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推しに他界を願われた話  作者: 良々城田 佳
他界のすゝめ

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5/10

「待ってるから」

「どうも〜。すいませんお邪魔します〜」

「美紀」

「ありがとね、荷物。で、こちらはお友達?」


 先ほどの疑念が晴れていないのか、警戒心を孕んだ様子で、けれども険悪にならないように、美紀が間に入ってきた。


「や、友達っていうか」

「そう、友達です! はじめまして!」

「いやどっち?」


 自分たちが友達だなんて、そんな大それた関係ではないと慌てて否定しようとしたら、被せ気味で由唯が友人宣言をかましてきた。思わずギョッとした目で由唯を見やる。楽しそうに笑う由唯に、目を白黒させる私、そして眉間にしわを寄せる美紀と、なかなか謎のシチュエーションだ。


「っていうか、なーんか見たことある顔だなぁ」

「そ、それは気のせいじゃない? 学部も違うし、そんな接点ないでしょ」

「学部が違くても接点はいくらでもあるでしょ。んんー、どこだろなぁ?」


 先日の一件のとき、大講義室で行われていた授業は経済学部のものだった。私たちは文学部だし、そもそも同じ学部なら流石に気づくだろう。だから由唯が何学部かなんて知らないけれど、適当に誤魔化しておいた。……全く誤魔化しきれてはいないが。

 しかして、正答はすぐに開示される。


「あ、私経済学部3年の岡城陽向(おかしろひなた)です。よろしく」

「え」

「え?」

「あ、いや、なんでも」


 横にいる美紀より先に私が間抜けな声を出して、隣から疑問符が飛んだ。それはそうだ。友達かはともかく、少なくとも知り合いの雰囲気を出しておいて、名前を知らないなんてことあるはずもない。

 でも、思っていたのと違う固有名詞が出てきて、驚いてしまったのだ。何故ここでわざわざ偽名を? いや、大学で名乗るのは本名だろうし、むしろ普通に考えて美城由唯が偽名、というか芸名か。なんて思考が頭を巡る。


「逆に、すいません。晴香のお友達、ですか?」

「……はいまあ、文学部の谷端美紀です」


 自己紹介をし合って、妙な間があいた。その沈黙を破ったのは美紀で、探りを入れるように私に話を振ってきた。


「でも意外。晴香、私以外に話す人いたんだ」

「何そのナチュラル失礼な感想。否定はできないけど」


 実際、美紀以外に特別話す相手はいない。同じ学部の人たちはグループワークで話すこともあったし、今は同じゼミの人たちとも喋る機会は多いけれど、必要最低限と言っていい。そもそも私は他人に興味がない上に、交友関係が広くても面倒だと考えてしまう人間だ。

 そんな私とは対照的に、美紀はだだっ広い交友関係を誇っているから、一緒にいる時間もそれほど多いわけではない。そういうわけで、私は基本ソロ行動。美紀のご指摘はその通りで、反論する余地もない。

 強いて言えば、由唯のことも広い人脈のどこかで知った顔だと思っているのだろう。それが真実かどうかはともかく、見覚えがあるのは恐らく私が推しとして写真を見せて紹介したからだ。


「でも本当に不思議かも、あの晴香がねぇ……」

「晴香って、そんなドライなの?」

「まあ、いや、まあまあ……」


 特典会で会う度に、「推しは推せるときに推せ」の金言のもと、熱烈に愛情表現していた私と、美紀の言うドライな私とで、印象が一致していないのであろう。どちらの自分も嘘ではないし、ただペルソナが違うだけではあるけれど、由唯にその両側面を知られるのは気まずくて、返事を濁してしまう。

 けれど、由唯の問いかけに美紀の方が食いついた。


「えっ、むしろ岡城さんの中の晴香のイメージはどうなって?」

「あ、陽向でいいよ〜」

「そう? じゃあ、陽向ちゃん。私のことも美紀で」


 すごいスピード感で関係が構築されていくのを目の当たりにしながら、そのまま私の話が流れていくのを祈ったけれど、そうは問屋が卸さない。


「それで、陽向ちゃんの晴香イメージってどんな?」

「そうだなぁ、晴香は結構──」

「それより! そろそろ時間じゃない!?」


 由唯から暴露される私のイメージなんて、キモオタそのものでしかないはず。流石に黙って聞いていられなくて、慌てて話に割り込んだ。ちらっと腕時計を見た由唯が、残念そうに言う。


「そっか、もうそんな時間か。もうちょっと話したかったけど」

「陽向ちゃんは? この後なんか入ってるの?」

「私は……。バイト行かなきゃだね」


 それは本当にアルバイトなのか、はたまたアイドル活動なのか。今日はライブの予定はなかったはずだから、あるとすればレッスンだけれど。そこまで考えて、そんなことを知ってどうするんだと頭を振った。詮索はよくない。自分に言い聞かせる。


「そっかー。じゃあとりあえず、せっかくだから連絡先交換しよ」

「いいね! しよしよ」

「!?」


 私だって知らないのに!? いや、ただのファンだからむしろ知ってる方がおかしいというか、知るべきではないというか。ファンとアイドルがつながるなんてご法度だし。羨ましいとか思うは思うけれど、別に本当に自分も欲しいわけじゃないし。そんな、ズルいとかないから!


