40 楪の本音、祝の本音
楪はしばらく黙ったまま、俯いていた。
けれど、干渉が入らず話すことができるのが今日ぐらいだと思ったのか、重い口を徐々に開き始めた。
「叔父上には直接謝る機会があって、呪詛の件を謝った。が、お前が謝罪する必要はないと相手にもしてもらえなかった」
父が受けた呪詛を放ったのは楪の伯父だ。伯母の百合子は何か知っているかもしれないけれど、楪が父に謝ったということは何か知っているのだろうか。
「楪兄さま、お父さんの受けた呪詛のことで知っていることがあるのですか?」
祝がそう聞くと、楪は小さく首を振った。
「いや、何も聞かされてはいない。だが、どう考えても母の実家の川渡の差し金だろう。そんなことは考えなくてもわかる」
「それなら、お父さんが謝罪を受け入れないのも無理ないですよ。だって、楪兄さまのせいじゃないですから」
父が謝罪を受け入れなかったのは楪に責任があると考えていないからではないだろうか。
それに本家の跡取りがそれを認めたことになるのは、父としても都合が悪いのだろう。
父は跡取りにはなりたくないのだから。
「僕の存在自体が今回のことを引き起こしたようなものだ。責任がないわけないじゃないか」
楪は苛立ったように声を荒げていた。
それを風斗が眉をしかめて見ている。祝は風斗に視線を向け、止めるように首を振った。
「責任が取れるほどの立場じゃないでしょう? 楪兄さまにどんな責任が取れると言うのです?」
「それは……」
悔しそうに俯く楪に追い打ちをかけた。
鉄は熱いうちに打たないといけないのだ。
「楪兄さまはこう言っては何ですけれど、祝福もなく実力もなく親の履かせてくれた高い下駄だけが身分ですよね。本家の嫡男というだけではありませんか。そんな人にうちのお父さんが責任を取らせるわけないでしょう。責任を取るべきなのは呪詛を放った本人であって、兄さまではないのですよ」
吐き捨てるように冷たい声を出した祝に、楪は驚いたような顔を向けて、じっとこちらを見ている。
そして、言われた内容がようやく理解できたのか顔を真っ赤にして、祝を睨みつける¥た。
「生まれた時から当たり前のように何でも持っていて恵まれているお前にはわからないだろうね。墓堀家の跡取りとしての苦労も責任も手に入れられないものがある苦しさも」
「ええ、わかりません。それと同じで楪兄さまもわたしの立場やお父さんの立場がわからないのではないですか?」
言い返されると思わなかったのか、楪は赤い顔のまま驚いて固まっている。
こういうことろがお坊ちゃまだな、と思う。自分に逆らうような年の近い人間がいなかったのだから、仕方ないとはいえ、ちょっと打たれ弱すぎるのではないだろうか。
確かに、水の精霊王が言うように甘えているようにしか見えない。
楪の顔を見ているとだんだんと腹が立ってきた。
「責任と言うのは取れるだけの立場にいてこそ使える言葉ですよ。兄さまは、まあ、こう言っては何ですが役立たずではありませんか」
「ちょっと、祝さま……」
風斗が慌てて止めようとするのを手で制し、唖然とする楪に追撃を続けた。
「だいたい、自分だけが可哀そうだとでも言いたいのですか? 楪兄さまには伯父様もいらっしゃるではないですか。うちのお父さんみたいに実の父親に疎まれたりしなかったでしょう?」
父は祝の祖父である実の父親に、ずっと疎まれ続けた。
跡取りでもないのに、実力が大きかったのが理由なのだろうけれど、無能はいらない、と父親に言われ続けて努力し、努力すればするほど疎まれるという理不尽の塊を押しつけられてきた父の気持ちが楪にわかるとは思えない。
「それに、可哀そう度合いでいえば、わたしの方が楪兄さまより1万倍は可哀そうですよ。本家の跡取りの出来が悪いばっかりに勝手に敵だと認定されて父親は攻撃されるし、自分を守るために精霊の祝福を受けないといけないし、好きでこんな状況になっていると思いますか?」
この町に住むことになって、半年で父は眠りにつき、自分の身を守るために精霊捕縛などを叩き込まれた。
その時点で、わたし、たったの七歳だよ! どこにそんなハードな七歳がいるっていうんだ!
「楪兄さまは何か努力なさいましたか? いじけて拗ねてこじらせただけではないですか」
とどめを刺すと、すっきりとした自分の胸の内とは反対に、目の前に座っている楪の顔は完全に表情が落ちてしまっていた。
「いじけて、拗ねて、こじらせて……?」
そこを復唱する楪は嫌味な奴だと思わないこともないけれど、ブツブツと繰り返している顔を見ていると、嫌味ではなく本気でそう思っていなかったのだとわかった。
「ご自分で自覚がなかったんですか?」
「僕はいじけて拗ねてこじらせているのだろうか」
「いじけて拗ねてこじらせてる以外のなにがあるんですか、兄さまに」
祝は呆れたようにため息を吐いて肩をすくめ、楪に視線を向けた。
楪は真っ赤だった顔を真っ青にしてうなだれていた。
まあ、これくらいポキッと折っておけば大丈夫でしょう。
祝はやり遂げた感満載で風斗と水の精霊王を見る。
風斗は両手で顔を覆い、水の精霊王は引き攣った笑みを浮かべていた。
読んでくださってありがとうございます!
一人で不幸に酔いしれていた楪にはっきりと言えて祝はスッキリしたようです。
楪が立ち直れるといいな、と思います。
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