43 フィート
目の前に浮かんでいる真っ白な風の精霊を指さし、祝は口をパクパクさせていた。
「祝さま、人を……精霊を指でさしてはいけません。下品ですよ」
かろうじて血は止まったものの、戦闘中の傷で血まみれの上にボロ雑巾のようになっている風斗はそう言って祝の出している指を掴んで降ろした。
「……失礼しました。あなたがフィートですか?」
祝は疲れ切った身体も、重くなった頭も振ってしっかりと立て直した。
フィートは風に漂うようにふわふわと祝の周りを回っている。視線だけは祝から離さず、興味深そうにこちらを眺めていた。
これはいけるかもしれない。
父と有馬が淡いの森の外で戦っているのになんだけれど、あの二人なら大丈夫そうだ。ならば、この機会をぜひとも物にしたい。
「ねえ、人の子、さっきの光をもう一度見せてよ」
フィートは祝の身体の周りから消えてしまった光を惜しんでいるようだった。
「良いですよ、但し、条件付きです」
「いいねえ、そういうの僕は好きだな。どんな条件?」
「新しい精霊歌を作って欲しいのです。それを風の精霊王の前で歌うつもりです」
祝の条件にフィートは急に興味を失ったように離れていく。
「え、ちょっと待った! 宴、水の館での宴付きです!」
フィートは一瞬止まったものの、ふり返って、ふん、と鼻で笑う。
まだ何かいるのだろうか。
とはいえ、祝には持ち駒がない。
もう、出来ることと言えば……。
「本当にお願いします、フィート様。あなただけが頼りなんです。天才の歌作りのフィート様、あなたの新曲聞きたいな~って思ってる精霊は仙境じゅうにいますし、なんなら、ここにもほらっ」
超絶下手に出ることしか残ってない。
祝にとってプライドなど排水溝に流してしまって久しいから、謙るのはなんてことない。
「土の精霊王も聞きたいですよね、新曲、ね? 聞きたいですよねえ!?」
慌てて淡いの森にやってきた様子の精霊王は楪の隣に立っていたけれど、目の前で始まった祝とフィートのやり取りをわけがわからずにあ然として眺めていた。
そこに祝からの流れ弾である。
必死の形相で祝が土の精霊王に向けて顔を上下に動かす。それを見て、土の精霊王も慌てて首を縦に振った。
「もちろんじゃ。フィートの歌なんて何百年も聞いてないからの。ぜひとも聞きたいものじゃ」
土の精霊王にこっそりと親指を立てる。
ナイスアシストだよ、精霊王! 理解の早い人は大好きだ。
「ふーん、じゃあ、作ってあげるよ。その代り、さっきの光を今、見せてよ。その光の状態で外へ行って黒いのを消してきて。そしたら作ってあげる」
「今!?」
「うん、今。精霊は約束を守るよ。ねえ、人の子、『鍵』は約束を違えるの?」
祝はごくりと口に溜まっていた唾液を飲み込んだ。
精霊たちにとって、約束は絶対だ。人間の約束の感覚よりも強く、どちらかといえば契約に近い。
心の中で、しくじったな、と思わないこともないけれど、新曲のためには絶好の機会だ。
フィートの新曲がなければ風の祝福は得られない。
「わかりました」
「やめてください、祝さま!」
今の光の状態であの歌を歌うと最悪死んでしまう。体内の光が枯渇してバランスを崩すのだ。
光の量を増やさなければならない。風斗のベルトに付いている小瓶が目に入った。
祝は風斗の腰にぶら下がっている薬瓶を外して、キュポンと蓋を開けて一気に呷った。
ぐわん、と頭の中が揺れる。さっきとは比べ物にならないほどの熱が身体の中心から湧き上がり光に変わる。その光が身体じゅうを駆け巡った。
「く、苦しい……」
「くそっ、祝さま、森の外へお連れします。だから、歌を歌ってください!」
祝はコントロール出来なくなった身体を折り曲げ、かろうじて返事をする。風斗は祝を抱きかかえると父たちが戦闘を続けている森の外へ出た。
視界中が真っ黒なのは靄のせいなのか、祝が意識を手離そうとしているからなのかわからない。
風斗が片膝を地面に着き、その上に祝を座らせる。
祝は口を開き、妖精王を讃える歌を残りの力を振り絞って歌った。
はっきりと音階と詩を間違えずに口にしないと呪文にならない。
必死に、歌を紡ぐ。
口から詩が出るたびに、身体から光が流れ出した。流れ出るたびに身体の中心からまた光が沸き起こる。祝から出る光は風斗を包み、戦っている父と有馬を包み込み、ゲート一帯を覆った。
そこまでしてやっと体内で暴れる光が治まってきた。
「いやあ、素晴らしい! 命を懸けた光の歌だ! 人の子、君はすごいよ。普通なら死んでたね」
「ふざけるな、フィート!」
祝と風斗の横でパチパチと拍手をしているフィートに、風斗は見たことのないような怒った顔をして怒鳴った。
「死にそうですけどね……」
祝は力の入らなくなった頭を風斗の胸に預けて、漂うフィートを睨んだ。
「約束は守りましたよ、風の精霊フィート、契約です。新しい歌を一週間以内に届けてください」
「わかったよ、一週間以内だね。必ず作ろう」
フィートは気取った一礼をしてパチンと弾けて消えた。
目の周りの景色が歪みだす。視線をさまよわせると、光が消えたあとのゲートの周りには黒い靄はなくなっていた。
こちらへ向かって父と有馬が走ってくる。
それを見た祝は今度こそ意識を手離した。
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