30 精霊歌
水の精霊王はフィートを呼び出すための秘策を持っているらしい。
「フィートは精霊一の歌作りなのよ。だから、歌のためにならどこへでも行ってしまうの。ほぼ仙境にいないのはそのせいね」
元々、風の精霊たちは一か所に留まることを嫌う性質があるそうだ。
風の谷にいる精霊は交代でいろいろと出歩いているらしい。その中でもフィートは筋金入りの放浪癖のある精霊になるのだと、水の精霊王は言った。
「フィートを呼び出せるとすれば水の館の宴ね」
「ここで宴をするのですか?」
水の精霊たちは芸術を好む性質がある。
音楽も絵画も美しいものはなんでも好きだ。それはよくこの館を訪れている祝も知っている。
「何百年か忘れたけれど、よく宴を開いていたのよ。そのたびに必ずフィートは顔を出していたの。呼ばなくてもホイホイ来ていたぐらいだから、よっぽど好きなんでしょうね。いつの頃からか、うちの子たちは宴を『フィートホイホイ』なんてふざけて呼ぶようになってしまったのよ」
水の精霊王は苦笑いしながら、同意を求めるように周りの精霊たちに視線を向けた。
精霊たちもクスクス笑いながら、頷いている。
「ただ、フィートに新しい歌を作らせてそれを祝ちゃんが歌うわけでしょう? フィートは美しいものにしか心が動かないのよねえ。さて、どうしようかしら」
美しさなら精霊王たちに敵う人はいないし、『鍵』の中で一番美しい顔面をしているのは間違いなく従兄の楪だろう。
「顔面での勝負だと勝てる気がしないのですが……」
祝がそう言って考え込むと、水の精霊王は慌てたように「そんなことないわよ!」とぎゅっと祝を抱きしめた。
「祝ちゃんはアタシのかわいらしいお姫様よ。ちょっと低いお鼻も、どんぐりみたいな大きな目も愛らしいわ。乙女はお年頃になったら自然ときれいになるの。それにね、アタシたちは人の子の持つ光の量で好ましさを感じるの」
だから、お顔は関係ないのよ、と言われたけれど、慰められているのかトドメを刺されているのか微妙のところではある。
「となると、体内の光の量を上げる方法があればそれをすれば良いかもしれませんね」
自分の頭にしてはとても良いことを思いついた、と心の中で自画自賛していたけれど、怖い顔の父と焦った顔の精霊王に止められた。
「人間は必ず光と闇が体内にあるんだよ。そのバランスがどちらか一方に傾くのは良くない。ただでさえ、僕や祝は光の量が多いから、さらに増やすのは人間を辞めることと同じことなんだ」
いくら祝に光の量が多いからと言って、闇がまったく無いわけではないそうだ。人の子として生きていけるのは少しでも闇があるから、というのが父と水の精霊王の言い分だった。
「祝ちゃんと楪は正反対なのよね。光の多い祝ちゃんと闇の多い楪。足して2で割ることができたなら、ちょうどいい感じになるのだろうけれど、普通の光の量では精霊たちは反応しないわ」
「じゃあ、いくら顔面の整った楪でも精霊たちは美しいと思わないのですね」
祝が、宝の持ち腐れだね……、と楪を偲んでいると、父が、親の前で顔面に拘るのはやめなさい、と窘悲しそうな顔でため息を吐いた。
それからはどうやって祝がフィートのお眼鏡にかなうようになるかを話し合った。
結局、光の量は多いのでそれをエサにおびき寄せることに決まったのだけれど、光だけではおびき寄せることが出来ても繫ぎとめて歌を作って、というお願いまでは難しいのではないだろうか。
「祝さまは精霊の歌がとてもお上手ではないですか? 前に祝さまの歌が仙境まで聞こえてきて精霊たちが聞きに行ったことがございましたよ」
難しい顔で3人が黙り込んでいたのが気になったのか、お茶のお替りを持ってきてくれた精霊がそう言った。
そういえば、そんなこともあったような気がする。
ここに来てまだ間もないころで、水の精霊王から音楽の手ほどきを受け始めたばかりだったから、何気なしに離れでその日ならった精霊歌を鼻歌で歌ったのだ。
そしたら精霊たちが集まりだして、夜も遅い時間だったのに祝の部屋の窓から精霊たちが集まった光が吹き出して、みんなを驚かせたことがあった。
あれからは仙境に入ったときと、それ以外では光の目立たない明るい日中しか歌ってない。
すいぶんと蝶子から怒られたのだ。
「あったわね、そういえば」
「真夜中に光を撒き散らしたときだな」
水の精霊王と父がそう言って祝の方を見る。
二人とも思い出しているのか、ちょっと疲れた顔をしている。あのあとの処理にいろんな人に迷惑をかけてしまったのだ。蝶子は光の原因を本家に報告して騒ぎを謝罪し、水の精霊王は興奮した精霊たちを仙境へ戻すのに苦労していた。
「ヴィー、光を集める歌があっただろう?」
「妖精王を讃える歌のことね」
「それを祝に宴で歌わせたらいいんじゃないか?」
うーん、と水の精霊王は考えこんでいた。
「祝ちゃんの歌はうちの子たちにとって、なんていうの、猫に木天蓼? 状態になるのよねえ。普通の精霊の歌でそれだから、妖精王の歌を歌ったとしたら想像が出来なくて怖いわね」
さらに、妖精王を讃える歌なので、すべての精霊王を宴に呼ばないといけなくなるらしい。風も、土も、まだ会ったことのない火の精霊王もこの館に呼ぶことになるそうだ。
「それじゃあ、ヴィー様の負担が大きすぎますよ」
「アタシは楽しいことが大好きだから良いのだけれど、ただ、何ごともなく終わってくれたらいいけど」
「そんな危ない歌なんですか?」
精霊歌というのは一種の呪文なのだ。
精霊を鼓舞することも鎮静させることもできる。さらに、精霊を縛ることも可能なのだ。
光の量の少ない人が歌ったところで、たいした効果もないし普通の歌なのだけれど、祝や父のような光の量の多い人が歌うと呪文が発動してしまうらしい。
「悪口を言うわけじゃないし、讃えるんだから大丈夫だろう?」
父の言葉に、まあね、と水の精霊王は言っていたけれど、心配事は消えないみたいだった。
しばらく時間をかけて他に方法がないか探してみて、どうしようもない場合、祝がその『妖精王を讃える歌』を歌うことに決まった。
父と祝は有馬や風斗、七緒が他の精霊たちから情報を得ていないかを聞くために、一度、離れに戻ることにした。
読んでくださってありがとうございます。
妖精王はすべての精霊王たちの王様なので、たとえ歌であっても他の精霊王のいない場所で歌うことは禁じられています。
残念な祝ですが、精霊歌はそれなりに得意です。
次は風斗たちの報告を聞くことになります。




