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14 食事会

 親戚が集まった食事会の日、祝は蝶子によって挨拶の練習と親戚の顔と名前を叩き込まれていた。

 食事会に集まる人たちは祝の家と楪の本家を除いて7家族22人で、同年代の子ども6人も含まれるそうだ。


「親戚と言っても近しい家ばかりですから、かしこまった場にはならないと思いますが、気を抜かないようになさってくださいませ」


 蝶子に言い含められて、「はい」と頷く。

 わからないことは、「どうなんでしょうね」で乗り切れと蝶子に言われた。肯定も否定もしてはいけないのだそうだ。

 実に面倒くさい、と呟くと、蝶子は顔をしかめた。


「そういうお立場だとご理解なさいませ。祝さまが何かを肯定したり否定したりすると、父上である瑞祥さまがそう思っているのではないか、と勘繰る輩が出てくるのです」

「そんなものなんですか」

「そういうものです」


 ボロが出ないようになるべく口を開かず、目立たず、大人しくしておこう、と祝は心に刻んだ。


 蝶子に手伝ってもらって白いサマーワンピースに着替えた。肩ひもになっているワンピースで紐の部分がふんわりしたリボンになっている。ひざ下まであるスカートはフレアスタイルになっていて、歩くたびにひらひらして落ち着かない。

 時間が来たので、祝は蝶子と一緒に玄関に向かった。

 玄関には珍しくスーツ姿の父と紺色のワンピースを着ている母がいた。

 父のネクタイ姿なんて入学式以来だ。母がきれいな格好をしているのを見るのも入学式以来だった。


 三人は四季の庭の端にある廊下を通り本家へ向かう。

 庭に繋がっているドアは玄関ではないということで、一度、正面に出て正面玄関から中に入った。


 食事会が開かれる部屋には丸テーブルが3つ置かれていて、それぞれのイスの前にネームカードが置かれていた。

 父は母と祝を連れて中心に置かれているテーブルへ向かう。そこには伯父と伯母、楪の名前と祝たち3人、それに『有馬様』と書かれたプレートがあった。


「お父さん、この有馬様って?」

「有馬さんはお父さんの大叔父さんに当たる人でね。祝のひいおじいちゃんの一番下の弟だよ」

「そんなにおじいちゃんなら(まだら)先生みたいにヨボヨボなの?」


 祝がこっそりそう聞くと、父は声を上げて笑った。

 父と祝の歴史の教師である斑先生よりヨボヨボしていたら、迎えに行った方がいいのではないかと思ったのだ。


「有馬さんはまだお若いよ。若いといっても祝にはおじいちゃんに見えるかもしれないね。斑先生よりはずっとお若いから心配しなくていい」


 父がそう言った言葉はすぐに証明された。

 祝たちが話していると、後ろから話題の有馬が現れた。


「瑞祥、沙織さん、久しいな」

「有馬さん、ご無沙汰しております。お元気そうだ、とっても」


 父が嬉しそうにがっしりと握手をした人はグレイヘアの素敵なおじさまだった。

 背の高い父と並んでも負けないほどで、肩幅は父よりもがっしりとしている。少し日焼けした顔に浮かぶ目尻のシワが精悍な顔つきを優し気に見せていた。


「おっ、君が祝だね」

「初めまして、祝と申します」


 朝から蝶子に仕込まれていた挨拶をし、軽く頭を下げる。顔を上げた時にニッコリと笑うことも忘れない。

 

 良し! 一発目は完璧。


「猫かぶりは瑞祥譲りか。これは面白い」

「猫かぶり……」


 有馬は祝の頭をゴシゴシと大きな手で撫でる。せっかく蝶子が梳いてくれた髪がぐちゃぐちゃになった。


「有馬さんはお父さんの小さいころを知っているからね。祝が良く似ているって言いたいのだと思うよ」


 それ、絶対に違うと思う。

 苦笑いしながら、有馬の行動の言い訳をしている父を軽く睨む。母が乱れた髪を直してくれた。


 食事会は伯父の挨拶から始まった。

 伯父の名前が『国継(くにつぐ)』という割とまともで古風な名前だったことに驚いた。

 父と母が親戚の食事会に顔を出すのは結婚式以来ということもあって、祝たちが座っている本家のテーブルには次々の挨拶の列が出来た。

 父は面倒そうな顔をときどき見せていたけれど、母は蝶子さんの教育の賜物か終始笑顔を絶やさず対応していた。


 食事も進み、デザートが運ばれてきたころ、伯父が祝たち家族が離れに戻ってくることを食事会に来ている親戚に知らせた。みんな事前に聞いていたようで、驚いた声を上げる人は1人もいなかったけれど、反応はそれぞれだった。

