16 水の館でのお茶会
祖父がお土産に持たせてくれたパウンドケーキは使用人たちにすごく喜ばれた。
祝たちが実家へ行った日の夜遅く帰ってきた父は、次の日、朝食に丸々1本食べて、蝶子に怒られていた。
「祝さま、水の精霊王は甘いものがお好きなんですよ。切り分けますから四季の庭の泉にお届けしてはいかがですか?」
蝶子は本家での食事会で起こったことを父から聞いていたらしく、水の祝福が祝を守ってくれたことにとても感謝していた。
だからそのお礼も兼ねて、木の実のたっぷり詰まった祝用に貰ったパウンドケーキの半分を切ってもらって泉に届けることにした。
蝶子も一緒に行くというので、バスケットに入れてもらったパウンドケーキを持ってもらい、二人で四季の庭へ向かった。
この庭で『化け鴉』に襲われてから、独りで出歩くのは昼間でもまだ許可されていないのだ。庭に出るときは誰か大人と一緒に出ることにしている。
「水の祝福を授かりし者より水の精霊王への伝言を願う」
春の庭にある滝の前で蝶子に教えられた呼びかけの挨拶をした。
呼びかけてすぐに滝の滴から小さな光が現れ、祝の目の高さまで上がってくる。
父がここで精霊王を呼び出したときは、「おい、出てこい!」だったから、こんな手順が本当に必要なのかと思うけれど、何ごとも基本の正しい手順を知っておくというのは大事なのだそうだ。
「水の精霊王の祝福を受けし水の子、伝言はわたくしが伝えましょう」
目の前にあった小さな光は、縦に伸びると人の形になった。ただ、大きさが手のひらサイズ。
「えっと、パウンドケーキを持ってきたので、良かったら一緒に食べませんか?」
祝がそう言うと、小さな精霊は「伝えましょう」と滝の中に入っていった。
挨拶がちゃんと出来たことにホッとして、後ろに控えている蝶子を振り返ると、蝶子は片方の眉を上げていた。
あれ、なんか失敗したかな。
「祝さま。『差し上げる』のであって、『一緒に食べる』わけではありません」
「そうでした。間違えてしまいました……」
伝言はそのまま伝えられるから、内容をこちらから変えることは出来ないらしい。
精霊はいい意味でも悪い意味でも融通が利かないから、気を付けないといけないそうだ。
「待ってたわよー! 祝ちゃーん!」
バシッと光と水が弾け、眩しくて目を閉じる。
次に目を開けた時には目の前に水の精霊王が立っていた。
「お久しぶりです、水の精霊王」
祝は慌てて姿勢を正して頭を下げる。
後ろから蝶子の「跪くんですよ!」と悲鳴のような小声のお叱りが聞こえてきて、慌てて左ひざを土に着ける。
水の精霊王は両手を祝の脇に挟むと、立ち上がらせた。
「ねえ、祝ちゃん。アタシの祝福を受けた者なら跪かなくていいの。そんな他人行儀だと悲しいわ。それに、アタシのことはヴィーって呼んでくれる? 水の精霊王じゃ長いでしょ?」
「ヴィー様、ですか?」
低くて穏やかな声が祝を包み込む。祝が顔を上げれば、間近に整った目鼻立ちのバランスの良い配置の顔がにっこりと笑っていた。
これでしゃべり方がオネエじゃなければ完璧なのに。
「どこでお茶にする? ここでもいいけど、せっかくだしうちの館に来なさいよ」
「えっと、良いのかな……」
祝は後ろを振り返って蝶子に確認を取る。蝶子は跪いたまま、頭を下げていた。
「あなたは蝶子ね。いつも美しい花を滝に浮かべてくれてありがとう。精霊たちが喜んでいるのよ」
「もったいないお言葉でございます」
蝶子は頭を上げないまま、小さく呟く。
「蝶子さんもヴィー様のことが見えるんですか?」
確か、土の精霊王に会いに行ったときに、母には見えないと言っていた。
蝶子は『鍵』ではないのに、どうして水の精霊王の言葉が聞こえ、姿が見えるのだろう。
「蝶子はね、先祖に鍵がいるのよ。鍵の血筋でときどきいるのよね。ぼんやりと見えちゃう人が」
「ぼんやりですか……」
祝は跪いたままの蝶子に視線を向けた。
「はい、輝かしい光に包まれてお姿は輪郭しかわかりませんが、低くベルベットの様な天上の声はこの耳に届きます」
蝶子は顔を上げると、眩しそうに目を細めていた。
ベルベットでも天上の声でも、しゃべればオネエ言葉なので色々台無しである。
蝶子は父が水の精霊王にからかわれていることを知っているはずなので、どんな性格をしているのか知っている上で、それでもなお敬愛せずにいられないのだろう。
墓堀家のある町の精霊信仰ってすごい。
ずっと、ここにいると蝶子が落ち着かないだろうという水の精霊王は、仙境にある水の館に祝を連れていった。
もちろん、パウンドケーキの入ったバスケットは祝が持っている。
水の館は淡いの森の奥にある泉のそばにあった。太陽の光をうけて、きらきらと輝く不思議な白い石で建てられた広々とした館は庭と建物の境界線が曖昧だった。外にいたのに、気が付いたら室内に入っている感じだ。
さらに、建物の中にも小川が流れていて、人の形をしている精霊たちが見たことのない楽器を奏でていた。
