28 風の谷へ
早い段階で風の祝福を得た方がいいという保護者たちの意見が一致し、有馬と風斗が予定を合わせることが出来る一番早い日に風の精霊王が住む『風の谷』に向かうことになった。
有馬と風斗は風の祝福を得ているので、淡いの森から風の谷へ行くことができる。父は目覚めてすぐだということもあり、今回はお留守番になった。
「祝福がなくては風の館に入ることができないのですよね?」
「そうですね。祝さまは『鍵』ですから風の谷に入ることはできるでしょうけれど、風の館は難しいかもしれません」
淡いの森を歩きながら風斗が答えてくれる。
風の谷は火の精霊王の館がある火の山の裏にある。ずいぶん歩くことになるのかと思っていたのだけれど、先頭を歩く有馬が何度か木の間を右に回ったり左に回ったりすると、目の前に谷が現れた。
「え? なんで?」
さっきまで淡いの森にいたのに後ろを振り返っても、木がまったく生えてない岩と石しかない谷に立っていた。
「風の祝福を受けると、淡いの森から風の谷への道が見えるのですよ。有馬さんも私もそれを目印にするので迷わずにたどり着けるのです」
「そういえば水の館に行くときも道がわかります。あれと同じですか?」
淡いの森から水の館に行くときも、土の館に行くときも道が見える、というか、勝手に木が動いて道になるのだ。行き先の祝福が無い状態で淡いの森を歩くのが初めてだったから、目に映った光景と自分がいつも歩く景色の違いに驚いた。
祝福がなかったら遭難するよね。
昔、仙境へ続く淡いの森に迷い込んだ人がそのまま死んでしまうことが多かったから、『鍵』というシステムを妖精王が導入したわけだけれど、それも納得だった。
「さあ、あと少しですよ」
風斗に言われて岩だらけの道を歩く。足元を見ないと岩に足を取られて転んでしまいそうだ。
有馬は慣れなのか、迷いのない足取りで進む。
「鼻にピアスがありますけど、風斗さん、痛くなかったんですか?」
何かしゃべってないと灰褐色だけの景色で目がチカチカして気分が悪くなりそうだった。
「ああ、これですか? 痛くないですよ。というか、私は痛みを感じないので痛いという感覚が分からないのです」
「痛いのがわからないのですか?」
祝がびっくりして足を止めると、ええ、と風斗が何もないような顔で答えた。
風斗は生まれた時から痛覚がないそうだ。だから、子どものころはよくケガをしたらしい。
「でしょうね。痛みは安全のバロメーターですよね」
「骨折しようが手を切ろうが火傷をしようが痛くないので、とんでもないことをたくさんしました」
風斗はさらりと言うけれど、親代わりである蝶子や姉の七緒、周りにいる大人たちは気が気でなかったのが、容易に想像ができた。
高いところから飛び降りても痛みを感じないなら、子どもなら飛んでしまうかもしれない。
痛くないだけでケガはするのだから、いつか命に関わるようなケガをするのではないか、と周りはどれだけ心配しただろう。
「私は瑞祥さまと一緒に育ちましたから、ずいぶんと目の前でケガをして心配をかけてしまいましたよ」
風斗は「一度はあまりの出血量に瑞祥さまが気を失い、失血で私も気を失ったということがありました」と、フフフ、と笑った。
風斗が祝の護衛に付くと言ったときに、父がイヤな顔をした理由がわかったかもしれない。
父は風斗のことを心配し過ぎただろうし、風斗のケガはそれなりのトラウマになったのだろう。
「今は危ないことをしてないですよね?」
「フフフ、さすがに大人ですからね、どれからケガをすると命が危ないかというボーダーラインが分かりましたから大丈夫です」
「それは大丈夫だと言わない気がします」
痛覚のない風斗が痛みがなくケガの状態を理解するのは難しかったと思う。それを習得するまでどれだけのケガをしたのか、考えると背中が寒くなった。
そんなことを話しながら歩いていると、先頭の有馬が着いたぞ、と止まった。
「祝、教えたように祝福を請うように」
「はい、有馬先生」
祝は息を整えると大きく息を吸い込んだ。
「風の精霊王に『鍵』が願う。風の精霊王の祝福を頂きに参りました」
祝がお腹の中から声を出して谷に響かせる。声が消えると風が起こり、足元にある小さな石が舞い上がった。
祝は自分の髪が巻き上がるのも気にせず、風の中心を見つめる。
風の中から徐々に岩以外の景色が広がっていった。
「これが風の館……」
目の前に現れたのは、土の館や水の館とも違うがっしりとた要塞のような建物だった。
尖塔からキラキラと光の粒が滝のように流れている。それが風にのってくるくると空中を回るのは見ていて、とても美しい光景だった。
「ようこそ瑞祥の娘、妖精王の愛し子。祝福を受けにきたのですか?」
風が治まると、ふんわりとした真っ白なローブを着た女の人が立っていた。
その人の姿を見た有馬と風斗は、膝を着き頭を垂れる。
「はい、祝福を受ける資格があるのならば頂きたいです」
「では課題を与えましょう。正しい答えを持ってきたならば祝福を授けましょう」
風の精霊王は優し気な口元を上げて微笑んでいた。
精霊王だから男の人だと勝手に思ってたけど、優しそうな人で良かった。
「風の谷に住むフィートから精霊の歌を貰ってきなさい。その曲と祝福を交換しましょう」
「フィート?」
「手に入れここでその歌を歌うのです。そうすれば館の扉は開き、すべての風はあなたの味方になるでしょう」
それだけ伝えると、風の精霊王は建物と一緒に消えてしまい、またただの岩と石だけの灰褐色の世界に戻った。
「またこれは難題を出されたもんだな」
「フィートですか、ややこしいですね」
有馬と風斗は頭を抱えて座り込んだ。
「フィートって何ですか?」
「フィートというのは放浪の風の精霊で、風の歌を作り続けているのですよ」
放浪……? ってことは、どこにいるかわからないってこと?
「一度、帰って仕切り直ししましょう」
「そうだな。フィートの居場所を探すことが先だな」
風の祝福の先輩である有馬と風斗にそう言われて、祝は一度、離れに戻ることになった。
読んでくださってありがとうございます。
風の精霊王やっと出せました。
次は出された課題を解くために作戦会議を行います。




