29 フィートを探せ
「よりによってフィートとは……」
祝たちが風の精霊王からの課題を持ち帰り、離れに集まったメンバーに内容を話したとき、父は眉間のシワを深くして、そう呟いた。
父たち風の祝福持ちのメンバーの話によると、フィートの放浪癖は筋金入りらしい。
仙境を出ることも珍しくなく、風に吹かれるまま気ままにどこにでも行ってしまうそうだ。
「とりあえず、それぞれの精霊たちにフィートがいないか聞いてみるか。有馬さんは土の精霊に、七緒は火の精霊に探りを入れてくれ。風斗は何か知っている風の精霊がいないか調べて欲しい」
「瑞祥様はどうされるんですか?」
「僕と祝は水の館に向かう。お礼もかねて一度近いうちに伺うつもりにしていたからね」
父が離れに戻ってきてからこちらの情勢をまとめるために、家にいる日が続いていた。もちろん、体調も本調子とはいえなかったから、ちょうど良かったというのもある。
今ではずいぶんと普通に動けるようになっているようで、母をからかっては怒られる日々を過ごしていた。
「フィートに会ったことがあるっていう人はいますか?」
祝が尋ねると、父だけが「会ったと言うよりは見かけたことがある」と答えた。
「8歳か9歳ぐらいだったから、今から20年ぐらい前かな……いや、三年間分が抜けてるから三十年ほど前か。風の谷の宴に呼ばれたときにチラリと見ただけだ。そのときに風の精霊たちも他の精霊王もフィートがいることに驚いていたから、もしかしたら、仙境にいること自体が珍しいのかもしれない」
「仙境にいないとなると、こっちだろうな」
父の言葉に有馬が、まいったな、と言いたげに後頭部を掻いていた。有馬がこっちというのは祝たちが暮らす墓堀の領地を含む、仙境以外ということだろう。
「ん? 有馬先生、こっちって言いますけれど、仙境へ繋がる門はここだけでなくたくさんあるんですよね?」
「ああ、日本はここだけだけだが、世界中にはもっとあるな。イギリスのエジンバラ、エジプトのアブシンベル、アメリカのイエローストーン、スリランカのジーギリヤ……他にも何ヶ所かあるな」
「ということは、そのフィートって精霊はそれのどこにいるか分からないと……?」
風の精霊王、もしかして祝福を与えるつもりがないんじゃないの?
世界中を回って闇雲に探したところで、見つかる可能性は低い。
じゃ、風の祝福は諦めましょうよ、と言いたいところだけれど、保護者達はどうしても風の祝福だけは受けないといけないという顔をして、フィートを見つけるための案を出し合っていた。
「風の精霊王が探せという課題を祝に出したということは、日本にいる可能性が高いんじゃないかと思う」
「だけど、瑞祥様、日本と限定したところで探すのは不可能に近いですよ」
風斗はため息を吐いて肩をすくめた。
「だからこそ、情報を集めよう。さっきの割り当て通り探ってくるように」
父がそう宣言すると、風斗と七緒は見たことのないような良い笑顔で、「はっ」と返事をして部屋を飛び出していった。
その後ろ姿を祝は何とも言えない表情で見送った。風斗なんてさっき風の谷から帰ってきたところなのに。
……あの二人、本当に元気だな。
ずっと不在だった自分の主人からの命令は嬉しい物なのだろうか。
わかりたくない、そんな気持ち。
「瑞祥よ。フィートを探すとなるとかなり手強いぞ。いっそのこと、誘き出したらどうだ?」
「誘き出すんですか?」
「ああ、俺も土の精霊王に相談してくるけど、おそらく精霊の歌が関係するなら水の精霊王の方が詳しいだろう。聞いてくるといい」
有馬の提案をしばらく考えた父は静かに頷いた。
水の館を訪れる前に母の実家へ寄って、くる実入りのパウンドケーキとノーマルタイプのパウンドケーキ、ブランデーで漬けた果物が入っているパウンドケーキの3種類を二本ずつ用意してもらった。
久しぶりに訪れた無事な父の姿を見た祖父母は涙を浮かべて喜んでいた。引き留める2人に、「またゆっくり挨拶に伺います」と言って別れた。