「よし、ありがと〜。じゃ、行こっか」

「え、うん……」

「じゃあね、陽向ちゃん。また今度!」

「ま、またね〜」


 私が一人で脳内で悶えていると、交換をさっさと終えた美紀が私の気なんて知らずに授業を受けに向かおうとする。いや、言い出しっぺは私だけども。

 手を振って、トボトボと歩き出したそのとき、肩に手が置かれ、一瞬引き止められる。驚いて振り向く間もなく、耳元でそっと一言囁かれた。


「待ってるから」


 腰が砕けそうになるのをよく堪えた、と自分で自分を褒めたい。触れられた肩と、息がかかった耳から、じわじわと身体が熱を持って行くのを感じる。

 どこで、なんて聞き返さない。由唯が待ち構えて、私が主体的に会いに行ける場所なんて現状ただ一つだ。


「ちょっと晴香ー? 急がないと!」

「ご、ごめん! 今行く!」


 少し先に歩いていた美紀が、私がついてきていないのに気がついて声をかけてきた。慌てて後を追う。


「いってらっしゃい」


 最後に私が振り向いて、目が合った由唯は、にこやかにそう言って手を振っていた。


***


「なんかさー」

「ん?」


 講義が始まる前になんとか席を確保して一息ついていると、美紀が難しい顔をしている。


「あんだけ顔がいいとさ、なんか分かんないけどちょっと警戒心芽生えちゃうじゃん」

「ああ、なんか分かるよ。怖いっていうかなんていうか、あるよね」


 美人なら気が強そうだったり、可愛い子なら性が悪そうだったり。なぜだか容姿が整っている人に対する偏見として、そういうのがあるのは僻みなんだろうか。


「だから晴香が変だったの、あの子になんかされてるんじゃないかって勝手に思っちゃったんだけどさ」


 当たらずとも遠からず、ギクリとするけれど、気づかず美紀は続けた。


「なんかむしろ……。いや、うーん、なんて言ったらいいんだろなー」

「なになに、気になるぼかし方して。言いなよ」

「あー、じゃあ、もしかして、ちょっと変なこと聞くけどさ。……二人、付き合ってたりする?」

「は!?」


 思いもよらないことを聞かれて目を剥くけれど、美紀はだって! と理由をあげつらう。


「なんかずっとソワソワ変な空気出すしさ、そんで最後ちょっとコソコソ話した後、顔赤くして来るし! そう思ったら、最初の友達? って質問に答え分かれたのも意味深に思えてきてさあ!」

「いや違う! 考えすぎだから!」

「じゃあ一体何!?」

「それは……っ」


 ──そんなの、こっちが聞きたいくらいだ。


「……前に般教で経済学部の受けに行って、そのときちょっと話したくらいで、私からは友達って言いづらかっただけ。知り合いくらいかなって、向こうは友達だと思ってくれてたみたいだけど」

「ふーん?」


 最近、こんな下らない嘘ばかりついている気がする。でも、勝手に"美城由唯"のことを話せないし、話したくもない。だから仕方ないんだと無理矢理自分を納得させる。


「すいません、遅れました。じゃあ、早速ですが始めます」


 未だ納得できない様子の美紀だったけれど、教授がやって来たことで強制的に会話が打ち切られた。

 ただ、美紀の問いかけが、私の中でも膨らんでいく。


 私と由唯の関係。私の望みとは裏腹に、アイドルとファンという枠組みからは、もう少しずつズレていっている。一体この関係は、どこに着地するのか。

 由唯が私を友達だと言う姿と、美紀の付き合ってるのかという言葉が浮かんで、どちらも自惚れすぎだと脳内からかき消す。ただ、変なことを吹き込まれて、つられて変なことを考えてしまっただけ。


 たまたま同級生だったから、一般的なものとは少しズレてしまったという話で、アイドルとそのファンであるということに変わりはない。

 言い聞かせて、とにかく教授の話に耳を傾けた。

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