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19 水の精霊王からの呼び出し

 墓堀家の離れでの生活もずいぶんと馴染んできた。

 ここでの秋は美しいものをたくさん見ることが出来た。

 町をぐるりと囲うようにそびえている山々は多彩な色を持ち、空は抜けるように青かった。

 祝は両親とよく山へ登った。


 子どもでも登れるような低い山で、三人でピクニックをしたり、栗拾いをした。

 それは前に住んでいた街ではできなかったことなので、とても新鮮だった。


「冬が始まると、お父さんはあまり家にいることができなくなるからね。秋は一緒に過ごしたいと思ったんだよ」

「冬が忙しいの?」


 そういえば、去年も冬、特に12月はあまり父が家にいることはなかった。

 父の仕事は逃げ出した精霊を連れ戻したり、墓堀家の領地以外に開いてしまった仙境との穴を塞いだりするのだ。

 季節的に忙しくなるような仕事でもないとは思うけれど。


「一年で一番昼が短くて夜が長い日を冬至、と言うんだ。祝は知ってるかな?」

「知ってる。かぼちゃと柚子湯をお母さんが毎年用意してくれるもん」


 母は年中行事を楽しむタイプの人で、端午の節句には菖蒲湯に柏餅、夏至にはタコを使った料理を作ってくれ、6月30日のことを『夏越の祓(なごしのはらえ)』といって厄除けだと水無月という和菓子を作った。水無月は氷に見立てた葛に小豆を乗せたもので、祝の大好物だった。秋分にはおはぎや満月の夜はススキを飾り、月見団子を頬張りながら小さな庭から月を見上げた。


 母が言うには、こういう行事にはちゃんと意味があって、それを行うことは大切なことなのだそうだ。

 母の実家がそういう行事をするタイプの家で、逆に父は「家でした記憶がない」と言っていたことが多かった。


「精霊は光の子と呼ばれるほど光が好きなんだ。それとは逆に仙境の果ての地に住む悪しき精霊は光を嫌う。だから、夜の長い冬至は彼らが一番活動的になる日なんだよ」


 悪しき精霊は昼間より夜の方が力が増し、その中でも冬至は最も力が強くなる日でもあるそうだ。

 だから、父や有馬は一年で一番忙しい日になるらしい。


「今年の冬至は12月21日だな」

「じゃあ、クリスマスには帰って来れるね」


 祝はそう言ったけれど、墓堀家はクリスマスをするのだろうか。

 それともクリスマス自体がないかもしれない。

 祝は前の学校のクラスメイトから「サンタクロースは親がやってるんだぜ」と聞いていた。元々、あまり信じてもいなかったから、ショックでもなかったけれど、毎年サンタクロースから電話がかかってきたフリをして、「今、サンタさんから電話で祝の欲しいものを聞かれているんだけど」と電話を耳に当てながら、ウキウキしている母の夢を壊したくなくて、信じているフリをしていた。


 ひげをつけた真っ赤な服を着た他人が夜中に家の中に入ってくる方が怖い。

 だけど、欲しい物もあるから、ここは無邪気に「今年はサンタさん何をくれるのかな」と言っておくことにした。


 本格的な冬を迎え、父も予想通り家にいない日々が続いた。1日帰ってきては1週間帰ってこない、という感じだ。

 冬至を二日後に控えた日、祝の元にやって来たのは春の庭の滝に住む精霊だった。

 家の中まで祝を探しにくるのは珍しい。

 精霊は水の精霊王の伝令だと言って、祝にすぐに一緒に来るようにと髪の毛を引っ張る。


「急いで急いで」

「ちょっと待って、独りで庭に出るのはダメなの。蝶子さんを呼んでくるから」


 祝は蝶子を呼び、精霊が来ていることを伝えた。

 小さな手のひらサイズの精霊は飛びながら祝を急かす。「どうしてそんなに急いでるの?」と、祝が尋ねると、水の精霊王からの緊急の呼び出しだ、と言われて蝶子と一緒に春の庭の滝へ急いだ。


「ヴィー様、祝です」


 呼び出しの挨拶も無しに、滝に向かって呼びかける。

 滝はすぐに光だし、水の精霊王が現れた。

 その顔はどことなく厳しく、いつもの楽しく明るい雰囲気がない。


「祝ちゃん、沙織さんは家かしら?」

「はい、お母さんには何も言わずに出てきたので」


 精霊に呼ばれたから、母より精霊に詳しい蝶子の方が良いと思ったのだ。


「そう、じゃあ、蝶子は家に戻って沙織さんに伝えてくれるかしら。瑞祥が呪いを受けて水の館に運び込まれたの。うちで治療するのが一番良いから、しばらく瑞祥は帰れないわ」

