34 それぞれの思惑
あと少しで本家の玄関というところで、伯母の百合子にばったりと会ってしまった。
祝の前を歩いていた有馬の背中が一気に緊張感を持ったのが分かる。横を歩いていた風斗も一瞬で臨戦態勢に入ったのか、祝を背中に庇うように前に出た。
「そんなに構えなくてもよろしいでしょう? 祝さん、少しお時間をくださるかしら」
警戒を緩めない有馬と風斗を見ながら、どうしようか、と考えていると、有馬が先に口を開いた。
「この後も祝の予定は詰まっているのでな、失礼させてもらう」
有馬の言い方は返事を必要としないものだった。
本家の使用人も百合子の側にいるから、有馬の言い方はあまり上手いとは言えない。常に本家が上位であると示さないといけない、と日頃からうるさく教えられている祝はオロオロするばかりで、こんなとき、何の役にも立たないと実感する。
この場での順位は、本家当主の嫁である百合子、次に傍系だけれど『鍵』の祝、そして正妻の子ではないけれど直系に当たる有馬。護衛の風斗はその次だけれど、有馬と風斗の間には越えられない壁のようなものがある。
「この後は水の館で精霊歌を習うだけでしょう。話をする時間ぐらいは取れるはずですよ」
百合子は口元を少し歪め、有馬に向き合っていた。
その顔が、あなたの行動などわかっているのですよ、と言っているようだった。
どうして、伯母は祝の予定を知っているのだろう。
祝が精霊歌を習っていることを知っていることはおかしくない。水の館に出入りしているのが分かれば、そこで習うのは精霊歌だと予測がつくし、夜中に精霊歌で部屋を光らせた実績のある祝なので、精霊歌が歌えることを知られていても不思議ではない。
ただ、妖精王を讃える歌を習っていることや、風の祝福をうける課題をクリアするために水の館に通っていることまでは知られていないようだった。
これは父に報告しておかないといけないだろう。
「そんなに信用ならないのであれば護衛として2人が側にいればよいだけではないですか」
伯母は引くつもりはないらしい。
けれど、こちらから迂闊なことを話して情報を与えるようなことはしたくない。ここでの話し合いは避けたい。
伯母の態度を見る限り、有馬より自分が上位の者であると疑ってもいない。有馬が命令に従うと思っているのが分かる。このままでは有馬は力ずくでも祝をここから連れ出すだろう。もちろん風斗もそれに従うはずだ。護衛として来てもらっている以上、祝を守るのは二人の仕事なのかもしれないけれど、父のようになる可能性だってある。そんな危険性は避けたい。
「有馬先生、引いてください」
「祝、いけない」
「祝さま、ダメです」
有馬も風斗も声が硬い。表面張力でギリギリまで盛り上がったグラスの水のようだ。少しの刺激で零れてしまう。
祝は息を深く吸い込んで鼓動が速くなる心臓を落ち着け、口角を上げて笑顔を作った。
「百合子伯母さま、せっかくのお誘いなのですけれど、勝手をすると父に怒られてしまいます。それに伯父さまはこのことをご存知なのでしょうか?」
こちらの情報は否定も肯定もしない。
伯母よりも立場が上で祝が断れない人間を言い訳にして、これは当主の意向なのか、と伯母に問う。
父が離れに戻ってきた日に伯父が言った言葉が真実なら、伯母は父に対して後ろめたさがあるはずなのだ。伯父と伯母は楪を跡取りから外すことでしか父に謝ることができない、と話し合ったと言っていた。父は跡継ぎには興味がない、とはっきりとあのときに伝えていたから、伯母にも伝わっているはずだ。
「それとも伯父さまはご存知ないのでしょうか?」
首をかしげて伯母を見る。こんなときは『無知な子ども』というスタンスが無難なのだ。
目的は無事に三人でこの家をでること。それ以上でもそれ以下もない。取り合えず、この場を乗り切れば、あとは父に丸投げしてしまえばいいのだ。
「わたくしはあなたと話したいと言っているのですよ、祝さん。瑞祥さんも当主も関係ありません。個人としてあなたに話があると言っているのです」
ちょっとイライラしてきたのか、伯母は回りくどい言い方を止めて直接的な言い方に変えた。
うん、いい傾向。先にイラついた方が負けなんだよ、伯母さん。
「それは余計に怒られてしまいます。そんなに虐めないでくださいませ。わたしはまだ教育が行き届いておりませんから、伯母さまとお話なんて後でこってりと叱られてしまいます。どうぞ出来の悪い姪だと憐れに思ってくださるなら、恥ずかしくない振る舞いが出来るまでお待ちくださいませ」
これだけ謙っておけば、強要も出来ないだろう。
ここで無理矢理、祝を捕まえて話をすれば、伯母の方が話の分からない不教養な人になってしまう。伯母は生粋のお嬢様なので、本能的にそういう場面は引いてしまうのだ。
権力はあってもプライドが高い。自ら愚者となることが許せないタイプの人だから、ある意味扱いやすい。
祝がとどめに困ったように眉を下げて微笑むと、伯母は顔を引き攣らせていた。
伯母さんのプライドが本物で良かったよ。
「わかりました。瑞祥さんによろしくお伝えくださいませ。離れに閉じこもっていては口さがない者が何を言うかわかりませんよ」
「ご忠告痛み入ります。それでは伯母様、ごきげんよう」
忠告ではない。これは脅しだ。
祝たちが、何を企んでいるのかしらないけれど、こちらには対応する方法がある、と言っているのだ。
胃の辺りがムカムカする。
「有馬先生、風斗さん、帰りましょう」
祝は二人と一緒に本家を後にした。
離れが見えてきて、ホッとして背中から力が抜ける。
「百合子さんの本音はどこにあるのだろうな」
有馬が本家を振り返って呟いた。
伯父は父に跡を譲ってでも謝罪したい、と言っていた。伯母も同じ気持ちだと言っていたけれど、今日の態度を見る限りそうではないと言える。
「夫婦ですり合わせぐらいして欲しかったですね」
「まったくだ」
ため息を吐いた祝に有馬が同意をする。
父は本家の敵にはならないと伯父に伝えていたのに。
「本当に面倒な家ですよね。来るんじゃなかったこんなとこ」
「祝さま、本音が漏れてますよ」
「かまいません、むしろ聞かせてやりたいぐらいです」
祝は風斗に心底疲れた顔を向けた。
祝がこの家の跡取りを狙っていると伯母が見当違いな心配をしているなら、声を大にして言いたい。
誰がいるか、こんな家!
読んでくださってありがとうございます。
ブックマークをしてくださった方もありがとうございます。
久しぶりに伯母百合子が出てきました。
祝の猫かぶりもスキルアップしてきました。