「ようこそ、水の館へ。アタシたち水の眷属は美しいものが大好きなのよ」
水の精霊王がそう言うだけあって、室内には大理石で作られた彫刻や壁一面に飾られた絵画もあった。
用意された部屋へ行くと、お茶が用意されていた。
祝はバスケットからパウンドケーキを出して用意してもらったお皿に乗せる。
「懐かしいわ。瑞祥が良く持ってきてくれていたの」
「お父さんがですか?」
水の精霊王は一切れをゆっくりと口に運び、目を閉じて味わっているようだった。
口角は上がっているから、味は満足したのだろう。
「瑞祥は春の庭の滝に持ってくるだけで一緒に食べたことがなかったの。だから、今日はすごく嬉しいわ。アタシの夢だったのよ、乙女のお茶会」
「……乙女のお茶会」
「これからも定期的にやりましょうね。淡いの森の奥にある泉が水の館の正面玄関なの。遠かったら、今日みたいに春の庭の滝でもいいわ」
春の滝から水の館に繋がる道は父のために水の精霊王が開いたのだそうだ。
祝は目の前に置かれたティーカップに口を付ける。
土の館で飲んだときも花の香りがして、美味しいお茶だったけれど、水の館のお茶も負けていない。
ミントの爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、その後に甘い花の香りが口の中に残る。不思議なお茶だった。
「他の精霊王たちは淡いの森以外に道を開けるのを嫌がるのよねえ。だけど、アタシはきれいな水さえあればどこへだって行けるから気にならないのよ」
水の精霊王は他の精霊王から『変わり者』だと言われるそうだ。
「アタシはただ、新しいものが好きで、美しいものが好きで、楽しいことが大好きなだけなのにねえ。それより、祝ちゃんの話を聞かせてちょうだい」
祝は、この前の食事会で水の祝福に助けてもらった話をした。
楪の母方の従妹にずいぶん嫌われたみたいで、オレンジジュースをかけられそうになったのに、水滴が相手に戻っていった、とお礼を丁寧に言った。
水の精霊王は話を聞いてお腹を抱えて笑っていた。
「人を呪わば穴二つってヤツね。だいたい素人がやるもんじゃないわ。墓堀家の十八番なのよ、穴を掘って相手を陥れるっていうのは」
「その穴ってもしかして……」
「もちろん、『墓穴』よ!」
この場合、墓堀家が穴を掘るのは他人を陥れるための他人の『墓穴』だ。
人を呪っても穴は1つしか掘らないのが墓堀家らしい。もちろん、その穴は相手が落ちるための穴だ。
「墓堀ってそういう意味での苗字だったんですか」
「そうよ、聞いたことなかった? あまりにも墓堀家に敵対する人たちが勝手に自滅していくから、苗字のない時代から祝ちゃんの一族は墓を掘る一族って言われていたの。苗字を決めるときにそのまま苗字にしたのよ」
バカじゃないの、ご先祖様。
おかげでどれだけ苗字のせいで嫌な思いをしてきたか。
「まあ、それでもその苗字のおかげで『墓堀』といえば、手を出してはいけない相手って認識されるようになったのだから、ケガの功名ってヤツよね」
「……その墓堀のわたしにジュースをかけようとした子がいたわけですが」
オレンジジュースをかけた瑠璃子もそんな話をしっていたら、きっと、行動をする前にもうちょっと考えたかもしれない。
「楪の従妹ってことは川渡の末の娘の子ね。川渡ねえ……」
水の精霊王は考え込むように、黙ってしまう。
「ヴィー様?」
祝が声をかけると、困ったように笑った。
「ちょっと気になることがあってね。最近、川渡の敷地内の水が澱んでいるのよ。だから、この町中にいる精霊たちが嫌がって近づこうとしないの」
水の精霊王の説明によると、川渡家は製薬会社をしているから水の流れは非常に重要なものなのだそうだ。
「水はね、癒しにもなるの。薬に使われる水は清らかでないと癒しの効果が出ないのよ。その大元の川渡の家の水が澱んでいるというのはやっぱりまずいわね」
「どうにかならないんでしょうか」
水の精霊王はため息を吐いて首を横に振った。
「アタシたち精霊は人のことに関わってはいけないのよ。例外なのは『鍵』ね。それ以外の人の子はどうなっても行く末を見守るしかできないの」
精霊たちの決まり事なのだろうか。
それなら、祝がどうこう言う筋合いのものではない。
その後も、しばらく水の精霊王と話をして、お茶のお代わりを飲み切ったところで、次の乙女のお茶会の約束をして、春の庭の滝まで送ってもらった。
水の館に入ったときはまだ昼間だったのに、日が傾いていて時間の流れの速さに驚く。
祝を見つけた蝶子が慌てて離れから迎えに来るもを、水の精霊王と一緒に眺めた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
水の精霊王が住む水の館は淡いの森の土の精霊王の土の館の先にあります。
その後ろに火の精霊王の火の山があり、その後ろに風の精霊王が住む風の谷があります。
明日も更新します。




