46 新しい精霊歌
翌日、水の精霊王とした約束通り、水の館を訪ねることになった。
四季の春の庭の滝から直接、水の館へ行けば近いのだけれど、土の精霊王にも先日の襲撃のお詫びの挨拶をしたいという父の意向もあって、父と祝、それに護衛に有馬と風斗と一緒に淡いの森へ行くことになった。
領地から淡いの森へ続くゲートは先日の襲撃で見事なまでに破壊されていた。
警備員の詰所も瓦礫と化していたし、太く高い門はひしゃげてぐにゃりと折れ曲がっていた。
あのとき風斗は防戦一方だったから、この破壊の原因は父と有馬だろう。
「詰所も壊れているけど、ケガをした人はいなかったの?」
こっそりと隣りを歩く父に聞くと肩をすくめた。
「呪詛が放たれる前に侵入者に拘束されてゲートの外に転がされていたから大丈夫だよ。もうちょっと鍛えているのを門番に置かないといけないな」
「まったくだ。鍛錬の内容を変えないといけないだろうな」
父に同意する有馬は修理中のゲートに視線を向けていた。
壊れた門の外側には作業着を着た人たちが忙しなく動いている。仮設のゲートは簡単なゴロゴロと動かすフェンスで、修復工事の邪魔にならないように離れたところに車を停めて歩いてきた祝たちに気が付くと、警備員が慌ててそれを動かした。
四人で淡いの森へ入り、最初に土の精霊王に挨拶をしてパウンドケーキを渡した。
襲撃を聞いていたのか、巨木の木霊であるフランは祝たちの無事をとても喜んでくれた。
「久しぶりに妖精王を讃える歌が森に響き渡りましてね。心が光で溢れましたよ」
フランはそう言うと、祝の手を取り額に当てて礼を取った。
木霊のフランが久しぶり、というぐらいだからとても長い間歌われていなかったのは、簡単に想像ができた。
フランの『久しぶり』ってきっと、数百年単位だよね。
「木霊ちゃんにも助けて貰いました。どうぞありがとうと伝えてくださいませ」
祝は素早くよそ行きの猫を被り、フランにお辞儀をした。
離れたところで土の精霊王と話していた父は、守り刀を受け取っていた。
「藍が治ったのですか?」
「おお、嬢ちゃん、藍はもう大丈夫じゃよ」
父の守り刀の藍は父が呪詛を受けたときに本体の石に亀裂が入ってしまって人型を取れなくなってしまったそうで、土の精霊王が刀の打ち直しと石の修復を行っていたそうだ。
呪詛を取り込んだ石の修復に時間がかかったそうで、父より遅い帰還になった。
土の精霊王と別れたあとはいよいよ水の館へ向かう。
水の館が見えてきたころから、どこからともなく割れ鐘を叩くような音が聞こえてきた。
「なんかすごい音が聞こえるけど」
不愉快になるような音は水の館に近づくにつれて大きくなっていく。
館の前に着いたときは四人とも耳に手を当てていた。
「ヴィー、何の音だ!」
父が水の館に向かって怒鳴ると、中から昨日よりやつれた水の精霊王が走ってきた。
「瑞祥、酷いのよ。もう、アタシたち限界なの! 早くあいつを引き取ってちょうだい!」
「落ち着けヴィー、あの音は一体何なんだ?」
「あれはフィートが歌ってるのよ! 精霊は寝ないから朝から朝までずっとずっと歌いっぱなしなのよぉぉぉぉぉ」
あれが歌声だと誰が思うだろう。
割れた鐘を塔から落として転がった、みたいな音なのに。
祝たちは耳を両手で押さえながら館の中に入る。いつもと違って精霊たちの姿が見えない。
「ヴィー様、精霊さんたちはどこでしょう?」
「みんな泉の中に避難してるのよ。水の中だったら音が少しマシになるから」
祝はヨロヨロの水の精霊王にイスに座るように勧め、その場で大声でフィートを呼んだ。
「フィート、出て来なさい!」
祝の声が館中に響くように、祝が叫ぶと同時に風斗が風を起こして声を運ばせる。
どうやら、フィートの歌がこの館のどこにいても聞こえるのも、同じように風に声を運ばせているからのようだ。
「ああ、光の子、やっと来てくれたね。では再会を祝して一曲……」
「歌わなくていいから!」
歌いかけたフィートを止める声はそこにいた人間四人、精霊王一人分、きっちりと重なった。
