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39 乙女のお茶会+2

 水の精霊王からお茶会に楪を連れてこいと言われたものの、難関はいくつもある。

 どうしてもという場合は水の精霊王の命令、という形が取れるものの、できれば穏便にすませたい。

 祝はこう見えても平和主義なのだ。気が付いたらいつも巻き込まれてしまっているだけで、己から首を突っ込むことはない。


 祝は水の館から離れに戻ったその重い足で、父の仕事部屋を訪ねた。

 部屋の中は多くの資料や地図、薬草に薬の瓶が置いてある。古い本と薬草の匂いが混ざった部屋の空気は父に似合っていて、祝は好きだった。

 父が用意してくれたイスに座り、護衛の風斗はドアの前に立った。

 斑先生の話を盗み聞きしたときの底冷えするような声を出した父ではなく、いつもの優しい雰囲気に戻っていることに安心しつつ、祝は話を切り出した。


 水の冷静王の館で練習している妖精王を讃える歌が順調に進んでいること、光のコントロールが楽になってきたことなどを話すと、父の顔が穏やかに笑みを作る。

 しかし、それも楪の名前が出る前までだった。

 楪を水の館に連れて行く、と説明すると、父はそれだけで水の精霊王からの指示であることや、反対はできないことを素早く理解したようで、盛大に顔を歪めていた。しかし、口に出して反対はしなかった。


 その後の父の行動は素早かった。

 蝶子を呼び、本家へ使いを出すようにと伝え、明日迎えに行く時間や詳細を書いた手紙を渡した。

 祝と風斗にはいろんな薬が入った小瓶を持たせ、効能を説明していった。

 中には水の館で祝が精霊王から飲まされたものと同じ液体の入った物もある。光を使いすぎて身体が冷えてしまったときに飲んだものだった。


「楪は光と闇のバランスが祝とは正反対なんだ。だから、仙境に長い時間滞在すると具合が悪くなるだろう」


 祝が光を使いすぎて身体が冷えたのと反対で、光の量が増えすぎて身体から熱が奪われるかもしれないし、闇がそれを防ごうとして熱が身体にこもって暴走してしまうかもしれない、ということだった。

 身体が冷えた時と、熱くなったときに飲ませる薬をそれぞれ渡される。風斗も同じ物を受け取った。


 父は自分が着けていた銀色のブレスレットを外すと、祝の手首に着けた。

 サイズがブカブカで手を下げるとそのまますっぽりと抜けてしまいそうだ。


「土の祝福を受けし鍵が命じる。身に着けし者を守る盾となれ」


 父がブレスレットを両手で包み、そう唱えるとブカブカだったブレスレットは一瞬、光るとキュっと縮んで手首にピッタリとしたサイズになった。


「うわぁ! 不思議だね~!」

「ブレスレットは鉱石の塊だからな。土の祝福があって訓練をすれば加工することが出来るようになるんだよ」


 祝は左手首にピッタリとはまったブレスレットを手首を動かしながら眺めた。

 銀色の幅が1センチぐらいのつるりとした表面には見たことのある文字が刻まれている。これは精霊たちの古語だ。内容まではわからないけれど、おそらく呪文のような役目をするのだろう。真ん中には透明感のある青い石が埋め込まれていた。


「この石は僕の守り刀の藍と兄弟石でね。守護するために埋め込んであるんだよ」


 水の館に行くのだから、相応しい石だろう、と父は付け加えた。

 確かに、水の精霊王の色にとても馴染む石だ。館に入るのに干渉は受けないだろう。

 風斗はそのブレスレットを見て、ヤレヤレ、というような顔をして、父はその顔を見て口をへの字に曲げた。


「いいだろう? 守りはいくつあってもいいじゃないか。お前のことを信用していないわけじゃない」

「わかっていますよ。親バカが過ぎる、とは思っていませんから」

「お前にもあるぞ。ほら、風の祝福を付与しているから役に立つだろう」


 父は机の上に置いていたケースからネックレスを取り出して風斗へ投げた。

 金色の鎖で作られたネックレスのペンダントトップにはひし形の緑色の石が付いていた。

 風斗は嬉しそうにそれを着けると、おどけたように父に膝を折って礼をした。


 そんなこんなで楪を水の館に連れて行く準備は進み、次の日、祝は風斗を連れて本家へ楪を迎えに行った。淡いの森から水の館へ向かう方がいいだろうという父の意見に従って、その方法で館へ行くことにした。

