「でも、晴香は優しいもんね」
「ごめんなさい、お待たせしちゃって!」
「いやー全然! 買い出し行かなきゃだったからちょうど良かったよ!」
由唯が合流したのは、私たちが一度帰宅してからおよそ三十分後のこと。その間にスーパーでお酒とおつまみを買い揃え、駅へと迎えに上がった。
「本当、何から何まで……。あ、せめて袋持つよ!」
「え〜? いいってそんなの」
「いや、人にお任せしてばっかでムズムズするから、私にもなにかさせて!」
「うーむ、律儀じゃのう……。よし分かった、じゃあ家主の晴香の荷物持ちに任命しよう! 場所の提供ありがとう代ということで!」
「確かに!」
美紀の適当な話術に乗っかって、由唯が私の袋を奪い取らんと手を伸ばしてきた。思わずギョッとして、大げさに身を引いてしまう。
「いやいいって! 私も、これくらい持つし」
「そ〜んな嫌がらなくても」
「なっ、別に、嫌がってるとかじゃないって。……ごめん」
ちょっと落ち込んだように声を出した由唯に、確かに今の避け方は悪かったかと思い直して素直に謝罪する。多少、いやだいぶぶっきらぼうな言い方にはなってしまったけれど。
しかし、そんな態度でも由唯は気にしなかったようで、コロッと機嫌をよくしたように笑顔で私の持つ袋の手提げ部分を片方奪い取った。
「じゃ、半分こしよっか! これなら晴香も遠慮しないでいいでしょ?」
「おお〜、陽向ちゃん天才!」
そうはならないだろ。
ツッコみたい衝動をグッと堪えて、なんと言ったらいいか言葉を探す。確かに、荷物を持たせるのは遠慮してしまうけれど、かといって二人で一つの袋を持つのは、それはそれで遠慮してしまう。
……なんといったって、近いのだ。
「恥ずいし、私が持つからいいって。それに、お客さんは働かなくていいから」
「お客さんって、あ」
言い募ってきそうな気配を察して、さっさと袋を奪い取った。話を聞いていた美紀が、不服そうに割って入ってくる。
「ねえ、その理屈でいくと私はー? 常連には優しくしてくれないのー?」
「美紀は今さら客でもないでしょ」
「ひどーい」
心のこもっていない非難を笑って流して、由唯との距離が少し取れたことにホッとする。いつ何を仕掛けてくるのか分からない以上、対処のための余白はあった方がいい。
なんて考えていたのも束の間、離れたら離れたで由唯は私の心を揺さぶってきた。
「じゃあ美紀ちゃんの分、やっぱり持つよ。半分こしよ?」
「ハッ……、可哀想な私を見かねて助けてくれるなんて、陽向ちゃん天使か……?」
「もう、そんなんじゃなくて、私がそうしたいだけだから」
「やっぱり天使、いや、もはや女神! 二人で仲良く持とうね……!」
茶番スイッチの入った美紀の大立ち回りをニコニコと微笑んで受け流しつつ、由唯は今度は美紀と二人で一つの袋を仲良く持って歩いている。
どうだっていいし、何か言う権利もないけれど、なんとなく、ちょっとだけ、気に入らない感じだ。ただ、それを決しておくびにも出さないよう、努めて二人を気にしないようにして帰路を急いだ。
***
「三人になると、やっぱちょっと狭いね」
「文句あるなら追い出すけど」
「そんなまさか、ございませんよ!」
軽くつついたものの、美紀の感想はその通りで、部屋の中央に鎮座する座卓を三人で囲んで座ると、それだけでこの部屋がいっぱいになったように感じる。
由唯はどう思っているのだろう。気になるけれど、ちらりと伺った表情はいつもと変わらぬ笑みだった。
「ま、ひとまず今日もお疲れ様でした! 乾杯!」
「かんぱーい!」
「……乾杯」
美紀の音頭でそれぞれのグラスをコツンと合わせて、中身をあおる。いつもの如く適当に選んだチューハイは甘いだけで、いつまで経っても酔いは経験できず、お酒の良さは分からないままだ。これならジュースの方がよっぽどコスパがいいとは思うけれど、ずっと雰囲気でアルコールを摂取している。
