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20 父が受けた呪い

 水の精霊王は一度ここを出ましょうと、前に乙女のお茶会をした部屋へ祝を連れていった。

 部屋には精霊たちが用意してくれていたのか、温かいお茶とクッキーがテーブルに置いてあった。


「あの部屋なら大丈夫よ。この水の館の中でも一番守りが固い場所なの。壁に彫られた守りはアタシが消えない限り壊せないわ」


 水の精霊王はおどけるように笑う。

 いつもの柔らかい物腰と、オネエ全開で忘れてしまいがちだけれど、四大精霊王たちは皆、仙境を守る戦士でもあるのだ。

 四大元素の一つの水が消えてしまうことはないと思う。だけど、瞼すら動かず沈んだままの父を見たあとだったので、祝は不安で仕方かなかった。


「さあ、お茶を飲んで少し落ち着きなさい。祝ちゃんのことを思って精霊たちが摘んできたポリニーという花のお茶なの。ポリニーは心が元気がないときに、とても効果があるのよ」


 仙境の中にだけ生えている花だ。黄色い小さな花で、他の草に隠れるように咲くので探すのが大変なのだ。それをお茶にするだけ摘もうとすると、時間もたくさんかかったのではないだろうか。

 正直、お茶を飲む気にはならなかったけれど、顔には出さず、そっと祝を見つめる精霊たちの姿を見て、ティーカップに手を伸ばした。

 祝が一口飲むと、水の精霊王も周りで動いていた精霊たちもホッとしたように頬を緩めた。


「身体の中からぽかぽかしてくるみたい」


 ポリニーのお茶を飲んでしばらくすると、落ち着かない気持ちがスッと引いていった。水面が静かになるように、心が穏やかになる。

 気持ちが落ち着くと、いろいろなことが頭に浮かんだ。

 水の館にいる精霊たちはいつも祝がここへ来ると、「おかえりなさい」と迎えてくれるのだ。それは祝を自分たちの家族と同様に思ってくれているということではないだろうか。

 そうだとしたら、とても心配をかけてしまったと思う。


「ずいぶん、気分が落ち着きました。精霊のみなさん、ありがとうございます」


 祝が立ち上がって頭を下げると、精霊たちは目を丸くして嬉しそうに笑った。


「この子たちは祝ちゃんのことを気に入ってるのねえ。もちろん、アタシも気に入ってるけどね!」

「ご心配おかけしました、ヴィー様」


 祝が水の精霊王に笑いかけるのと、精霊の1人が祝たちのテーブルへ近づき、先触れしたのは同時ぐらいだった。

 精霊は土の精霊王が水の館に着いたこと、それに『鍵』ではない人間の同行者がいることを告げた。


「鍵ではない人でも淡いの森に入れるんですか?」

「ええ、祝福を受けていて精霊王の誰かの許可があればその敷地内には入れるわよ。だけど、先触れを出すってことはアタシは祝福を与えていない相手ってことね。土の祝福がある人の子と言えば……」

「有馬先生でしょうか」


 土の祝福を持っていれば、土の精霊王の許可があれば土の館までは入れるらしい。けれど、他の精霊王の館には入れないそうだ。


「そうね、有馬でしょうね。いいわ、入ってもらってちょうだい」


 水の精霊王は先触れをした精霊にそう言った。

 しばらくして、土の精霊王と有馬が水の館に入ってきた。


「初めまして水の精霊王。万物を慈しむ水の王との出会いに感謝します」

「土の祝福を受けし人の子、水の館はあなたを歓迎します」


 有馬は片膝を床に着くと、水の精霊王に定型句で挨拶をする。

 祝も立ち上がり、土の精霊王に挨拶をした。


「祝、心配じゃったの。瑞祥は大丈夫じゃよ。悪運だけは子どもの頃から強かったからの」

「土のじいじ……」


 祝は温かな土の精霊王の纏う空気が好きだった。

 そばにいるだけで、森の中にいるような気分になるのだ。


「藍は土の館で預かっておるからの。さすが守り刀じゃよ。あんな状態になりながらもちゃんと瑞祥の意思に従ってワシのところまで戻ってきたんじゃからな」

「土のじいじは藍から何か聞いたのですか?」


 藍は土の館で傷を治すのだろう。鉱物からできている守り刀は土の精霊王が作ったから、実家に戻るような感覚なのかもしれない。


 土の精霊王はまず藍の話の前に、有馬の話を聞くように、と言った。

 水の精霊王は祝たち三人にイスを勧め、テーブルを四人で囲むように座った。


「夏に祝が四季の庭で『化け鴉』に襲われたことがありました。ご存知の通り、『化け鴉』は人が作り出した呪詛です。瑞祥はその出所をずっと探っていました」


 有馬は、『化け鴉』は単なる脅しだったと考えているらしい。

 初めて墓堀家に祝を連れて帰ったことで、跡取りに名乗りを上げるかもしれないと思われたのではないかと推測していた。

 

