


少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。

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