38 乙女のお茶会+1
斑先生を見送ったあと、祝は護衛担当の風斗と共に水の精霊王の館へ向かった。
火の祝福を受けている風斗の姉の七緒と一緒に向かうより、風の祝福を受けている風斗の方が水との親和性が高い。
水の精霊王は祝と一緒に訪れた風斗に館の中へ入る許可を与えてくれたので、外で待たさなくても良くなった。
妖精王を讃える歌の練習はかなり順調に進んでいた。
体内の光のコントロールも楽になってきた。最初のように身体が冷えてしまって休憩を挟まないといけないということもなくなった。
あとは詩の暗記だけなのだけれど、書き残してはいけない、というのがなんとも祝の頭にはツライ。
水の館にいるあいだに暗記するしかないので、そこで苦戦していた。
発音一つ間違っても正確な呪文にならないから、歌として完成しないのだ。
「ずいぶん進んだわね。これなら半年かからずにフィートを呼べるかもしれないわ」
「ありがとうございます、ヴィー様」
練習が終われば楽しい乙女のお茶会である。
テーブルに用意してもらった席に座り、精霊が淹れてくれたお茶を頂いた。
「風斗、あなたもお座りなさいな」
水の精霊王自らイスを引いて風斗を呼ぶ。風斗は固辞したけれど、水の精霊王も引かなかった。
ヴィー様は若い男が好きなんだよねえ。
有馬と七緒に対する態度とはえらい違いである。
祝はお互いに譲らない二人を見て小さくため息を吐いた。
「風斗さん、諦めてお茶しましょう。ヴィー様は絶対に引かないですよ」
「ですが、祝さま。わたしごときが水の精霊王と一緒の席に着くなど……」
「その気持ちだけ頂いとくわ。あなたが座らないとアタシたちもゆっくりとお茶が飲めないのよ」
水の精霊王にそう言われてそれ以上固辞できなかった風斗は、諦めて祝の隣の席に座った。
用意されたお茶はポリニーのお茶だった。
一口飲むと、気持ちが穏やかになるし、疲れていた身体もホカホカと回復するのだ。
「不思議なお茶ですね。初めて頂きましたけれど、気持ちが落ち着くというか元気になるというか」
「ポリニーというお茶で水の館の精霊たちが摘んでくれるのですよ」
風斗の言葉に祝がそう教えると、側でお茶の準備をしている精霊に小さく頭を下げていた。
ポリニーは小さい花なので、お茶にするほど集めるとなると大変なのだ。
感謝しかない。
風斗が少し難しい顔をして、ジッとティーカップの中を覗き込んでいる。
祝が風斗に、どうしたの? と尋ねると、いや、と口を閉ざした。
「楪様がこれを飲んだらどうなるのだろう、と思っただけなのです」
風斗は斑先生から話を聞いてから、少し楪に対する考え方が変わったのかもしれない。
話を聞く前は身体全体から敵意を出していたけれど、そんなふうに思えるようになったのならば、先生の話はムダではなかったのかもしれない。
「仙境の花なら闇の多いあのご子息に飲ませたら毒になるなあ、と思ってしまいまして。いけませんね」
斑先生の話は風斗にはムダだった――。
フフフ、と悪い顔で笑っている風斗は、いけませんね、なんて思っていない。
本気だ、絶対。
「あら、どうして楪が出てくるの?」
水の精霊王が不思議そうに風斗に聞くので、祝は肩をすくめて答えた。
「今日、斑先生から闇に下った『鍵』の話を聞いたのです。先生はその『鍵』と楪兄さまが似ているとご心配されていて……、そういえば、ヴィー様はその『鍵』に直接会ったことがあるんですよね?」
精霊王たちはそれぞれの物質が産まれた瞬間から存在しているので、三千年前とはいってもつい最近、ぐらいの感覚ではないだろうか。
祝たちにとっては先祖が残してきた歴史ではあっても、精霊王たちにとっては自分の目で見た事実になるのだ。
「ええ、会ったことあるわよ。楪とは似ても似つかない顔だったけどねえ。似てるかしら?」
「いえ、あの、わたしたちはその人の顔はわからないので、似ているというのはその時と今の状況が似ている、ということなんですが」
うーん、と考え込んでいる水の精霊王に祝がそう言うと、なるほどね、と頷いてくれた。
