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17 新しい教師

 この町に来て1ヶ月が過ぎた。

 今日から9月になる。本来であれば二学期が始まるはずなのだけれど、この町は違う。

 この家で『鍵』として生れた子が学校へ通い出すのは13歳からだそうだ。


 もう使うことのないランドセルが置かれたクローゼットを見て、少し気が滅入る。

 祝の生活は父の実家に来てからガラリと変わってしまった。

 学校へは通わず、家に教師が呼ばれて勉強時間を過ごす。勉強する内容も前に通っていた学校とは全く違っていた。


 もちろん、基本的な国語、算数、理科、社会、音楽などはある。その代り、図工はないし、体育の代わりに精霊の追跡方法などを実践勉強するのだ。

 音楽の教師は水の精霊王で、手ずからハープの弾き方や歌を教えてくれる。

 その歌というのがまた厄介で、精霊の祝福が込められた音階なので、一度家で口ずさんでその辺を飛んでいた精霊が集まって来てしまい、夜なのに家中光り輝いてしまったことがあった。


 その他にも歴史はヨボヨボ歩く(まだら)先生で、一般的な日本史に加え、この町の領地史、精霊世界の成り立ちなども講義に含まれている。それに、妖精・精霊学の教師は蝶子が受け持っていて、それぞれの妖精や精霊の特徴などを教えてくれるのだが、蝶子はどうにも精霊に対する敬愛の念が強すぎて、毎回、授業はいかに精霊たちが美しいかを語る場面が多くある。


 今日、『精霊捕縛術学』という、実践で学びながら、逃げ出した精霊を捕まえる方法を学ぶ授業が初めて行われる予定だ。


 朝からソワソワして待っていた。

 教師は祝も知っている人だと聞かされていたけれど、誰が来るかは教えてもらえなかった。

 祝が浮き足だってしまうのには、理由があった。


 蝶子が授業のために用意してくれたのは、父が子どもの頃に『精霊捕縛術学』で使っていた用具一式だったからだ。

 革の太めのベルトを腰骨の辺りに巻いてもらった。それにはいろんな道具がぶら下がっている。

 何の素材で出来ているのか分からない分厚い黒の手袋や、何を入れるのか分からない袋、それに短剣を差しておく場所もあった。


 うっふっふっふっふ。

 これぞまさにファンタジー!


 魔法の杖は流石にないけれど、この装備は祝をワクワクさせるのに十分な効果があった。

 先生が来るのが待ちきれなくて、何度も玄関に行っては蝶子に追い返された。


 教師が来たという連絡を受けて玄関へ走って行くと、そこに立っていたのは食事会で同じテーブルだった有馬だった。

 有馬は祝より太いベルトを下げていて、そこにはいろんな物がぶら下がっていた。


「祝さま、有馬さま『精霊捕縛術学』の先生になられます。よく言うことを聞いてしっかり学ぶように」

「はい、がんばります」


 祝は精一杯落ち着いたフリをしながら、蝶子へ挨拶をし、有馬と一緒に家を出た。

 有馬は『鍵』ではないけれど、精霊との相性が良いようで、土の精霊王、風の精霊王からの祝福を受けているそうだ。もちろん、祝や父と同じように精霊もしっかり見える。有馬と『鍵』の違いは淡いの森にノーチェックで入れるかどうかぐらいだった。


「有馬先生、今日からよろしくお願いします」


 有馬は曽祖父の末弟だから、大大叔父様、と呼ぶのが正しいのだろうけれど、それもややこしいのでどさくさに紛れて先生呼びをすることにした。


 祝はどこに行くのだろうと楽しみにしていたのに、有馬が連れていったのは四季の庭の中の『冬の庭』だった。

 草木も花もなく、真っ黒な土が積み上げられているだけの見た目は、庭というより運動場だと言った方が似合っているのかもしれない。


「今日はここで基本的な捕縛方法を教える。冬の庭は土の精霊王の祝福を受けてとても豊かな土地なんだ。だから、ここで悪しき精霊を放ってもその個体の10分の1の力も出せないのだ」


 有馬は手本を見せる、と言って腰に吊るしてあるクリスタルの小瓶の蓋を開けた。中から黒い煙のようなものが飛び出すと、冬の庭の土の上にサッカーボールぐらいの大きさのコガネムシのようなものが現れた。

 その虫はいきなり外に出れて、どこか戸惑っているように動いている。


「コイツはドレッシナーという淡いの森の木を食べる害虫だ。知能は虫だからアレだけど、動くものの頭を目がけて飛んでくるという習性がある」

「こんなのが顔に飛んで来たら嫌です」


 他にもドレッシナーは淡いの森の外に出ては山の木々を食べつくしたり、そのせいで土砂崩れの原因になったり、山の獣が麓に降りてくる原因になったりするそうだ。


「土の祝福を受けし者が命じる。眷属よ、害あるものを捕らえよ」


 有馬が土に手を付け、そう声を出すと、土が盛りあがりドレッシナ―の足を土の中に沈めようと動き出した。土が急に小さく波立っているように見えて、気持ち悪い。


「風の祝福を受けし者が命じる。風よ、害あるものを檻へ封じろ」


 今度は空中に向かって声を上げ、急につむじ風が吹くとドレッシナ―の周りに小さい竜巻のようなものが現れた。

 有馬はクリスタルの小瓶の口を竜巻に向けると、「入れろ」と命じた。

 風はその声に従い、ドレッシナ―に風を巻きつけながら小瓶の中に吸い込まれていく。掃除機がゴミを吸い込むのに似ていた。


「とまあ、こんな感じだ。じゃあ、やってみようか」


 有馬はそう言うと革の袋を開けようとした。


「ちょ、ちょっと待ってください。今ので何をしろと!? そして、その袋の中身は何ですか!?」

「ちょうど祝の教材に良いと思って、さっき、イタズラ小鬼を狩ってきたんだ」


 有馬は嬉しそうに袋を開けると、土の精霊王の館で働いていた小鬼のような精霊を出した。お手伝いをしていた小鬼と違うのは、牙があり目が真っ赤だったことで、かなり人相が悪い。


「墓堀ホリホリ墓を掘る~。掘るのはいっつも他人(ひと)の墓~。墓堀当主はバカなのでうっかりはまった墓の穴~」


 変な節の歌声が聴こえてきて声の主を探すと、そのイタズラ小鬼だった。


「コイツは小物なんだが、とにかく口が悪い。放置しておくと一日中誰かの悪口を言っている。気に入った人間の後をつけて耳元で衰弱するまで悪口を言い続ける習性がある」


 ちなみに、今歌っているのは墓堀家をバカにする歌で、イタズラ小鬼はみんなこの歌がお気に入りらしい。確かに頭に残る音程だ。


 祝は足元で歌い続けるイタズラ小鬼を見る。

 有馬は祝の手に空のクリスタルの小瓶を握らせた。


 

 




 

 

いつも読んでくださってありがとうございます。


いろんな精霊を書くのは楽しいです。


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