フィートは止められて少し気分を害したようだったけれど、新しい曲を渡すようにと言ったら、一転してその顔を輝かせた。
「タイトルは『妖精王が作りし金色の瞳』っていうんだ。僕が歌うから覚え……」
「歌わずにここに書いてちょうだい!」
水の精霊王が慌てたように手を動かして、空中に水鏡を出した。
フィート素直にそこに詩と音階を書いていく。
フィートの割れ鐘のような声が止まったからか、精霊たちが様子を見るようにひとり、またひとりと姿を見せるようになった。
水の精霊王はその精霊の1人に声をかけて、水鏡に書かれている詩と音階を書き写すように指示した。
精霊の音階は数字になっていて、土の1、とか水の6とかが書かれているのだ。
音階はそれぞれ土水火風に22音ずつあるから、合計で88音ある。それを使って音階を表現している。祝はまだすぐにそれを見て音程に変えることが出来るほどではないけれど、ドレミの音階のようなものだと思えば、そのうち覚えることもできるかな、と思っていた。
ハープの得意な精霊が小さめのハープを肩にもたれさせて、フィートの書いた音階を弾いてくれる。それを聞きながら詩と合わせていき、しばらくすると、歌えるようになった。
「妖精王が与えし光の御業は人の子の瞳に宿り、精霊たちをも魅了する。見るものすべてを光に変え、世界を光で白く染める。ああ、金色の瞳よ、妖精王の愛し子よ」
歌いながら、こっ恥ずかしい歌だ、と頭を抱えたくなった。
どう考えてもあの襲撃の日に光を撒き散らしていた祝のことを歌っているのだろう。
三日も寝込んでいたから、自分では確認していないけれど、妖精王を讃える歌を歌ったあとの祝の瞳は父が光の祝福を使ったときと同じように、金色の目になっていたらしい。
風斗はそのときの様子を「ハチミツを垂らしたかのような透明感のある金色でした」と熱く語り、蝶子と七緒に呆れられていた。
いくら恥ずかしくてもこの歌を歌えるようにならないと、風の精霊王から祝福を受けることが出来ないから、練習しないといけない。
こんな拷問があっていいのだろうか。
歌うたびに羞恥に悶える、というのは子どもの祝にとってはツライ。
「さて、では約束は守ったし僕はまた旅にでることにしよう。では最後に旅立ちの歌を……ああ~」
「歌わなくていいから!」
フィートの歌い出しをなんとか声を被せて止めた。
危なかった。今、フィートの破壊的な歌を聞いてしまうと、さっき覚えた歌がまるっと耳から零れ落ちてしまう。
「ねえ、祝。風の精霊王から祝福を貰ったらまた僕を呼んでよ」
真っ白な髪と肌をした青い目の風の精霊フィートは祝の前で浮かぶと、首をこてりと傾げた。
「呼ぶのは良いですけど、歌わないって約束してもらえますか?」
あんな歌を仙境以外で歌われた日には蝶子の心臓が止まってしまうかもしれない。
「わかったよ。風を呼んで僕に届けるように伝言を頼むといい。そしたら、その声が僕に届くから」
祝が頷くと、フィートは祝の頭をクルクルと撫でまわしてから消えた。
フィートが消えた後の水の館に静寂が訪れる。
誰も動かずに館の中心を流れている小川の水の音だけが空気を揺らしていた。
「……っったわーっ!!! 長かったわっー!! これでやっと静かに暮らせるわっ」
水の精霊王の叫びに、側にいた精霊たち全員が頷いている。
「本当にご迷惑をおかけしました。あの、これお詫びの品なんですけど、みなさんでよかったら」
祝は父からパウンドケーキが何本も入っている紙袋を受け取り、水の精霊王の前に置いた。
水の精霊王は袋を受け取ると、それを抱きしめて「しょうがないから許してあげるわよ」と久しぶりの笑顔を見せてくれた。
それから祝たちは精霊が淹れてくれたお茶を飲みながら襲撃であったことを水の精霊王に説明することになった。
読んでくださってありがとうございます。
フィートの歌から解放されて、ようやく水の館にも日常が戻りました。
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