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12 水の精霊王との初対面

 父に連れられて祝が向かったのは四季の庭だった。

 

 庭は化け鴉が暴れ回ったことと、祝が逃げたときに薔薇の茂みに突っ込んだりして壊してしまった場所を庭師たちが総出で修復しているところだった。


「そういえばあの『化け鴉』って仙境の生き物なの?」


 父の隣に祝、その横に従兄の(ゆずりは)が並んで歩いている。


「正確には仙境の生き物じゃないんだ。悪意のある人に作られた魔物で、おそらく君を狙って放たれた呪詛だと思うんだけれど」


 呪いの中では中位の強さのものだそうだ。

 割と一般的なもので、ある程度の知識があれば誰にでも使えるらしい。その分、犯人を見つけるのはむつかしいだろう、と父が言った。

 楪が隣を歩きながら困ったように顔を伏せている。父はそんな楪を見て、小さくため息を吐いた。


「祝が呪われる可能性を考えずに外に出るようにと言ったのはあの場にいた大人全員だ。誰もが墓堀家の敷地内で呪詛に襲われるとは考えもしなかった。お前が責任を感じるようなことではないし、気に病む必要もない」


 父は楪に手を伸ばして髪をくしゃくしゃと撫でる。楪はそれでも納得がいかないようで、黙ったまま歩いていた。


「わたしが呪われたの? なんで?」


 祝は初めてこの家に来たばかりだった。誰かに恨まれるようなことをしたはずがない。


「それは……僕のせいかもしれない」


 楪はそう言ってまた黙り込んでしまった。


「どうして? 楪のせいになるの?」


 祝は歩いている足を止める。俯いたまま楪も立ち止まった。


「僕は跡取りなのに精霊の祝福がもらえてないんだ。だから、僕を跡取りにと望む人が、祝福を持っている叔父上や祝が跡取りとして選ばれるんじゃないかって心配してやったのかもしれない」


 楪の言う『精霊の祝福』というのは、四大精霊である『土』『火』『水』『風』の精霊王たちから認められた印のようなものだ、と父が説明してくれる。

 例えば、『火』の精霊王に祝福を与えられた人は火に焼かれて死ぬことはないらしい。

 簡単に言ってしまえば、精霊王から与えらえるお守りみたいなものだそうだ。

 受けた祝福の数はその人の力の強さに直結するとのことで、その祝福が一つもない楪はそれがコンプレックスでもあるみたいだ。


「どうして? わたしもお父さんも跡取りになりたいわけじゃないよ。それなのにどうしてそんなことをするんだろう」

「本人の意思は関係ないんだよ。ここでは『そうかもしれない』という思惑だけで勝手に行動する人がいるんだ」


 迷惑な話だと思う。

 父も祝もそんなつもりはまったくないのに、可能性があるというだけで悪意を向けられることがここでは当たり前のことなのだと理解して怖くなった。

 背中を冷たい風に撫でられたように、ぞくりとする。

 祝は自分の身体を抱きしめるように、手にきゅっと力を込めて父を見上げる。


 父は唇を硬く結んでいる。だから祝を連れて来たくなかったのに、と小声で呟いた声はしっかり耳に届いた。


 それから、みんな黙り込んだまま四季の庭を歩いた。

 

 父が祝たちを連れてきたのは春の庭の奥にある滝のそばだった。

 父は滝のそばに立つと、短剣に戻していた藍を呼び起こす。人の形になった藍は祝を隠すように前に立った。


「おい、出てこい!」


 父が滝に向かって呼びかけると、滝の水しぶきの小さな水滴が人の形に集まりだした。それは形を整え、最後にふんわりと白く光る。その光が収まると、そこには長身で水が流れるような髪をした男の人が立っていた。


