15 お母さんの実家
食事会の次の日、祝は両親に連れられて母の実家へ向かうことになった。
元々、この町に来た目的が祖父母に会うことだったのに、『化け鴉』に襲われて予定がすっかり変わってしまっていたのだ。
祖父母が住む母の実家は墓堀家がある町の中でも、南の商業地区にあるそうだ。
町は東西南北と中央で分けられており、南は商業地区、北はオフィス街、東西は住宅街で、中央には学校や病院、役所などの公的機関が集まっている。
母の実家は両親が食堂をしているので、南の商業地区で店舗兼住宅に住んでいた。
父の車で着いた場所は商店街の一角にある洋食屋の前だった。
赤と白のストライプの日よけ用のテントが入り口の上にあり、木枠のドアにはカウベルが付いている。店舗の前に置かれている看板には『本日のランチメニュー ハンバーグ定食』と書かれていた。
父に車を停めてもらい、母と祝だけが降りる。
「お父さんは一緒に行かないの?」
「このまま仕事にいかなくちゃいけないからね。帰りは迎えが来るから、二人でゆっくりしてくるといい」
ハンバーグか、と小さく呟いて残念そうな顔をしたあとで、車を出した。
父は母の実家のごはんが大好きなのだそうだ。「男の胃袋を掴むのは定石よ」と母は悪い顔で笑っていたけれど、この場合、胃袋を掴んだのは祖父母ではないだろうか。
「ただいまー!」
母は店のドアを開けて入る。ランチタイムが過ぎていたので、店内で食事をしている人はおらず、祖父母が後片付けをしているところだった。
「おかえり、沙織。あら、瑞祥さまは一緒じゃないのかい?」
「うん、仕事があるからここまで送ってもらっただけなの」
祖母は茶色いショートカットで、おしゃれなカフェエプロンを腰に巻いていた。
キッチンの中からは母と顔立ちの似た男性が、白いコック帽を外しながら出てくる。
母が祖父母を祝に紹介してくれた。
「あらまあ、大きくなって」
祖父母は祝のそばに来るとニコニコしながら祝の顔を見ている。
祖父は祝を抱き上げて抱きしめた。油の匂いと香辛料の匂いが祖父から漂ってきて、祝のお腹がぐぅと情けない音をたてた。
「ここで何か食べさせてもらおうと思ってお昼ご飯を食べてこなかったのよね。お父さん、ハンバーグ残ってないの?」
「そりゃかまわんが……祝はどうだ、ハンバーグでいいのか?」
祖父に抱っこされたまま、祝は頷く。
「ハンバーグ、大好きです!」
「おやおや、そうかい。じゃあ、じいちゃんが最高に美味しいハンバーグを作ってやるからな」
祖母は降ろされた祝の頭を優しく撫でると、二階の住宅の方へ上がって待っているようにと言った。
母に連れられて店の裏手にある階段を上る。店舗の二階は3LDKの住宅で、祝が7歳まで暮らしていた家を思い出させた。
しばらくして、いい匂いと共に、祖母がランチを運んできてくれた。
ジューシーで温かくなるような味は、どこか母が作る料理に似ていた。もちろん、祖父が作った方が何倍も美味しいのだけれど、最近は料理人が作った食事しか食べていなかったので、馴染みある味に身体じゅうが元気になるようだった。
食事を終えた母はリビングの床の上にゴロリと転がる。
祝も同じように床に転がった。ひんやりした床が食後の熱を奪ってくれて、気持ちいい。
父の家でこんなことは絶対に出来ないので、母と祝は目が合うとお互いに、二ッと笑った。
「床でゴロゴロできる尊さよ!」
「尊さよ!」
母の声に祝も同じように叫ぶ。
食後のお茶を淹れてくれていた祖母が「まったくだらしないね」と苦笑いした。
「そう言えば、沙織は川渡の家の話は聞いたかい?」
「川渡って、百合子さんの実家の話? ううん、何も聞いてないけど」
川渡家というのは伯母の実家の苗字らしい。
昨日、オレンジジュースを被っていた女の子の母親の実家でもある。
「私たちもお客さんの噂話を聞くだけなんだけど、会社の従業員を次々とクビにしているらしくてね。この南地区にまで仕事を探しに来る人達が増えてるんだよ」
伯母の実家の川渡家は大手の製薬会社で、この街以外にも関連会社を多く持っているそうで、この町にとっての収入源の一つになるのだという。
名前を聞いてびっくりした。子どもの祝でさえ知っている会社名だった。
子どもでも簡単に薬が飲める『甘い風邪薬』とか『しみない目薬』とか『痛くない消毒液』とか。
それにこっちに来る前のテレビのニュースで、世界一細い注射針の開発に成功した、という報道を観た記憶がある。
これで赤ちゃんの血管にも簡単に注射できるし、子どもに痛みを感じさせない注射になる、と言っていた。注射嫌いの祝にとって朗報だと思ったから、よく覚えている。
そんな会社が従業員を解雇しているというのはどうしてなんだろう。
「あそこの家はやりたい放題だったからね。百合子お嬢さんが墓堀家の跡取りに嫁いでからは余計にねえ」
こんなこと言うのはいけないんだろうけど、と祖母はぼそりとこぼした。
「だからね、あんたたちがこっちへ帰ってきたことは嬉しいんだけど、心配でね」
「大丈夫よ。こっちに戻ってきたのは祝のためだもの。それに瑞祥は自分が跡取り問題で苦労したから、祝にはそんな思いはさせないって言ってるし」
父がそんなふうに考えてくれているとは思わなかった。
いつも飄々としていて、娘である祝でも考えていることがわからない。父を感情的にすることが出来るのは『水の精霊王』ぐらいのものだ。
あんなに父が表情をクルクル変えて怒ったりするところを見たのは初めてだった。
まあ、水の精霊王のキャラも強烈なんだけどね。
母と祝がまったりと過ごしている間に時間は過ぎ、父が手配した車が迎えにきた。
祖父は祝へのお土産に木の実がたっぷり入ったパウンドケーキを持たせてくれた。
それ以外にも父へはブランデーで漬けたフルーツが入ったパウンドケーキ、離れの使用人たちへはプレーンのパウンドケーキを何本も袋に入れて持たせてくれた。
「おじいちゃんのパウンドケーキはお父さんの大好物なのよ」
「瑞祥さまは1人で一本食べてしまうからな」
祖父は豪快に笑うと、車に乗り込む祝の頭を最後に撫でる。
また来るね、と祝も手を振って車に乗った。
遠ざかる祖父母が見えなくなるまで、祝は車から二人を眺めていた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ようやく祖父母が出せました。
明日も更新しますので、よろしくお願いします。