「お酒美味しい?」
「ああ、まあ……」
座卓の長手側に美紀と由唯が座り、私は短手側の所謂お誕生日席に腰を下ろしているから、L字のコーナーで私と由唯は隣同士。覗き込んで上目遣いで感想を聞いてくる由唯に、ドギマギしないよう目を逸らしつつ回答した。
「ホント不思議なんだけど、二人はどうやって仲良くなったの?」
「だから前言ったじゃん、経済学の般教受けに行ったとき知り合ったんだって」
由唯に変なことを言われる前に、"そういうことにしている"と暗に伝えるためにも慌てて美紀の疑問に答えた。食い違う証言をされてはたまらない。
「そうじゃなくてさ、それだけで仲良くなる人間じゃないでしょ晴香は」
「それはそうだけど……」
「聞いてよ陽向ちゃん。私なんてさ、大学入ってすぐの学籍番号順で座る授業でさ、まず近くの子と仲良くなろうと思って話しかけた晴香がもう塩対応でさぁ〜」
「そうなんだ?」
「……今も変わんないでしょ」
「まあ、こんな態度を最初から取られてさ、でもめげずに話しかけ続けて今があるってわけ」
よよよ、と泣き真似する美紀に呆れ混じりの目線を投げつけて、嘆息する。
「そんなやつ、仲良くしなきゃいいのに」
「自分で言う?」
「でも、晴香は優しいもんね」
由唯がフォローを入れた言葉に、美紀がそう! と食いついた。これは何の時間なんだ。謎に私が辱められている。
「態度は人を寄せつけないようにしてる癖に、なんだかんだ優しいから沼っちゃったよね」
「沼るて」
「いろんな人と遊び回る私からしたら、晴香と定期的に交流してるのはレアなことよ? ありがたく思えー?」
「そりゃどーも」
心にもない感謝を告げると、不満そうに美紀がブーイングしてくる。スルーしていると、今度は由唯が口を開いた。
「私たちは……、共通の話題っていうか、趣味? で話すようになったかな」
「あー、なるほど! だから!」
「何が?」
嘘ではない絶妙なラインを由唯が語ると、美紀がなにか合点がいったような反応を示した。私たちの実際の関係が見透かされたわけでもないだろうに、何をどう考えているのか、単純に気になって問いかける。
「だから晴香がドライって言ったとき、陽向ちゃん首傾げてたんだ。推しが絡むと感情豊かだもんね、晴香は」
うんうん、と頷く美紀。彼女が想像しているのは推しについて語る私なのだろうが、実際は由唯が目の当たりにするのは、推しと話す私だ。なんせ、本人なのだから。
「でも、そもそもだけど、まだ仲良くなったって言えないのかも。晴香は私のこと友達って言ってくれなかったし」
「あーあ、陽向ちゃん傷ついてるよ晴香のせいで。かわいそー」
「だからそれは……。根に持たないでよ」
だって、ファンはファンであって、友達にはなり得ない。……じゃあ、ファンをやめた今は? 今なら友達と言えるのか? その逡巡で、少し口ごもってしまった。
「てか今連絡先交換しなよ。それでいちいち私経由でコンタクト取らんでもいいでしょ」
「ちょっと美紀ちゃん」
「あ、ごめんごめん」
「?」
「ああ、晴香は気にしないで。こっちの話……。さあ、スマホを開きたまへ」
そう言って急かされるけれど、ここでも私は躊躇してしまう。ファンをやめたと言ったって、元々は追っかけだったことに変わりはないし、まだやめて間もない。それも自発的な行動というわけでもなく、未練だって断ち切れたとは言い難い。そんな人間が、由唯の個人情報を手にして良いものか。
だが渋る私に、由唯が穏やかな声で諭してきた。
「交換したからって連絡しなきゃいけないわけじゃないし、嫌なら無視してくれてもいいからさ」
「そんな、無視なんてしないよ」
「そ? ありがと」
「あ、ちょっ」
無視しないと言っただけで、交換するとはまだ言っていない。抵抗むなしく、ノロノロと出したスマホを奪われて、私たちは連絡先を交換した。もとい、させられたのだった。