 真っ白な肌に銀色の髪は光の加減か淡く青く光っている。目は透き通るような空の色で、同じ色のマントをチュニックの上に羽織っていた。


 この人が水の精霊王……。


 祝は水の精霊王の髪の色と同じようなものを見たことがあることを思い出していた。

 しばらく考えて、土の精霊王である土のじいじの館に飾られていたタペストリーが同じだったと気が付いた。


 水の精霊王は滝から浮いたまま父の前まで来て、地面に静かに降りた。

 父は腕を組んだまま立っていたけれど、祝の隣にいる楪は地面に跪いて頭を下げている。


 わたしも同じようにした方がいいのかな。


「お前、楪に余計なことを吹き込んだらしいな」

「だって、そうでもしなくちゃ会いに来てくれないじゃないの」


 水の精霊王は拗ねたような顔をして父に近づく。

 父は、「近い!」とその身体を押しのけた。水の精霊王は「もう、イジワルなんだから」と嬉しそうに笑っていた。


「祝、来なさい」


 父に呼ばれて藍と一緒に父の隣に立つ。緊張しながらも祝は挨拶をするべく口を開いた。


「初めまし……」

「いやーん、ついに会えたわ! アタシの可愛いお姫様。ウフフ、なんてかわいらしいのかしら。天の星も祝ちゃんの前には空から墜落するほかないわね!」

「あの、初めまし……」

「いやーん、声もかわいいわぁ! もうお姉さんがギュッとしちゃう!」

「人の話を聞けっ!」


 抱きしめようと手を伸ばした水の精霊王の腕を叩き落し、祝を背中に庇った父はこめかみに血管が浮かんでいる。

 蝶子さんが血圧が上がって血管が切れる、と言っていたのはこのことなのだろう。


「水の精霊王は我が主が子どものころからお好きで仕方ないのでございます」


 藍がこっそり祝に教えてくれる。


「あら、好きなんじゃないわよ。大大大好きなの!」


 耳ざとく言葉を拾った水の精霊王は父に怒鳴られてもそれこそ嬉しそうにニッコリと笑っている。


 どうしよう、これが噂の変態様というやつかもしれない。

 怒られて喜ぶ部類の人がこの世の中にはいるという。彼はそれなのかもしれない。


「初めまして水の精霊王。万物を慈しむ水の王との出会いに感謝します」


 祝は蝶子から教えられた挨拶をする。

 本来、精霊王に初めて会ったときには挨拶をする決まり文句があるそうだ。土の精霊王のときは知らなかったから、大変失礼な出会いになってしまったみたい。土のじいじが心の広い方でよかった。

 精霊王によっては、きちんとした挨拶が出来ないことで、いくら鍵であっても二度と呼びかけに応じてくれなくなるかもしれないそうだ。


 墓堀家の子どもはそういうことをちゃんと学校で教えられるけれど、祝は外で育ったのでここでの常識というものが身に着いていない。蝶子はそのことをとても心配していた。


 とはいえ、父が水の精霊王を呼び出すときに、「おい、出てこい!」だったから、それ以上に失礼に当たることをするのも難しいとも思うけれど。


「初めまして鍵の娘、妖精王の愛し子。この出会いにより、この地を流れるすべての水はあなたの助けになるでしょう。水の精霊王から水の祝福を与えましょう」


 水の精霊王は指先から青銀色の光を出し、祝へ向けて流し込む。


「わわわっ」


 身体の中にトロリと沁み込んでくる光にびっくりして変な声が出た。父は安心するように、と祝に声をかける。


「大丈夫、祝福だから」

「これが祝福?」

「精霊王にお礼を言いなさい」

「祝福を頂きありがとうございます」


 祝を包んでいた光が収まると、自由に身体が動かせるようになった。


「じゃあ、難しいお話はこれでおしまい! さあ、アタシの可愛いお姫様、この胸に飛び込んでいらっしゃーい!」


 両手を広げてニコニコ笑っている水の妖精王を見て、どうしていいかわからず父に視線を向ける。

 父は「無視してかまわない」とため息を吐いた。


 父と水の精霊王の言い合いが始まったので、祝はそっとその場を離れて楪がいる場所まで戻る。

 楪の顔色は悪かった。真っ青で立っているのもやっとといったところだ。


「大丈夫!? 座った方がいいんじゃない?」


 祝は滝の近くにある岩に座るように楪を連れていった。


「祝はあの祝福の光を浴びても苦しくないの?」

「え? にゅるんとして光に巻かれたときはちょっと気持ち悪かったけど、別に苦しくはないよ」


 楪は祝の返事に何か考え込むように、俯いてしまった。

 膝に置かれている小さな楪の手はぎゅっと閉じられていた。



 

 


 



 



いつも読んでくださってありがとうございます。

やっと水の精霊王が出せました。

明日も更新します。

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