「……ほんっと、ズルいです」
「おっ、sunnyさん! 体調良くなったんですね〜、良かった!」
「あ、ありがとうございます。……すいませんご心配おかけしたみたいで」
「いやいや、むしろ余計なお世話かなって思ったんだけど。勝手に心配になっちゃって!」
わだかまりが残りつつも、重い足を引きずり久々に参戦した現場で、なじみのオタクに声をかけられた。お互いにライブに来る頻度が高いと、お互いにあの人今日もいるなと顔を覚えてしまう。何人かそういう人はいるけれど、いずれとも関わる気がなかった私としては、グイグイ話しかけてくるこの人は少し苦手だった。別に横のつながりを求めて現場に来ているわけでない。推しを見に来ているのに。
ただ、いくらInDependentがカッコいい路線をとっていて女性ファンが増え始めたからといって、全体的にはやはり男性ファンの方が多いから、同年代の同性で同じくらいの熱量を持つ人と仲良くしておきたいと思うのは自然なのかもしれない。
「ところで、新曲! 聴きました!?」
「ああ、はい、聴きました。すごく良かったですね」
「そ〜ですよね! しかも作詞したの由唯ちゃんってなってて、え〜! ってなりましたよ! sunnyさんの推し、流石ですね!」
「ありがとうございます……って、私が言うのも変ですけど」
「いやいや、推しの活躍は鼻が高いでしょ、やっぱり。……それにしても、あんな歌詞書いてるし、歌もダンスもキレキレなのに、MCになるとほわほわしてて可愛いの、あれもズルいですよね~。ギャップ萌え!」
「そうですね。……ほんっと、ズルいです」
エンジン全開で喋り倒すオタクに適当に相槌を打ちながら、最後の一言には心の底から同意した。本当に、由唯はズルい人だ。最近のアレコレを思い返しながら、深く頷く。
「ま、ウチの子もなかなかズルいですけどね。あのあどけない顔でとんでもないイケ散らかしたボイスで歌うんですから。惚れちゃいますよね」
「ですね〜」
この人はグイグイ来るけど、他を下げることなく、むしろ上げつつもその中で我が推しが一番だという論調で話すから、まあ良い人ではあるのだろう。だから、わざわざ邪険に扱うこともないと、適度な距離感で接し続けている。
「じゃ、自分は今日下手から見ようと思うんで! sunnyさんもご武運を!」
「ははは、ありがとうございます。楽しんで〜」
どうも彼女はライブは戦場だと豪語するほど、全力全身で盛り上がるタイプらしい。コールやペンライトを振る楽しさは確かにあるけれど、それに気を取られて推しに集中するのが難しいから、両立できる人は素直にすごいなと思う。
嫌がる人もそれなりにいるけれど、個人的にはSNS上でも現実でも、推しの供給に狂っているオタクを観賞するのは面白くて好きだ。他人に興味はないと言えど、目に入るものは不幸な姿よりは幸せそうな姿がいい。知り合いや近しい人物なら、なおさら。
「「「おおぉっ!?」」」
照明が落とされ、会場が暗くなると、期待のこもった歓声が上がる。
私のお目当てであるところのInDependentは、この次にパフォーマンスだ。最前よりも少し後ろで入れ替わりを待ちつつ、なんだかんだ共演が多いおかげで曲を覚えてしまったグループのステージングを眺めた。
***
ライブ終わりの特典会。決心がつかないまま、進んではまた人が並ぶ列をまじまじと見つめる。こんなに緊張するのは久々だ。このグループになってからの初ライブのときのことを思い出す。
あの日の由唯は、順番に対応していた人を見送り、次に並ぶ私を見るや否や、ぱぁっと明るい表情を浮かべて、手を振ってくれた。そして、二度目ましてとは思えないくらい、まるで数年来の旧友かのように私を手厚く出迎えてくれたのだ。
「あっ! 待ってたよ〜、久しぶり!」
「こ、こんばんは……」
本当に、勘違いではなく、私のことを覚えてくれていたんだ、とその一言で確信を得て、改めて舌を巻く。
「ね、ちゃんとレスしたんだけど、受け取ってくれた?」
「っはい、それはもちろん。……あの、ビックリしました。あれから結構経つし、話したの、その一回きりだったのに」
「そりゃあ、こんな可愛い女の子、しかも一目惚れって言ってもらえてさ。忘れられないよ、嬉しすぎたもん」
そんなに喜んでもらえるなんて、女に生まれて良かった。珍しくそう思ってしまう。
「でも、それからなかなか会えなくて、寂しかったよ」
「す、すいません……」
「ううん、許さない」
「えっ」
「だから、今度はいっぱい会いに来てね」
由唯は、そう言って微笑みかけてきた。許さないなんて言われてドキリとしたのに、また別の意味で心臓が跳ねた。
「もちろん、無理にとは言わないけど。ゆいは会いたいから、同じ気持ちなら──」
「来ます! 絶対、すぐ!」
私が突然大きな声で遮って宣言したことに、由唯が一瞬目を丸くするけれど、すぐさまその表情は緩んだ。
「そう?」
「はい。あの、私も会いたいので。……大好きだし」
「んふふ~、嬉しいなぁ。あ、それもお願いしちゃおっかな。また来て、また言って欲しいな。好きだ、って」
「う。が、頑張ります」
「照れてる。可愛い」
「勘弁してください……」
正直、かなり恥ずかしい。今だって、かなり勇気を出して言ったことだ。でも、またいつ会えなくなるか分からない以上、伝えたいことは伝えられるうちに、という気持ちが強くあった。
──なにより、この愛情は拒否されることはない。
「じゃあ、また来ます」
そろそろ時間だ。そう思って自分から離れようとしたとき、手を振りながら由唯が口を開いた。
「今日はありがと! 次、待ってるからね! ゆいも大好きだよ〜!」
怒涛のたたみかけにまんまとときめかされながら、手を振り返してその場をあとにする。
分かっている。これはビジネスであって、本当に好意を持たれているわけではない。仮にあるとしても精々、返報性としてくらいだ。そしてそれは何も特別なものではなく、みんなに平等に振り巻かれるもの。私はそのみんなの一員に過ぎない。舞い上がる心をとにかく落ち着かせるように理性を働かせる。
でも、その立場をちゃんと弁えたうえでなら。一線を越えるようなマネさえしなければ。……ここでは、愛情表現を許される。むしろ歓迎される舞台なのだ。
他のオタクに対応する由唯を、遠目で見つめる。同じくらいの歳の女の子に、いや、下手をすれば年下の可能性もある女の子に対して、自分は何をぶつけようとしているのか。思わず顔がゆがみかける。
けれど、先ほど与えられた免罪符にすがって、相手から求められているんだから、いいんだよ、と己を説き伏せた。
そんな数年前のことを思い返しながら、覚悟を決めて列の最後尾に並ぶ。
今もあのときと同じ。もらった免罪符を引っさげて、相手に望まれたのだからと言い訳して行動している。本心なんて考えたところで分からないのだから、言われたことを額面通りに捉えた。これが嫌なら、正直に言わない向こうが悪い、と責任をなすりつけさせていただく。
全く、ズルいのはどっちだろうかと自嘲しながら待機しているうちに、順番が回ってくる。
いつもの完璧な笑顔で、彼女は待ち構えていた。