「初めての場所で今ままで見たこともない魔物に襲われれば、祝はこの領地にいるのを嫌がるのではと考えたのだと思います」

「祝は嫌がらず、瑞祥はこの地で祝を守ることに決めたんじゃな。『化け鴉』に襲わせなければ祝がここに留まる理由もなかったじゃろうに」


 ええ、と有馬は頷いた。


「相手は瑞祥の性格を理解していなかったのでしょう。ずっと、兄である国継(くにつぐ)の影から出ようとしていませんでしたからね」

「そうじゃな。実力で言えば跡取りは瑞祥だったのだ。爪を隠し、『鍵』の立場を徹底して守っておった」


 父は伯父を跡取りとするために、墓堀本家主催の行事には顔を出さなかったそうだ。

 どうしようもない次男だと周りに思わせることで、長男である国継の地盤を強固にした。


「本来の墓堀家の仕事を誰よりもこなしていたのは瑞祥だったのじゃ。遥か昔の盟約をちゃんと守っておった」

「盟約ってなんですか?」


 祝は土の精霊王に尋ねた。

 墓堀家は『鍵』を作り、仙境の番人となる。

 それの対価をして妖精王は墓堀家への繁栄を約束しているのだそうだ。


「それが土のじいじやヴィー様の王様である妖精王とうちの家の約束なんですね」

「そうじゃ。墓堀の繁栄は『鍵』の働きによるのじゃ。今の墓堀で『鍵』として働いているのは瑞祥だけじゃ」

「伯父さんも『鍵』ですよね」


 伯父はどうして『鍵』の役目を果たしてないのだろう。

 (ゆずりは)や祝は幼いことが理由になると思う。けれど、『鍵』ではない有馬までが精霊の捕縛などの仕事をしているのに。


「理由は二つある。まず、国継はワシの祝福を受けてないからの。守り刀がないのじゃ。もう一つは当主だからじゃ。当主は次代を作ることが仕事のようなものだからの。身を守るためにも危ないことはせん」


 守り刀はその子が生まれた時に採れた鉱石で作られる。父はアクアマリン、祝はガーネットだったと土の精霊王が言っていた。

 有馬の腰にぶら下がっている父の守り刀の形に似た短刀の石は黄色い。有馬は土の祝福を受けているから、おそらくあれは守り刀なのだろう。


「それを都合よく解釈している輩がいるんだよ」


 有馬は頭を掻いてため息を吐いた。『鍵』の存在はみんな知っていても、仕事内容まではあまり理解できていない。


「瑞祥のことをいつしか見下していたんだろうな」

「それは伯父が、ということですか?」

「いいや、違う。国継は瑞祥に感謝している。それは間違いない。だけど、百合子さんの実家はそうじゃないんでね。自分たちの娘が本家の嫁だ。次代は孫の楪だ。自分が墓堀家の当主にでもなったつもりでいるんだろうよ。川渡(かわわたり)阿呆(あほう)一族はな」


 製薬会社の経営を母体として、墓堀の領地外でも高齢者向け住宅、スポーツジムなどのグループ会社の経営者一族が川渡一族なのだそうだ。


「墓堀家の親戚筋は川渡との婚姻を良く思っていなかった。まあ、ほぼ全員が反対だった。俺も反対だったしな」

「どうして有馬先生は反対だったんですか?」


 伯母として会った回数は少ないけれど、彼女の姪の瑠璃子にオレンジジュースをかけられた時も祝にちゃんと謝ってくれた。

 非常識な人には見えなかった。


「それはアタシが説明した方が良いかもしれないわね」

「ヴィー様?」


 水の精霊王は精霊のことについて話だした。

 精霊には仙境にいる光を好む『良き精霊』と、闇を好む最果ての地の『悪しき精霊』がいる。

 墓堀家が治める領地の民は遥か昔から光の精霊と共に生きてきた。けれど、歴代の『鍵』の中で光を恐れ最果ての地へ向かった『鍵』とそれを慕う人たちがいたそうだ。

 その『鍵』は妖精王によって与えられた名前を剥奪され、最果ての地で埋められてしまったらしい。

 その当時の墓堀家の当主が、『鍵』のうちの一人が罪を犯したことのであって、それに付いていった領民には罪がないと言って、彼らをまた領地に受け入れた。


「そのときの闇を好んだ『鍵』と一緒に最果ての地へ行った人たちが川渡の先祖なの」


 ヴィー様は当時を思い出しているのか、苦い顔をしていた。


「最初の頃こそ危険視されていたけれど、心を入れ替えたように見えたのでしょうね。川渡の一族は何千年もかけて自分たちの地位を上げてきたのよ。今では墓堀家の親戚以外、その話を知っている人はいないでしょうね」


 だから、百合子と伯父の結婚に墓堀家の親戚は反対したのだそうだ。


「でも、伯父は百合子伯母さんと結婚したんですよね」

「ああ、国継が百合子さんと結婚できないなら一生結婚もしないし、子どもも作らない、と言ったからな。親戚が折れたんだよ。『鍵』が途絶えることだけは避けたかった」


 今となっては途絶えた方が良かったのかもしれない、と有馬は投げやりに呟いた。


「闇に通じているような家の血が入った『鍵』は楪が初めてだ。歴史は繰り返されるんだよ、祝」


 有馬は悔しそう顔をして黙ってしまった。

 祝は楪が精霊王の祝福を受けていないことや、水の精霊王が祝に祝福を授けたときに、それにあてられて具合が悪くなったことを思い出していた。


 闇を好んだ『鍵』は多くの呪詛を作り上げたそうだ。父や有馬が光の捕縛をするのと逆の作用で、光を好む精霊や人を捕まえることができるらしい。

 有馬は、その呪詛が気の遠くなるような時を越えて、闇を好んだ『鍵』から川渡に伝え続けられているのではないかと考えている、と言った。


「じゃあ、お父さんを呪った人って」

「間違いなく川渡の人間だろうな」


 有馬はため息を吐いた。

 水の精霊王や土の精霊王はそれを知っていたのか、辛そうに祝を見つめていた。



 

 




いつも読んでくださってありがとうございます。


タイトル詐欺になってしまいました。

父が受けた呪いの内容は次回も続きますので、よろしくお願いします。


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