祖父母の住む商店街を抜ける途中に見つけた店で、祝は水の精霊王と精霊たちのお土産に金平糖を買った。
キラキラしている色とりどりの小さな金平糖は、夏の空の色の箱に詰めてもらった。
この青は水の館にとても似合うと思うんだよね。
お土産を手に、淡いの森に繋がるゲートへ向かい、ゲートの警備に挨拶をして中に入った。
初めて父と一緒にここに来たときは、母も一緒だった。母は『鍵』ではないから入れなかった。あれから三年半以上が経ったと思うと、少し不思議な気持ちになる。
あの頃は精霊も仙境も知らなかった。それまで住んでいた日本の知識がすべてで、初めて見る木霊や精霊たちが良く分からないものに思えたのに。
それにしては、自分でも簡単に受け入れたよね。
幼かったというのもあるのだろうけれど、『鍵』としての本質がそれを拒まないのではないかと思う。
さらにいえば、祝は父の子どもなので、体内に持っている光の量が多いそうだ。だから、光が好きな精霊たちも祝に好意を寄せてくれる。
「水の祝福を受けし『鍵』が願う。館への扉を開き給え」
父が、「出てこいっ!」以外のまともな手順で水の館に呼びかけたのを始めて聞いた。
ちゃんと言えることが分かって、ホッとしたようなびっくりしたような。
「ようこそ、瑞祥、祝ちゃん」
「ヴィー、土産だ」
扉を開けて飛び出てきたのは水の精霊王だった。父は抱き着いてこようとした水の精霊王にパウンドケーキが入った袋をぶつけて、それをかわした。
お父さん、まともなのは呼びかけの挨拶だけだった……。
水の館に精霊王と一緒に入る。精霊たちがパウンドケーキの入った袋を受け取ると、クスクス笑いながらお茶の用意を始めた。
「また瑞祥さまと精霊王の楽しい声が聞こえる日がきましたね」
「楽しくはありませんよ、精霊たち」
父はそう言っているけれど、声には機嫌の良さが出ていた。
「ヴィー様、これはさっき見つけたお土産なのですけれど」
祝はそう言いながら金平糖を手渡す。水の精霊王は小さな箱を手に乗せてそっと蓋を開けた。
「まあ、なんてかわいらしいのかしら! 星を集めたようね」
ヴィー様はとても喜んでくれたみたいだ。
「精霊さんたちと一緒に食べてくださいね」
「あら、私たちも頂いてよろしいのですか?」
そばにいた精霊たちは水の精霊王の手の上の金平糖を見て、クスクスと笑っている。水の精霊王が一粒口に含むと、口角が上がっていた。そして、精霊たちに、あなたたちも頂きなさいな、と箱を渡した。
「それで、フィートのことだったわよね」
精霊王はお茶が用意されたテーブルに祝たちに座るように言った。
風の祝福の課題がフィートであることは、父が水の精霊王に事前に伝えて調べてもらったようだった。
「おびき寄せる方法がないわけじゃないのよ、私たちはそれを『フィートホイホイ』って呼んでるぐらいすぐに捕まえることができるんだけど」
「そんなに簡単に!?」
「ええ、だけど、課題の難しいところはその先よね。フィートに精霊の歌を作らせるんでしょう。フィートが最後に歌を作ったのは三百年ほど前のことだから、作るかどうかが問題なのよね」
風の精霊王ってあんなに美人だったのに。優しそうに見えたのに。ただの鬼畜だったのかもしれない。
グローバル放浪癖があって三百年も歌を作ってない人に歌を作らせろと。
うん、間違いなくただの鬼畜だった。
「だけど、やらないわけにはいかない。祝には風の祝福が必要だからな」
父がそう言うと、しょうがないわね、と水の精霊王がちょっとだけ困った顔で笑っていた。
読んでくださってありがとうございます。
瑞祥は三年泉に沈んでいたので、年齢は31歳になりました。
身体の機能を止めていたので、老化はしていませんが、年齢はそうなります。中身は28歳のままです。
次はフィートに歌を作らせるために知恵を出し合います。




