「なんていうか、同じだなって」
「さて、一仕事終えたし、私はちょいとお花摘み行かせてもらいますわ」
「なんで満足げ?」
「いってらっしゃ〜い」
私と由唯が連絡先を交換したことに何故か美紀が気を良くして、軽快な足どりでお手洗いへと立った。見送って、ポツリと由唯がこぼす。
「……そんなに嫌だった? 私と話すの」
「まさか、そういうわけじゃ」
「じゃあどういうわけなの?」
グイグイと私に問いかけてくる由唯に一瞬言葉を詰まらせるけれど、その勢いに観念して、美紀のいる扉の方をちらりと見やってから、声を落として囁いた。
「あくまで私たち元々はアイドルとファンなんだから。無理でしょ、普通に仲良く友達とか」
スタートラインがそういう状態から始まっている以上、いくら同級生とはいえ、今さら友人らしく振る舞うのは難しい。どちらが上だとか下だとかは言いたくないけれど、私たちには立場の差というものがあるのだ。少なくとも、私にとっては。
「……なんでそんな嬉しそうなの」
「ん〜? いや、なんだろな」
そんな私の考え方を聞いていた由唯は、次第に表情を明るくさせていて、正直困惑してしまう。今の話のどこがお気に召したのか、私にはさっぱり分からなかった。
「なんていうか、同じだなって。価値観? っていうか、考えが」
「それって、どういう──」
「ただいまぁ~。どう、盛り上がってる?」
言っている意味が掴みきれなくて、聞き返そうとしたタイミングで、美紀がお手洗いから舞い戻ってきた。よっこらせ、とババくさい声かけとともに腰を下ろす美紀へ、朗らかに由唯が答える。
「そりゃあもう、大盛り上がり」
「ええ、なんの話してたの?」
「美紀ちゃんにはナイショ」
「なにそれ、気になるじゃ~ん。ねえ晴香、何話してたの?」
早々に由唯から聞き出すことを諦めて、美紀は私の方に話を振ってきた。隠しごとが含まれている会話内容をだったから、ドキリとして動揺が表れた口振りになる。
「ゆ……、言うわけないでしょ。内緒だって言ってるのに。私からバラさないよ」
由唯が内緒にしているのに私が言うわけない、と言いかけて、なんとか誤魔化す。危ないところだった。
これから現場では会わないつもりである以上、もう芸名である由唯の名を呼ぶ場面はない。代わりに、これからも三人でつるむことになるなら本名で呼ぶべき場面の方が多くなってくるし、早急に呼び名の矯正が必要かもしれない。
「はっ、もしかして私の陰口……!? ヤダ〜」
「そんなわけないでしょ。この近距離、この短時間で」
「いや問題そこ?」
「ああ、安心して。そうじゃなくても、直接言うから。悪いとこは」
「そうじゃなくてさぁ~」
美紀からのブーイングを受け流しつつ、手元のお酒を流し込んでいると、由唯──もとい、陽向がクスクスと笑っていた。私たちが視線を向けると、手を振って釈明し出した。
「違うの、ごめんね? 二人って、本当に仲良くて面白いよね」
「ちょっと〜、別に漫才披露してたわけじゃないよ?」
「ふふっ。でも羨ましいかも、そんな軽口を叩ける間柄とか」
「いやめっちゃ晴香刺してくるから、痛いところ。遠慮なしにグサグサ」
「でも、言っても関係が壊れない信頼があるってことでしょ?」
「なるほどね。いや、うん、私は晴香の言動を寛容に許すことで甘やかしてんだよね実は」
ものは言いようだ。流暢に語り出す美紀を呆れた目で眺めた。実際は、別に最悪壊れても仕方ないくらいの心持ちで自分の気持ちに素直に話しているだけなのに。勝手に都合よく解釈してくれるのはありがたい限りだ。
「まあ実際、ダメならちゃんと叱ってくるから裏考えなくていいのは助かる」
「それに、正直に嫌なら言ってくれるのも向き合ってくれてる感があって、誠実っていうかさ」
