18 イタズラ小鬼
有馬が狩ってきたというイタズラ小鬼は、茶色いゴワゴワした皮膚に尖った耳、それに真っ赤な目、口からは牙が見える。ただし、大きさは祝の膝丈ぐらいだから30センチほどだ。
気持ちよく墓堀家の当主をバカにする歌を唄っていたイタズラ小鬼は甲高い声を止めると、そばに立っていた有馬を見上げ、「キィィィィッ」と唸った。
次に、祝を見上げると、真っ赤な目を細め口元をニタリと横へ広げる。
「オマエ、弱そうだな。我が輩が一節唄ってやろう」
イタズラ小鬼は祝の足元まで来ると、ニタリともう一度笑い、グルグルと回り出す。
そしてピタリと足を止めると、ケタケタとガラス板を引っ掻くような笑い声を上げて、ちょこんと一礼した。
「祝はハズレの女の子~、力はあっても頭は空っぽ、血筋も悪いし頭も悪い~、ついでに顔も十人並み」
いやに頭に残る節回しで同じ言葉を唄いつづけている。それはもう、気持ちよさそうに唄っていた。
血筋が悪い、っていうのはおそらく、食事会のときに瑠璃子に言われた『下賤の血』というのと関係があるのだろう。
頭が悪いのは自分でも認めるし、顔だって人並みだという自覚はある。
だから、正直言ってあんまり腹が立たなかった。
……腹は立たないけど。
「うるさい! このブサイク小鬼!!!」
さすがに、同じ節を10回以上聞かされると、イライラしてきた。
祝は有馬から渡されていたクリスタルの小瓶をイタズラ小鬼の頭めがけて、思いっきり投げた。
真っ直ぐにイタズラ小鬼に飛んで行った小瓶は、真っ赤な目と目の間、眉間を直撃した。
「ウヒッ」
イタズラ小鬼は祝をバカにする歌を唄っている途中で、そのまま後ろへと倒れた。
小さく痙攣しているイタズラ小鬼を見て、ちょっとやり過ぎたか、と上から覗き込む。
上から見ると、殺虫剤をかけられてひっくり返っているゴキブリに見えないこともない。
「その小瓶は物理的に倒すための道具ではないのだぞ」
「……わかってます。ちょうど手頃なところに手頃な物があったので」
有馬は土の上に落ちているクリスタルの小瓶を拾い上げ、もう一度祝の手に握らせる。
「有馬先生、わたしは水の祝福しか受けていないのですが、どうやってコレをこの中に入れればいいのでしょうか」
「祝は土の祝福も受けているだろう?」
祝はわかりません、と答える。有馬は肩をすくめた。
「守り刀を使えるようになるのは13歳からだと決まってはいるが、土の精霊王は祝が生まれた時に守り刀を作ると張り切っていたぞ」
「はい、わたしの守り刀もあるとはおっしゃってました」
土の館で父の守り刀を見せてもらった時に土の精霊王が言っていた。
「守り刀が作られている時点で土の祝福は受けたことになるのだ。だから、祝福は与えられている」
有馬はそう言って、祝に土に手を付けるように言った。
あとは心を込めて土の精霊王の眷属であるこの冬の庭の精霊たちに助力を乞えばいいそうだ。
「土の祝福を受けし者が命じる、……というか、お願いします。このブサイクなイタズラ小鬼を小瓶へ閉じ込めてください」
祝は土に両手を付け、そう声に出した。有馬は「なんだか締まらないな」と言いながらも成り行きを見守っているようだった。
祝の手のひらの下の土がウゴウゴと動き出した。
気持ち悪くても手を離さずに踏ん張ると、手のひらから土へ向かって何かが吸い出されるような感覚があった。
土はウゴウゴと動きながら、まだ痙攣しているイタズラ小鬼の周りに集まり、まるで泥団子をこねるようにイタズラ小鬼をゴロゴロと転がしだした。
土が盛り上がり、転がされ、また土が盛り上がり、転がされ、を繰り返している内に、イタズラ小鬼は縮んでいき、小瓶に入るぐらいの真ん丸な真っ黒の球体になった。
その球体を土が波のように動きながら、丁寧に祝のところへ運んでくる。
祝の腰のあたりまで盛り上がった土の上にイタズラ小鬼の真っ黒団子が乗っていた。
祝はそれを指先でつまんで小瓶の中にぽとりと落とす。そして、蓋をきゅっと差し込めば捕縛が完了だ。
「土の精霊たち、ありがとう。おかげで変な歌を聞かされなくて済みます」
