37 特別講義
ドアの外にいる風斗に部屋に戻ってくるように、と斑先生が声をかける。風斗は室内に入り、祝が座っているイスの隣に立った。
「風斗くんも聞いておくといいでしょう。これから何かと役に立つかもしれません。それより、座ったらどうですか」
斑先生はちゃっかり自分は一番フカフカのソファに座っている。祝はいつもの勉強机のイスで、あとの残りの一つはイスというより、オットマンなので足置き用だ。風斗はそれに視線を向けると首を振った。
「祝さまの護衛ですから、すぐに動けるように立っています」
祝が斑先生に向き合う位置にイスを動かして座り、風斗もその隣に移動した。
「今からあなたたちに昔話をしようと思います。昔話とはいっても墓堀家に伝わる史実でしてな、実際起こったことが書かれてございます。しかしながら、歴史書というのは往々にして客観性を欠く記載があるのも事実ですから、これからする話がどこまでが真実でその裏側にはなにがあるのかを判断するのはお二人に委ねましょう」
斑先生はそう言って話し始めた。
3845年前、墓堀という苗字もまだ存在していなかったころ。
仙境へ続く淡いの森の鍵の番人の一族に母親の違う二人の『鍵』となる息子が産まれた。
古の盟約に従い、妖精王はその二人に名前を授けた。
体内に多くの光を宿していた長男には光、真っ暗な夜のような闇の中に小さな光を内包している次男には月、という名前を妖精王は与えた。
母親が違えど、兄弟は仲良く育っていった。
しかし、成長する過程で光は順調に精霊王たちから祝福を得たが、次男である月はどうしても祝福を得ることが出来なかった。
月の母親は自分の息子が祝福を得ることが出来ないことに焦りを感じ、淡いの森に入れない身の上ながら、毎日森の外まで通い精霊王たちに息子に祝福を与えるように願ったそうだ。
しかし、精霊王たちの返事は冷たいものだった。絶望した母親は長男である光に対して呪いをかけてしまう。
しかし、長男に放った呪詛は跳ね返り、月の母親がそれを受けて死んでしまった。
次男の月は母が死んだ後、家を出て仙境の最果ての地で闇に沈んだ。それに付き添った一族は月の母親の実家の一族だったという。
斑先生は話し終わったあと、小さくため息を吐いた。
「闇に下った『鍵』である月は自分のことを嫌悪するあまり、最果ての地へ行ったのではないか、と私は考えております。闇を抱えており、それを妖精王すらご存知であったのに救おうとしなかった」
祝はしばらく斑先生の話を頭の中で整理していた。
確かに、月に同情する点はあるかもしれない。長男と比べられ、自分ではどうしようもできない環境と性質は努力でどうこうできるものではない。
ただ、斑先生はご存知ない?
「先生、妖精王も精霊王も人間の理に関わることはなさいません。それは彼らのルールであり、こちらがどうこう言うものではないのではないでしょうか」
それに精霊王たちが祝福を与えなかったのは、月のことを考えて与えていないのだ。
闇に対して光は毒でしかない。祝が水の精霊王に祝福を与えられた場面で、一緒にいただけで、その場にあった光に中てられて倒れてしまった楪を思い出した。
「しかし、名を与え『鍵』として選んだのであれば、『鍵』として生きていけるように手出ししてもいいのでは、と思いませんか?」
斑先生は真っ直ぐに祝を見て、そう問いかけた。
なるほどね。斑先生にまた嵌められるところだったよ。
斑先生は歴史の裏側を読み解け、と言っているのだ。妖精王が手助けしないことなど、先生が知らないはずはない。
「いいえ、思いません。斑先生もおっしゃっていた古の盟約は、名を与えられた『鍵』が次代の『鍵』を作り仙境を守ること。その対価として墓堀家は繁栄が約束される、というものです。月はその盟約を守らなかったのですから」
月は『鍵』としての立場を放棄したのだ。
それは出来の良い長男がいたからこそできたことかもしれない。二人しかいない『鍵』のうちの出来の良い方を守るためには自分が『鍵』の座から降りることが一番簡単なのだろう。
よくよく考えてみれば一石三鳥ぐらい狙えるかもしれない。
月さえいなくなればすべて丸く収まる。
長男は立派に『鍵』を務めるだろうし、月の母親が呪いを使えたということは母親も闇の多い人だったのだろう。その実家を道連れに最果ての地へ封じることが出来るなら、月は墓堀家のために『鍵』として最高の仕事をしたことになるのではないだろうか。
母親の実家を始末する。
自分が消えることで兄の立場を安泰にする。
結果として兄を守ることができる。
「さきほどの先生のお話では長男である光の気持ちはわかりません。それに月の母親のメンタルが弱すぎますね。次男なのだから、開き直ってしまえばよかったのです。優秀な兄にすべてを押し付けてのんびり暮らすことができる人であればこんな悲劇も起きなかったでしょうに」
祝がそう言うと、斑先生は「あなたならそうするのですか?」と問いかけた。
「わたしなら別に何もしません。自分ではどうしようもできないことがありますもの。その理不尽さを飲み込めるぐらいの人間になろうと思いますけれど」
祝は光の子であり、闇の子である月の気持ちはわからない。
けれど、グダグダ悩むことだけは性に合わないから、きっと、開き直ったのではないかと思う。
だって、しょうがないじゃないの、って。
「長男が闇の子で次男が光の子であった場合、そうは思えないと思いませんかな?」
斑先生はそう言うと、今日はここまでにしましょう、と席を立った。
長男が楪で次男が祝に置き換えたら、楪は長男なのに祝福を受けられないと悩んで、自分のせいで母親の実家が放った呪詛で叔父が死にかけた、と思っているのだろうか。
先生はきっと、楪が月と同じ選択をすると確信しているのだろう。
「斑先生、とてもためになるお話でした」
祝は部屋を出ようとする背中に声をかける。
「はっきりとさせておきたいのですが、わたしはこの家を継ぐつもりはまったくありません。父もです。楪兄さまが月になろうとなさるなら、自分のためにも全力でお止めしたいと思っています」
勝手に最果ての地へ行かれて、この家を押し付けられたら面倒だもんね。
楪にはぜひともこの家をちゃんと継いで頂きたい。そして、祝を自由にして欲しい。
斑先生は祝の声に一瞬だけ、動きを止めた。
それから、少しだけ頷いてまたヨボヨボと玄関へ向かって歩き出した。
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