「なんなの、やめてよこの流れ」
自分の話が続くのが気持ち悪くて、さっさと切り上げて次の話題を振りたかった。けれど、そうは問屋が卸さない。
「で、そんな晴香のお悩み相談したいんだけどさ」
「えっなに? 晴香なにか悩んでるの?」
「ちょっと、美紀!」
もとより相談するという話だったし、その場に由唯を、陽向を呼んでいいかという確認はあったから、美紀は何も悪くはない。だが、私は勝手に話を進められて悩みを暴露されるのは、と焦って声を張り上げてしまった。美紀が一瞬目を丸くして、すぐにシュンとした様子になる。
「ごめん、ダメだった?」
「いや、うん……。ごめん、私こそ。ちょっと強く言っちゃって」
「ううん、確かに今のは私が良くなかったわ。勝手に言っちゃマズイよね。本当ごめん」
美紀のこういう素直なところが多くの人と交流を持てる要因なんだろうな、と感嘆する。同時に、自分にも非がある以上、とてつもなく申し訳ないと感じて、自分から口火を切った。
置いてけぼりのようで、その実美紀よりも事情を知っている陽向へと、説明するポーズをとる。
「……実はさ、もう推し活やめようと思ってて。それで暇になるから、新しい趣味とか何かないかっていう話。大したことじゃないのに大げさになっちゃった、ごめんね」
大したことじゃないなんて、よくもまあスルスルと言えたものだ。しっかり考えもしないで口に出してから、そんなのは大嘘だと自覚する。
推し本人を前にして、応援するのをやめると宣言したことで、それが自分の中での勝手な決意から、公然の事実へと変貌したような。もう本当に終わりなのだと改めて認識して、自身で決めたことなのに傷ついている。全くもって、意味が分からない。我ながら大馬鹿者だ。
「そんな、私に謝ることなんてないよ。ない、けど……」
「別にどうせ暇ならそんなきっぱりやめることないのにね。他にやりたいことあってフェードアウトとかじゃないんでしょ?」
「でもほら、ダラダラ続けるにしちゃ、お金もかかるしさ」
己の中で確固たる理由がないから、先ほどからコロコロと美紀への証言が変わっていて、怪しさ満点だ。
ただ、美紀よりも今は由唯の反応が気がかりだった。望み通りにファンが一人いなくなって、果たして喜んでいるのか。その表情は読み取れない。チラチラと窺っていると、目が合って、ゆっくりとその口が開かれる。
「……嫌いになった?」
「なっ……、まさか。違うよ」
「じゃあ未練はある?」
「それは、でも、自分で決めたことだし」
「ってことはあるんだ」
言われてやめるにしても、決めたのは自分の意思で決めたわけだから、未練がましいのはダサい。そう思って隠そうとしたのに、結局見透かされてしまう。
「まだ好きで未練あるなら続けりゃいいのに」
「もう、いいじゃん。私の勝手でしょ、推すもやめるも。私の人生なんだし」
呆れたように美紀が言うけれど、こっちはそれなりの覚悟で言っているのだから、簡単に否定しないでもらいたい。内心ムッとしながらも、当初の相談に戻る。
「で、これから何しようかって話」
「それ聞かれてから考えてるんだけどさ、難しいんだよな〜。晴香基本的に何も興味持ってくれないじゃん」
「ごめんって」
今までに色々と誘われては断ってきたことを思い返しているのだろう。そのときとは状況が変わったから、と言いつつも、根本的に提案される娯楽に興味を持てないのは変わりない。
ああでもないこうでもないと言いながら、酔って管を巻き始めた美紀を諌めて、時間が過ぎていく。黙ってその様子を眺めている由唯が、何を考えているのか。ついぞ読み取れないままに、この日はお開きになったのだった。