祝は蓋をした小瓶を土に見せるようにお礼を言うと、土はウゴウゴと動いて元に戻り、動かなくなった。
「まあ、いいだろう。相手が一匹しかいなくて時間があれば今日のようにすればいい。だけど、集団でいるところに遭遇したら土人形を出して一気に潰すのも効果的だ」
有馬は土に手をつけ精霊への呼びかけをすると、そこに2メートルははるかに越える土の板のようなものが現れた。その人形には足が付いていて、歩くたびにドスドスと地面が小さく揺れる。
「土に還れ」
有馬がそう言うと、土人形は一瞬で崩れて土に戻った。
「土の精霊に呼びかけたときに、手のひらから土へ何かが吸い出されたような気がしたのですが、あれはなんですか?」
「ああ、あれは精霊が呼びかけた人の光を吸い取っている。その光を糧に精霊たちは物質を動かすからな」
精霊は光が大好きなのだ。
それは精霊たちが光の子、と呼ばれる理由でもある。
精霊たちの王は『光の妖精王』で、その下に四大精霊王である『土・水・火・風』の精霊王がいる。そして、それぞれの眷属である精霊たちがいるので、精霊たちも精霊王も光の妖精王を敬愛しているのだそうだ。
「その人の光って吸われても大丈夫なものなんですか? 寿命が縮まったりとかは……」
「ないない。どんなに疲れても一晩寝れば復活するし、体内にある光というのは自ら作り出すものだから枯渇することはない。特に祝は能天気だから光の量も多いのだろう」
能天気は余計です。
そう顔に書いて、有馬を見上げた。
楽しいことや嬉しいことがあるたびに体内の光の量は増えるらしい。逆にネガティブに過ごすとそれはなかなか増えないそうだ。
光が溜まり過ぎても別に問題はないらしく、身体から漏れる光に吸い寄せられて精霊が集まってくるぐらいだから、いいのだそうだ。
祝福を受けてない人や、『鍵』の血筋の人でも見える人は少ないから、周りをブンブン精霊が飛んでいても何の影響もない。
有馬の説明を聞いてホッとした。
「ついでといっては何ですけど、『下賤の血』って何か分かりますか?」
祝は食事会で瑠璃子に言われた言葉を有馬に説明した。
オレンジジュース事件があったときに有馬も食事会には出席していたから、すぐに分かったらしく、はあ、とため息を吐いた。
「それは瑠璃子が言ってたんだな。あいつの家は特に選民意識が強いからなあ」
「選民意識?」
「ああ、自分たちは選ばれた人間であり、頂点に立つ上級領民だとでも思っているんだろう」
「でも、選ばれてないですよね?」
瑠璃子は伯母の妹の娘だ。墓堀家とは血縁がない。名前を与えられる『名持』でもないし、淡いの森に入れる『鍵』でもない。別に何も選ばれてない。
祝が真面目な顔でそう言うと、有馬は声を上げて笑った。
「今度、瑠璃子に会ったらそれを言ってやれ。面白いことになるぞ」
そのときは絶対に呼べよ、という有馬に祝は肩をすくめて見せた。
下賤の血、というのは一般家庭に育った母のことを指しているらしい。いくら父の血筋が良くても祝の半分は一般家庭の血が混ざっていることが、選民意識の高い瑠璃子には許されないことなのだそうだ。
そんな半分が下賤の血の祝が自分より立場が上にいる、ということが殊の外、面白くないみたいだ。
「なるべく会う機会がないように立ち回ります」
面倒なことが苦手な祝にとって、血筋だけで相手を評価する瑠璃子とかかわることはなるべく避けたい。
「ああ、これ、お返ししますね」
有馬の『妖精捕縛術』の講義の終わりに手に持っていたイタズラ小鬼入りの小瓶を差し出した。
「初捕縛だろう? 記念に取っておけよ」
「いりません」
祝は有馬の手に小瓶を押しつけると、有馬は「これをペンダントトップとかにしたらかわいいのに」とトンデモナイことを口走っていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
イタズラ小鬼は書いててすごく楽しかったです。
実際にいたら蹴ってしまいそうですけどね。
妖精王>四大精霊王>精霊
といった感じで書いています。
宜しくお願いいたします。




