51 精霊不要論
伯母を本家へ送り届けた蝶子が戻ってくると、祝と有馬、風斗と七緒が揃っている食堂へ入ってきた。
祝から簡単に伯母とのやり取りと聞いていいた面々は、蝶子に労いの言葉をかけていた。
「血は争えんってヤツだ。祝はまだ子どもでも墓堀家の人間だからなあ。やられっぱなしは納得がいかなかったんだろうよ」
有馬は祝が伯母である百合子に脅しをかけたことを「仕方ない」の一言で終わらせてしまった。
それを聞いていた、蝶子の眉間にシワが刻まれる。
「あれほど余計なことは言わないように、と申しましたのに。これで百合子様は完全に祝さまの敵になりましたよ」
「ほとんど敵だったわけですから、それが完全になってもあまり問題ないですよ。むしろ完璧に敵に回ってくれた方があちらの逃げ道も塞ぐことができますから」
中途半端にどちらにもいい顔をされるより、完全に敵だと認定出来た方が潰すときに躊躇せずに済むし、情状酌量を与える口実もなくなる。その方が都合が良いと祝は判断していた。
伯父は伯母とは価値観を共有していると祝たちには話していた。価値観というのは父に放った呪詛が伯母の実家からであり、その謝罪として跡取りの楪の廃嫡を考えている、と言っていたことだ。
それをうちの父たちは疑っていたのだけれど、はっきりと尻尾を掴むことが難しかった。
今回のことで伯母の思想がどこにあるのかがわかっただけでも儲けものだと思う。
「わたしも斑先生やいろんな先生の授業を受けてますから、考えるということが少しは出来るようになってきたのだと思うのです」
ここにきた四年近く前はまだ七歳で、深く物事を考えない子どもだった。父の仕事が何かも知らなかったし、墓堀家の領地についてや精霊のことなどの知識は皆無だった。
父が呪詛に倒れた三年間は大きかったと思う。
母は父がいない離れを切り盛りする女主人として成長したし、祝も大人に囲まれてそれまで足りていなかった知識や思考することを学んだ。
「祝さまは百合子様が今回の案件に深く関わっていた場合、楪様をそのまま跡取りに据えられることについてどう思われているのですか?」
食堂のイスに座り、祝は目の前に置かれているお茶を手に取る。蝶子はこちらをじっと見て返事を待っているようだった。
「さあ、その時にならないとわかりませんけれど、百合子伯母様の行動の結果ではなく楪兄さまの行動と考えを知って決めたいと思います」
水の精霊王の水の館での楪は伯母とは違うように思えた。
どこか諦めているような表情はあったけれど、彼自身が跡取りになるために祝福を得ていないことを悩んでいるようにも見えたのだ。
「百合子様は、精霊に頼らない時代を、とおっしゃっていました。それはこれから先、墓堀派閥と川渡派閥の溝を余計に深くするものでしょう」
「では百合子様は『精霊不要論者』なのですか?」
蝶子がため息を吐きながらそう言うと、七緒が蝶子そっくりの眉頭を寄せてシワを作る。
こういう表情をすると血縁ってすごいな、と思えるぐらい二人は似ているのだ。
「なんですか、その精霊不要論者って?」
「ああ、祝さまはご存知なかったですね。昔から一定数の精霊に頼らない世界を創るという思想を持った人がいるのです」
「だけど、妖精王との盟約がありますよね。それを破れば墓堀家の繁栄はないですよ?」
「その通りです。ですが、たいていの人には精霊が見えません。存在することを知識として持っていることと、見えないものを信じることは別なんですよ」
祝の母も精霊が見えない。
それは『鍵』が生まれる墓堀家の血をまったく引いていないからという理由と、見える性質ではないという理由がある。
ときどき、領民の中で墓堀家の血筋ではなくても精霊が見える人も出てくるらしいから、性質によるものが大きいのかもしれない。
「偏った精霊不要論者になると精霊の存在は墓堀家が領主として君臨するために使われているに過ぎないと言う人までいるのです」
領地には祝が七歳まで暮らした領地外の一般的な日本の常識は通用しない。
墓堀家は特権階級といってもいいだろう。
もちろんその特権に対する義務が大きすぎると祝は思うけれど、一般の領民はそんなことを知らない。『鍵』の仕事がどんなものか、さらに領地を安定して治めるために伯父たちは多くの企業の経営をして雇用を作り出し、領地内のインフラを整えている。
その企業の発展も妖精王の盟約があっての発展だとは教えられても信じるか信じないかはそれぞれの思想によるところが大きいそうだ。
「確かに、目に見えないものを信じろという方が難しいですよね。わたしも伯母が言うようなことを一度やってみればいいと思いますよ。そんなに自信があるなら精霊を排除して『鍵』というシステムをなくして運営してみればいいって。だけど、一度壊したものは元に戻すことができないですから、もし、盟約通りこの領地が破綻してしまえば領民たちは路頭に迷いますよ」
簡単な実験ならいくらでも試せばいい。
だけど、伯母が方向転換しようとしているのは取り返しがつかないことになるかもしれない危険性を孕んでいる。
伯母がそれを理解していないとは思えないから、よほど自信があるのか、この領地が破綻してもかまわないと思っているのかどちらかだろう。
「今回のことは蝶子からお父さんに伝えてもらえますか? 百合子伯母様の思想も気になりますし、それを伯父に伝えるかどうかの判断もお父さんに委ねた方が良いと思うのです」
本家の考えが伯母と同じであるのか、伯父が祝たちに言っていたことが嘘だったのか、それとも夫婦でバラバラなのか。
そのどれでもいいように父も祝たちも動かなくてはならないのだから、選択肢を多く用意しなくてはいけなくなる。
祝にとってのベストはずっと変わらない。
父も祝も跡取りにはならず、関せず、『鍵』として当主を支えることだ。
そのためには楪に頑張ってもらわないといけないのだけれど。
これはもう一度、楪と話し合う必要があるな。
祝はそう考えて、伯母に邪魔されずに楪に会える方法を考えて欲しいと、食堂にいる面々に尋ねた。
四人ともそれぞれ苦々しい顔をしていたけれど、「仕方ありませんね」と蝶子が折れてくれたので、近いうちに楪と話をする機会が出来そうな気がした。
読んでくださってありがとうございます。
50話を越えたので登場人物をまとめてみようかと考えています。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです♪
明日からの一週間も素敵な週になりますように。




