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23 父の目覚め

 父が呪詛を受け、水の館の中にある癒しの泉に沈んでから3年が過ぎた。


 3年間の間にいろんなことが起きた。

 父の所在を祝と母、蝶子と有馬以外は知らなかったので、公には行方不明ということにしておいた。父は呪詛を受け死亡した、と考える人たちが増えた。それは、こちらにとってもとても都合が良かった。

 父が死んだと思われることで、祝への攻撃が無くなったのだ。父という庇護を失った祝は後継者争いから脱落したと考えられている。


 そもそも、こんな家の跡取りになんてなりたくないっていうのに。


 迷惑な話だ、と祝は小さくため息を吐く。

 勝手に後継者候補だと判断され、勝手に次期当主である従兄の(ゆずりは)の敵だと認定され攻撃される。

 祝本人は置いてけぼりで、周りが後継者争いを始めているだけなのだ。

 この家に戻ってきたのは、暮らすためではなかった。

 祝が祖父母に会ってみたいと言った、小さなわがままが発端になった。

 夏休みの数日間の滞在の予定だったのが、祝が『化け鴉』に襲われたことで、この敷地内で暮らし、精霊に関する知識を身に着けることが必要だと両親に判断された。

 だから、数日間の滞在がこの墓堀家本家の離れで暮らすということに変わったのだ。


 有馬は父へ呪詛を放った相手を特定したようだった。

 相手は呪詛の半分が跳ね返ったことで命を落としていた。

 呪詛の犯人は川渡一族には繋がらず、有馬の調査は振り出しに戻った。

 呪詛の後ろには確実に川渡一族がいるのに、使い捨ての人間を使うのか、しっぽを掴むことが出来ずにいるらしい。


 祝はこの3年間、毎日仙境へ足を運んだ。

 淡いの森にも詳しくなったし、精霊の知り合いも増えた。仙境の中の最果ての地でも瘴気の濃くない地区で悪しき精霊の捕縛の授業も受けた。


 仙境へ入れない母や蝶子の代わりに、一日に一度は父の元を訪れて様子を伝えた。


「水の祝福を受けし水の子、今日は館の後ろ側にある小川の側に珍しい鳥が来ております。ご覧になってお行きなさいな」


 水の館にいる精霊たちは祝の姿を見つけると、どこそこへ行った方がいいよ、と暗に教えてくれる。

 それは、祝が父のためにポリニーの花を探していることを知っているからだ。


 水の精霊王からは、「一人で探すように」と言われているし、精霊たちもそれを守っているけれど、花と関係ない物を見つけては花が咲いている場所を教えてくれるのだ。


 その辺りは水の精霊王もお目こぼしをしてくれているのだろう。


「ありがとう、水の精霊さん。きっと素敵な鳥なんでしょう。楽しみに観に行きます」


 祝がそう答えると、精霊たちはにっこりと笑って館へ戻っていく。

 精霊たちが教えてくれた小川の側には緑色の小鳥が何羽も羽を休めていた。


「ごめんね、ちょっとだけ花を探させて。お父さんに必要なの」


 祝が小鳥たちにそう言って近づくと、逃げずに花を摘む様子を眺めているようにも見えた。

 ポケットからハンカチを出して、草の上に広げる。

 膝を地面に着き、草をかき分けると根本の方に低い小さな黄色い花が咲いていた。


「今日も少し分けてもらうね。いつもありがとう」


 祝が花にそう言って手を伸ばすと、花は茎をのばして摘みやすくしてくれる。

 感謝しながら花を摘んでいき、ハンカチの上に小さな黄色い山が出来るとそれをそっと包んで父の元へ急いだ。


 水の精霊王に挨拶をして、そのあと館の中に流れている小川の源流の泉の部屋へいく。

 そこの泉の中に父は沈んでいるのだ。


 父が沈んでいる泉から溢れて流れている水がこの部屋の中心を流れ、館を流れて外の小川を作っている。

 祝は摘んできた黄色い小さな花を泉に浮かべた。