 目を閉じて腕を組んだまま話を聞いている人や、隣りに座っている人とコソコソと話す人。それに、楪と祝を比べるように見る人たちもいた。


 食事会が終わり、大人たちはお酒を飲みながら話をするということで、子どもたちは隣にある部屋で子ども同士で過ごすように、と部屋を追い出された。


「祝、一緒に行こう」

 

 楪が祝を誘ってくれたので、祝はホッして席を立った。

 水の精霊王の時に具合が悪くなった楪が最後の記憶だったから、今日のいつも通りの白い肌にピンク色のほっぺをした元気そうな姿を見て安心した。


 楪と一緒に入った部屋にはすでに6人の子どもがいた。

 祝が部屋に入った瞬間、口をつぐんだのか、部屋の中が静かになる。楪がこの中では一番年上のようで、祝をみんなに紹介してくれた。


 部屋にいるのは祝にとって、はとこや遠い親戚ばかりだった。

 祝を遠巻きにしていた子どもたちが楪に近寄ってきたついでに、値踏みをしていく。

 頭の先からつま先までジロジロと見られる視線にイライラする。けれど、蝶子の言葉を思い出してニッコリと笑って挨拶をした。


「みなさま、初めまして祝と申します。これからこちらで暮らすことになりました。どうぞよろしく」


 蝶子から言われたのは、絶対に舐められないこと。

 お友だちになってください、とか、よろしくお願いします、とかそういうことを言ってはいけないのだそうだ。

 あくまでも、ここで暮らすのは祝たちの選択であり、あなたたちはどうこう言う立場にはない、ということを最初に分からせないといけない、と口を酸っぱくして言われた。


 祝の挨拶に半分は同じように応えてくれたけれど、残りの半分は知らん顔をすることに決めたようだ。

 祝は返事をしなかった3人の顔と名前を一致させて、しっかりと覚える。

 楪が祝に、「あっちに座ろうか」と連れて行こうとしたとき、その中のひとりが近づいてきた。

 

「楪さま、百合子伯母さまにお願いして私の家にも遊びに来てください。お庭に素敵な噴水を作りましたの」


 返事をしなかったなか女の子のうちの一人だ。彼女は楪と祝の間に割り込むと、祝に背中を向けてぶつかるように押しやる。

 茶色がかった長い髪をツインテールにしたその子は、伯母の妹の娘らしい。

 楪にとっては従妹になるけれど、祝にとっては血の繋がりのない他人だ。

 