「確かに似ているかもしれないわね。だけど、楪には瑞祥だっているし、国継だっているじゃない。大丈夫なんじゃないの?」
祝と風斗は顔を見合わせて、小さくため息を吐いた。
「それが、お父さんは楪兄さまのことに関しては静観するつもりみたいなのですよ」
父と有馬が楪を心配する斑先生に、そんなふうに言っていた。
そこまでの『無能』ならそれまでだ、と言って切り捨てているように聞こえた。
それに、楪自身、ずいぶんと人が変わってしまっていた。三年前、父が呪詛に倒れる前に会った楪はもっと天真爛漫な人柄だったのに、反抗期でもあんな暗さにはなるまい。
正直言って、父や有馬が何を考えているのかは、理解できない。
呪詛を受けて三年も眠る羽目になったのだから、警戒するのはわかる。けれど、父は伯父に自分は跡取りになるつもりはない、とはっきり言っていた。
それなのに、次の跡取りである楪のことは手助けするつもりがないのだろうか。
「まあ、分かる気もするわねえ。瑞祥もずいぶん丸くなったけれど、楪を見ていると甘ったれに思えるのかもしれないわ」
「甘ったれですか?」
楪は生まれつき闇が多く、光そのものである妖精王や精霊王たちからの祝福を受けにくい。
だけど、それは楪ではどうしようもないことではないだろうか。生まれつきの性質なのだ。楪とは逆に祝は高い下駄を履かせてもらっているようなものだろう。
なんの努力もしていないのに、生まれた瞬間に妖精王から直接光の祝福を受けているし、土の精霊王も祝福を与えてくれた。水の精霊王も勝手に祝福を与えたのだ。
「瑞祥は努力の人だもの。そういうところは祝ちゃんも似ていると思うわよ。だから、自分で勝ち取ろうとせずに逃げるような人間が大嫌いなの」
水の精霊王は困ったように笑った。
「わたしは、自分で努力しているつもりはないのですよ。目の前のことをこなすのに精一杯で。いつも誰かに助けてもらって」
父が倒れたときも、水の精霊王や水の館の精霊たちに助けてもらった。有馬もそうだし、蝶子も助けてくれた。
今は風斗や七緒が支えてくれる。
それは祝が何かしたというわけではなく、父の娘だからだ。
もし、祝が父の娘でなければ彼らはここまでしてくれなかっただろう。
「そうかしら、十分よくやっていると思うわよ。七歳で知らない土地に連れて来られて、父親が倒れて、それなのにこの世界に順応しようとしているじゃない」
風斗も水の精霊王に同意するように大きく頷いていた。
祝は小さく首をふる。
生きていくのに必死だっただけだ。順応も何も、目の前でくるくる変わる生活に慣れるしか選択肢はなかった。
「だからね、アタシが思うのは楪もちょっとは自分の足元を見たらどうなのかしら、ってことよ」
「足元ですか?」
「ええ、どうやって立っているかを考えれば次にすることなんて決まると思うんだけどね」
水の精霊王はにっこりと笑った。
「明日、楪と一緒にここへおいでなさいな。アタシからの命令だと言えば瑞祥だって何も言わないだろうし、楪だって来るでしょう」
「でも、ヴィー様は人間の理には関わらないという決まりがあるのではないですか?」
仙境の住民たちは人間の理には関わらない。戦争が起きて人が死のうが、間違った道へ行って滅ぼうが止めはしない。
彼らが関わるのは『鍵』では人の子だけだ。
「ああ、わたしたちが『鍵』だから、関われるんですね」
祝がホッとしてそう言うと、「そういうことよ」と笑った。
「楪兄さま、ここまで来る間に具合が悪くならないといいですけれど」
身長も伸びていて、身体も祝よりずいぶんと大きくなっている楪が倒れたりしたら、祝では運べない。
「そのための護衛でしょう。風斗も同行しなさいね」
「仰せのままに」
水の精霊王の要請に風斗はあっさりと頷く。
祝は一抹の不安を持ちながらも、「わかりました、では明日」と返事をした。
楪をここへ連れてくるのか。
正直いって、あんまり会いたくないけど、仕方ないか。
祝は小さく息を吐いた。
読んでくださってありがとうございます。
サブタイトルの数字がずれていました。
こっそり訂正してます。ごめんなさい。