 ポリニーの花には心を穏やかにする作用がある。父は呪詛で心が闇の檻の中に囚われてしまっているそうだ。

 その檻を破らないと意識が戻らない。

 父の心が少しでも穏やかになるように、祝はポリニーの花を毎日泉に入れていた。


 不思議なことに、ポリニーの花は泉に入れると小さく光って浮かぶことがなく沈んでいく。そして沈んだ父の身体の上に着くと、もう一度光って消えるのだ。

 水の精霊王がポリニーが父の呪詛を中和して消しているのだろう、と前に教えてくれた。


「ん? 今日はポリニーが消えない??」


 泉に沈んだポリニーは父の周りを漂うだけで、いつものように消えなかった。

 しばらく見ていたけれど、花に変化はなくそのまま漂っている。

 

 まさか、摘んでくる花を間違えたのかな。


 3年以上も毎日見ていた花を間違うことはないだろう。

 祝は頭に浮かんだ思いを消して、水の精霊王を呼びに部屋を出た。


「どうしたの、祝ちゃん」


 祝がポリニーが消えないことを水の精霊王に伝える。彼はそれを聞くと、近くにいた精霊に土の精霊王と有馬に伝令を飛ばすよう指示した。


 精霊が戻り、しばらく後に土の精霊王と有馬も水の館に着いた。

 祝と水の精霊王、土の精霊王と有馬の四人は父の沈んでいる泉の部屋に集まった。


「おお、ポリニーが消えずに漂っておるの」


 土の精霊王が嬉しそうに声を上げる。


「消えずに残っていたら良いのですか?」

「ええ、ポリニーは呪詛を中和するために消えていたの。中和する呪詛が無くなったから消えずにそのまま水の中に漂っているのよ」


 祝に水の精霊王が答えてくれた。


「それじゃあ、お父さんは……」

「うむ。まもなく目覚めるじゃろう。よう頑張ったの、祝よ」


 飛び上がって喜びたいのを抑え、祝は小さく膝を折った。


「ありがとうございます、土のじいじ、ヴィー様、有馬先生」

「さあ、祝ちゃんは家に帰って蝶子たちにこのことを伝えてちょうだい。ここは有馬に見てもらえばいいわ」


 水の精霊王は父が目覚めた時の説明役に有馬を選んだようだ。

 確かに、祝なら感情的になって上手く説明できる自信がないから、さすがの選択としか言いようがない。


「わかりました。有馬先生、よろしくお願いします」

「まかせておけ。瑞祥を連れて戻るから先に帰っていなさい」

「はい!」


 有馬は祝の頭をくしゃくしゃと撫でる。祝が元気に返事をすると、目元にシワを寄せて微笑んだ。


 祝は水の精霊王に春の庭にある滝まで送ってもらい、そのまま離れに駆け込んだ。


「ただいま戻りました、蝶子さん」

「走ってはいけませんよ、少し落ち着きなさいませ」

「母と一緒に祖母の部屋まで来てください」


 この3年間で祝も母も蝶子にみっちり礼儀作法を叩き込まれたけれど、まだまだ、とっさのときは被っている猫が剥がれ落ちてしまう。

 

 祖母の部屋には盗聴防止が施されているので、この離れの中でも一番安全に会話が出来る部屋でもある。さらに、この部屋に関しては祖母に仕えていた蝶子に権限があるので、他の使用人を入らせないことは簡単だった。


 祝は水の館で起こったことを2人に話した。

 母は口に手を当て、薄っすらと涙を浮かべている。蝶子は肩からゆっくりと力を抜いた。

 

 その日、祖母の部屋に集まった3人でこっそりと『お祝いティーパーティー』をした。

 母の実家の祖父が作ってくれたパウンドケーキに、蝶子秘蔵のアールグレイの茶葉。こんな穏やかな気持ちでお茶を飲むのは3年間なかった。


 そして、その日から1週間後、ついに有馬から父が目覚めた、と精霊を通して連絡があった。




 

 

いつも読んでくださってありがとうございます。


やっと父が目覚めました。

次回は3年間時間が止まったままの父との再会です。

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