36 従兄の現状
斑先生は部屋に入ってくると、祝と風斗を見て小さくため息を吐いた。
「まったく、『鍵』であるお嬢様ともあろう方が盗み聞きなどとお行儀の悪いことを。それに風斗さん、あなたは護衛でしょう。お止めする立場でありながら一緒に盗み聞きするとはどういうおつもりですかな」
「……返す言葉もございません」
祝と風斗は声を揃えて頭を下げた。
バレるなら父と有馬の方で、まさか斑先生に気が付かれているとは思わなかった。
斑先生はヨボヨボとした動きの割に、どうも腹の中が読めない。もちろん、人生の経験値が違い過ぎるのだから仕方ないのだけれど。
「それで、盗み聞きの成果はあったのでしょうな」
斑先生は用意されたイスに座ると、真っ白な眉の奥のグレーがかった目をキラリと光らせる。
「……あったといえばあったような?」
「なかったといえばなかったような……?」
風斗と祝は顔を見合わせて、どう答えていいものか視線だけで「どうしよう!?」のやり取りを行った。
それを見ていた斑先生は、呆れたような顔をしてイスから立ち上がった。
「そうですか。では盗み聞きのことを瑞祥様たちに報告に行くとしましょう。お二人でせいぜい怒られてしまいなさい」
「ちょっと、待ってください! ありました! 成果はバッチリです。ねえ、風斗さん?」
「え? ええ、もちろんたくさんございましたよね、祝さま」
ふん、と斑先生は満足気にイスに座りなおした。
「お父さんは百合子伯母さまに会ったことを心配していると思っていたのです。けれど、お父さんや有馬先生が拘っていたのは楪兄さまのことだったので驚きました」
祝は正直に答えた。
ただ、父たちがどうして楪に拘ったのか、その理由がわからないのだ。
もちろん、父に呪詛を放った川渡一族の後ろ盾を持った楪を警戒するのはわかる。だけど、それなら呪詛の首謀者の妹である伯母の方をより警戒するはずなのに。
「どうして先生はわたしと楪兄さまに会わせようとされたのでしょうか?」
「どうしてだと思われますかな」
斑先生は質問を質問で返す。考えさせたいのだろうけれど。ときどき、イラッとする。
「知りませんよ、そんなこと。わからないから聞いているのです」
「祝さま、顔、顔を直してください。素が出てますよ」
隣に立っている風斗が小声で囁く。
斑先生は風斗に外へ出ているように言う。風斗は一度咎めるような視線を先生に向けたあと、ドアへ向かった。
「祝さま、ドアの外で待機しております。何かございましたらすぐにお声をおかけくださいませ」
祝は頷いて風斗を見送った。
斑先生は風斗が部屋から出たことを確認して、口を開いた。
「楪様とお会いしたのずいぶんと久しぶりだったのではないですか?」
「はい、お父さんがいない間は本家へは行きませんでしたから」
父がいない間、本家に近づくのを周りにも止められていたし、祝自身、仙境へ通うことが忙しく、楪のことまで気が回らなかった。
というか、従兄の存在をすっかり忘れていたって言う方が正しいんだけどね。
「祝さま、『妖精王の愛し子』という言葉を聞いたことがありませんかな」
「はい、何度か精霊たちがわたしのことをそう呼ぶのを聞いたことがあります」
「名持は妖精王から名前を与えられた人をことをいい、『鍵』と呼ぶのですが、その中でも妖精王が直接祝福を与えに向かった『鍵』のことを『妖精王の愛し子』と呼ぶのです」
妖精王から名前を貰ったことは知っていたけれど、直接会って祝福を受けたことは知らなかった。
妖精王の愛し子以外の『鍵』は妖精王の眷属である精霊が名前を運んでくるそうだ。
「妖精王の愛し子は存在自体が珍しいのです。ほとんどの『鍵』は妖精王の祝福を受けておりません。もちろん、楪様もです」
妖精王の祝福は光の祝福と呼ばれるそうだ。
それを受けることで、体内に受け入れることができる光の量を多くなるらしい。光そのものである精霊たちと過ごしたり、体内の光を使って歌う精霊歌もその量が多ければ苦痛ではないらしい。
「楪様は妖精王からの祝福を得ることが出来ませんでした。そのため、元々の血筋である川渡の血筋があだとなり精霊王たちからの祝福さえ受けられない状態になったのです」
楪は体内の光のバランスが闇に傾いている。だから、光そのものである精霊王や精霊たちの祝福を受けると苦しむのだ。闇にとって光は毒でしかない。伯父も祝福は受けていないけれど、体内の闇の量は少ないから、闇に傾いたバランスを持つ楪のことを理解するのは難しいだろう、と斑先生は言った。
それなのに、『鍵』の一族の跡取りとして墓堀家を率いていかなければならない。祝福すら一つもないのに。
それは楪を苦しめるには十分な理由だったようだ。
「楪様が切望している力をお持ちなのは祝さまと瑞祥様でした。もちろん、瑞祥様や祝さまが望んで『妖精王の愛し子』となられたわけではないことは分かっております。しかしながら、楪様の後ろ盾となっている川渡はそうは思わないのでしょう。あなたたちは楪様の敵だと認定されてしまった」
だから、父は呪詛を受けた。
自分が祝福を受けられなかったせいで、叔父である祝の父が母親の身内から攻撃されたと知ったら、楪は責任を強く感じてしまったのではないだろうか。
「楪様は跡取りとして、自分の資質がないと考えておられるようです。今回の川渡の一族の起こしたことをつまびらかにし、現当主とともに廃嫡されることが相応しいだろう、と」
「だけど、百合子伯母さまとお会いしましたけど、そんな感じではなかったですよ」
潰せるなら潰す、ぐらいのスタンスで祝たちに向かってきたように思えたのに。
祝が本家でのことを伝えると、斑先生は困ったように目を伏せた。
「百合子様は母として息子を守りたいのでございましょう。祝さま、楪様をお助けください。楪様は廃嫡されるために、闇に下った『鍵』と同じ道を歩こうとしておられるやもしれません」
闇に下った『鍵』というのは最果ての地に川渡の先祖の一族と共に向かった、祝にとっては遠い遠い先祖の一人だ。
そのときの話を祝は簡単にしか知らない。
「斑先生は歴史は繰り返す、と前におっしゃいました。では、その昔の歴史を詳しく教えてもらえますか」
知ることで変えることが出来るなら、楪が闇に下る前に止めることが出来るかもしれない。
それに何より、楪が跡取りでいてもらわないと困るのだ。
そのために出来ることならなんでもしよう。
でないと、祝がこの家の跡取りになってしまう。それは絶対に避けたい。
こんな家、絶対にいらん。
読んでくださってありがとうございます。
斑先生の目的がわかった祝は自分の方向性が分かってすっきりしたようです。