瑠璃子(るりこ)、今、僕は祝と話をしていたんだよ」


 楪が困ったように瑠璃子を窘めると、瑠璃子は振り返って祝を睨んだ。


「楪さま、ご存知ないのですね。この娘は下賤(げせん)の血が流れているのですよ。だから、一緒にいてはだめなのです」

「下賤……ってそれは瑠璃子の家の人が言っているの?」

「はい、うちの家ではそのようなものは卑しい身分のものだから付き合ってはいけないと教えられているのです」


 胸を張って得意げに答える瑠璃子に向けられた楪の視線はどことなく冷たい。

 どうやら褒められていないことだけは確定のようだ。けれど、下賤の意味がわからない。


「ねえ、楪兄さま」


 楪の目が冷ややかなのに気が付いているのは祝だけのようだ。

 祝はこのままではこの部屋の雰囲気が悪くなりそうで、呼びかけた。


「んまあ! これだから下賤は! 楪さまは瑠璃子とお話しているのです!」


 いや、さっき割り込んだのはお前だろう。

 瑠璃子は顔を真っ赤にして祝に詰め寄った。

 さっきまで、『わたし』だったのに、怒ったから地が出たのか自分のことを名前で呼んでいる。


「それに楪さまは瑠璃子のお兄様ですから! 勝手に呼ばないで!」


 キイキイ、と甲高い声で叫ぶ瑠璃子にうんざりして祝は口を閉じたままじっとしていた。


「瑠璃子、祝にそう呼んで欲しいとお願いしたのは僕なんだよ。瑠璃子も酷いことをいうのはやめなさい」


 瑠璃子は楪に怒られたことがショックだったようで、その怒りを祝の方へ向けてきた。

 ギッ、と音がしそうなほどの目で睨む。

 そして、祝はタイミング悪く蝶子の教えを思い出していた。


 何があっても笑顔を忘れずに!


 だから、ニッコリと瑠璃子に微笑みかけたつもりなのに。瑠璃子は、「バカにしないでっ!」と叫ぶと手に持っていたオレンジジュースを祝に向かってグラスごと投げつけた。


 まずい! ワンピース、白なのに! 色が残っちゃう!!! そして、蝶子さんに怒られる!!


 祝が手で顔をグラスから守るようにとっさに上げたけれど、いつまでたってもグラスもオレンジジュースも飛んでこなかった。

 目を開けると、目の前の瑠璃子が頭からオレンジジュースを被って、髪から滴がしたたっている。グラスは足元に転がっていた。


 使用人が慌ててタオルを持って瑠璃子の元へ走ってくる。瑠璃子は大げさなほどの悲鳴をあげて泣き叫んだ。


「何が起こったの!?」


 祝が楪を見ると、彼は肩をすくめていた。

 楪の説明によると、グラスを祝に向かって投げたのに透明な壁に当たるように瑠璃子の方へ跳ね返ったらしい。


「なんでだろう……」

「わからないな」


 祝と楪が頭を悩ませていると、瑠璃子の声を聞いた大人たちが部屋に駆け込んできた。

 楪が伯父と伯母に起こったことを説明する。それを聞いて、祝の両親と伯父伯母はため息を吐いた。


「祝は水の精霊王の祝福を受けている。オレンジジュースは水分だろう? 祝がイヤだって強く思ったんじゃないのか?」


 伯父に聞かれて、祝は頷いた。


「思いました。今日のワンピースは白だから汚れてしまったら洗濯する方が大変だと思って」


 正しくは、蝶子に叱られることを恐れただけだけれど、そこは黙っておいた。


「祝福は加護と同じなんだ。だから、水はどんなことがあっても祝の嫌がることはしない。瑠璃子、謝りなさい」


 瑠璃子はオレンジジュースまみれの髪のまま「嫌です!」と泣き続け、代わりに伯母が祝に謝った。


「ごめんなさいね、祝ちゃん。あの子、今まで自分が一番だったから祝ちゃんが来て面白くないのよ」

「別にわたしにはかかりませんでしたから、かまいません」


 伯母は祝の言葉を聞いてホッとしているようだった。

 まあ、実際、被害はなかったからね。

 ああ、だけど、注意はしておいた方が良いかな。水の祝福にこんな作用があるとは思わなかったから、これから同じことが起こらないようにしないと、仕掛けた方が被害に遭うことになる。


「ああ、そうだ。みなさん、わたしに何かお投げになるときは水分以外の物になさったほうがいいですよ」


 祝は振り返って部屋に残っている5人の子どもたちへ向かってそう言った。

 水以外の物なら跳ね返ることもないからね、そこのところ気を付けてね、という内容のことを丁寧な言葉使いで言った。

 そんな祝の心遣いが理解されていないのか、子どもたちは皆一様に顔色を悪くして祝から視線を逸らせた。


「蝶子の教育ってすごいな……」

 

 父はぼそりと呟き顔を引き攣らせている。

 本家を後にするとき、有馬のおじさまは「その被ってる猫を大事にしろよ」と大笑いしていた。




 

 

 

 

 


 

いつも読んでくださってありがとうございます。

明日も更新します。

みなさま、素敵な週末をお過ごしくださいね。

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