 四季の春の庭の滝から直接、水の館に行けば早いのだけれど、徐々に身体を光に慣らしながら進む方が楪の負担にはなりにくいのが理由だった。


 淡いの森へ入ったとき、隣りに立っていた楪は少し嫌そうな顔をした。


「どうかされました? 楪兄さま」

「いや、大丈夫だ。森に入るといつもチリチリと皮膚が焼かれるような感覚がするんだ。祝はそんな感じはないのだろう?」

「はい、特に何も感じません」


 だろうね、と楪はため息を吐いて立ち止まった。

 こうやって見上げると、楪の背が伸びたのが良く分かる。三年前まではたいして身長も変わらなかったのに。

 祝は楪に会わなかった三年間、忙しい毎日を送っていた。楪の存在はすっかり頭の中から転がり落ちていたのだ。最初の頃は離れのみんなから本家と関わらないように、と言われていたから意識して避けていたけれど、楪の方もこちらを避けているのか姿すら見かけなくなったので、彼の存在自体を忘れてしまっていた。


「なに? 人の顔をじっと見て」

「いえ、なんでもありません。さあ、行きましょう」


 オホホホホ、と笑って誤魔化し、先に歩くように一歩踏み出した。

 楪はどの精霊王からも祝福を得ていないから、道が見えないのだ。祝が先に歩くと、風斗と並んで楪も歩き出した。



 水の館へ近づくと、祝の後ろを歩いている楪の息遣いが短く荒くなっていった。

 山登りをしているみたいな感じで、早い呼吸を続けていた。

 祝が振り返ると、「大丈夫だ」と言ったので、遠慮なくサクサク歩き続けた。


「水の祝福を受けし『鍵』が願う。隠されし扉を開け、客人を迎えたまえ」


 祝が館の前でそう挨拶をすると、水の館の扉が開かれた。

 中から精霊たちが出てきて出迎える。


「おかえりなさいませ、水の祝福を受けし水の子よ。精霊王に招かれし客人たち、ようこそ水の館においでになりました」

「ただいまです、精霊さんたち。こっちはもうご存知ですよね、風斗さんです。そして、こちらが従兄の楪兄さまですよ」


 精霊たちは静かに頷き、水の館の中へ先導するように入っていった。

 祝たちはその後をついて歩き、いつもの乙女のお茶会をする彫刻と絵画で飾られた部屋に通された。


「ヴィー様、お招きありがとうございます。楪兄さまを連れてまいりました」


 祝が中にいた水の精霊王に頭を下げて挨拶をすると、隣りに立った楪も小さくお辞儀をした。


「ご無沙汰ね、楪。息災だったかしら」

「はい、本日はお招き頂きありがとうございます」


 楪と祝は精霊たちが引いてくれたイスに座った。風斗は今日も座らないと言い張ったけれど、結局、水の精霊王に押されて折れることになった。


「……楪兄さま、大丈夫ですか? お顔の色がわ」

「大丈夫だ、気にしなくていい」


 祝に最後まで言わせず食い気味に言葉を被せてきた楪の額には汗が浮かんでいて、吐きたいのを我慢しているように見えた。本当に具合が悪そうだ。

 それでもしばらくすると、だいぶん楽になったのか呼吸が落ち着き額の汗も引いてきた。


 まだ顔色は少し青白いけれど。


「今日は一体、どういうご用件があったのですか?」


 楪は用意されたお茶には手を付けずに、テーブルに視線を向けたまま水の精霊王に尋ねた。


「べつに用事があったっわけじゃないわよ。祝ちゃんとはこうやってよくお茶をするから、たまには楪も誘ったらいいんじゃないかしらって思っただけだわ」


 水の精霊王はそう言って肩をすくめた。


「だって、楪って最近、めっきり可愛くなくなっちゃったじゃない。小さいころはからかい甲斐があったのに、今じゃスカシちゃって感じ悪いわ」

「ですよね、わたしも久しぶりに会ってびっくりしたんですよ」


 精霊王に思わず同意して本音が漏れてしまったので、慌てて口を手で押さえて楪の方を見る。

 楪は顔を引き攣らせてた。


「ねえ、楪兄さま、ここには百合子伯母さまもややこしい親戚もいないですよ。だから、本音でお話しませんか?」


 楪の表情が崩れたときを逃さず、祝は畳みかけた。

 ここなら、楪の本音が聞けるかもしれない。

 本家では誰が聞いているかわからないし、見られているかもわからない。

 

 水の精霊王は楪が本音をさらけ出す場所を提供するつもりで、自分の館へ招待したのだろうか。

 

 祝がそれに気が付いて水の精霊王を見ると、精霊王は人差し指を唇の前に立てて「しーっ」のポーズをして笑っていた。


 


 


 


 






読んでくださってありがとうございます。


乙女のお茶会はいつも祝とヴィー様の二人なので、+1は風斗、+2は風斗と楪という意味です。

今日は少し早い時間の更新になりました。


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