「……承知いたしました」


 蝶子はそれだけ短く言うと、サッと離れへ足早に戻っていった。

 きっと、聞きたいことはたくさんあったはずだ。どんな呪いなのか、とか、父は大丈夫なのか、とか。それでもすべてを飲み込んで蝶子は家へ戻った。

 祝は自分の役割が何であれ、蝶子や精霊が見えない母の分までしっかりとやらなくてはいけない、とグッと目を閉じる。油断すると出てきそうな涙を止めるように、大きく目を開いた。


 水の精霊王は滝と水の館の道を開き、祝を抱きかかえるとその中に入った。


「おかえりなさいませ、祝福を受けし水の子よ」

「ただいまです、水の精霊たち」


 精霊は良くも悪くも融通が利かない――いつか、蝶子が言っていた言葉が頭を過る。

 祝がどんな理由でここに来たとしても、挨拶を省くことはしない。そんなことはいいから、父はどうなの、と尋ねるわけにはいかないのだ。


「祝ちゃん、こっちよ」

 

 祝の気持ちを察してくれたのか、水の精霊王は祝を手招きする。

 水の精霊王が歩く方へ付いていく。お茶会をした部屋とは違い、館の奥の方へ進んでいった。

 着いた部屋は館の中を流れる小川の源流、水が湧きだす部屋だった。

 部屋の真ん中に大理石でできた大きな噴水があり、そこから溢れ出した水が館の中の小川に流れている。

 六角形の形をした部屋の壁は真っ白で表面が磨かれた石で出来ていて、そこに複雑な彫刻が施されていた。


 水の精霊王が壁に手を着けると、壁の彫刻に金色の光が走り、模様を浮かび上がらせる。


「わわわっ」

「大丈夫、これは守りと浄化の精霊の魔法なの。そうね、昔、人の子でも使える者がいたわ。全員魔女狩りで焼かれてしまったけれど」

「……白魔法使いですか」


 歴史の教師の(まだら)先生の授業で習ったことがある。

 もっと仙境と人間の世界が曖昧だったころ、仙境で精霊たちから魔法を習った人がいたそうだ。その人はそれを弟子たちに伝え、その弟子たちは『良き魔法使い』とか、『白魔法使い』と呼ばれたそうだ。


 水の精霊王は祝の手を握り、部屋の中央にある噴水の元へ連れていった。噴水の中を覗くと、そこには父が沈んでいた。


「お父さんっ!」


 祝は噴水に入ろうとして、水の精霊王に止められた。


「大丈夫。瑞祥は眠っているだけよ。ここの水ほど呪いを浄化できる水はないの。瑞祥は水の祝福があるから水に沈んで死ぬことはないわ」


 それを聞いて、祝は腰が抜けたように床に座り込んだ。

 父をここに運んでくれたのは守り刀の『(らん)』だったそうだ。ただ、藍も満身創痍で姿を人の形に保っているだけでやっとの状態だった。


「藍だけ先に土の精霊王の元に送ったのよ。守り刀を作ったのは土の精霊王だからね。だけど、瑞祥はやっかいな呪いに捕まったままだったの。だからね、この癒しと浄化の水で呪いを抜いているのよ」


 水の精霊王がパチンと指を鳴らすと、ふかふかの長イスが現れた。そこへ祝を座らせ、自分も隣に座った。

 

「瑞祥が起きていると呪いも進んでしまうの。身体の血管に流された呪いだから、いずれ心臓に達してしまえば命はないわ。だから、瑞祥の時を止めて呪いを抜いている状態。理解できた?」


 祝は小さく頷いた。

 父は水の精霊王によって仮死状態になっているそうだ。そうすることで呪いの進行を止めることができるらしい。


「ただ、どれだけかかるか分からないの。アタシもあまり呪いには詳しくないのよ。もうすぐ土の精霊王もお越しになるから、何かわかるかもしれないわ」


 祝はイスから立ち上がって、もう一度噴水に近づいた。透明な水に沈んでいる父は寝ているときと同じに見えた。顔や服から出ている手や足先の皮膚には黒い糸で描かれた地図のような模様がある。

 あれが呪いだろうか。

 

 いつの間にか隣に来ていた水の精霊王が祝の肩を抱いて、やわらかい手でさすってくれる。

 とても、大きくて落ち着く優しい手だった。






いつも読んでくださってありがとうございます。


中途半端なところで切れてしまって申し訳ないです。

明日もよろしくお願いします。


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