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推しに他界を願われた話  作者: 良々城田 佳
他界のすゝめ

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4/10

「ダメだよ晴香。敬語はなしって言ったよね?」

『sunnyさん、最近現場来てないみたいですけどどうかしました?』


 留学から帰ってすぐさまライブに参戦し、あれだけ久々に推しと会えたことにはしゃぎ倒していた女が急に音沙汰なしになるのは不審だったのか、SNSでオタク仲間が心配の声をかけてきていた。少し迷って、誤魔化す返信をする。


『ちょっと時差ボケでダウンしてまして……。帰ってすぐはしゃぎ過ぎちゃいました!』


 嘘をつくことに罪悪感を覚えるけれど、本当のことなんて言えるはずもなく。由唯のネガティブキャンペーンになりかねない話なんてしたくもないし、そもそもこんな荒唐無稽の話、したところで逆に嘘をつくなと私の方が炎上することになるだろう。スマホをベッドに放り投げて、その上に転がった。


 人生の夏休みと言われる大学生活。実際のところはやることが多いけれど、それでも考える時間というのは豊富にあって、私は隙あらば由唯の言葉を反芻して深堀り続けていた。


『ねえ。私のファン、やめてくれないかな?』


 ファンをやめて欲しいだなんて、おおよそアイドルの口から発せられる言葉ではない。だって、ファンがいて初めてアイドルという職業が成り立つわけで。下世話な話、熱狂的ファンがお金を落としまくることが収入源になっている業界の構造だから、そのファンに対して、やめて欲しいと請うのは、よっぽどのことだ。

 そりゃあ、所詮学生身分の私が由唯のために生み出せているものなんて、大したことはないけれど、別に少なくてもあって困るものではないはずだ。だからこそ、やっぱりそんなちっぽけな貢献以上に不利益となることを自分がしでかしてしまったのではないかと勘ぐってしまう。


『現場にも来て欲しいし、ちゃんと顔見せて』


 そうは言ってくれたけれど、自分の存在が由唯を不快にさせている疑いがあるのに、のうのうと現場に向かう気にはなれなかった。まあ結果的に、生活に張りがなくなって、怠惰な暮らしをしているから、時差ボケではないにしろ、ダウンしていると言ったのはギリギリ嘘ではないかもしれない。一人暮らしで誰もいない空間なのを良いことに、大きくため息をついた。


***


 一個人がどんな感傷に浸っていようが、当然に世界はいつも通りに回る。講義のためにやって来た大学キャンパスで、周囲に警戒しながら移動する。

 今までこちらは捕捉していなかったけれど、相手はいつからかずっとこちらの存在を認知していたのだ。どこでばったり出くわしてしまうか、全く分からず気を抜けない日々。


「晴香?」

「っ! ……ああ、美紀」

「なに、そんなコソコソして。なんかあった?」

「いや別に……」


 明らかに声をかけられてビクついた上に、私が歯切れ悪く否定するものだから、明らかに訝しげにして美紀が続ける。


「もしかして誰かに嫌がらせとかされてる? 最近昼とか空きコマでもいちいち家帰ったりしてるでしょ」

「違う違う。そんなんじゃないから、大丈夫」

「本当? ならいいけど」


 まだ怪しんでいる様子だけれど、美紀はそれ以上深くは突っ込んで来なかった。私がとかく自分のことを話さない、特に困ってるなんてことは意地でも言わない人間だから、怪しみもするけれど聞いても無駄だということも悟っているのだろう。こういうところが付き合いやすくて助かる。


「っていうか、普通コソコソしてる人間は何かされてるというよりしてる方で疑うんじゃない?」

「え、晴香、そうなの? なんかしでかした?」

「いやしてないけどさ」

「だよね。そこは信頼してるから。異常に倫理観っていうか道徳心? なんかそういうの強めだし。晴香は」

「え。それこそ、そうなの? って感じなんだけど」

「そうだよ〜。それがいいとこでもあり、ってやつだけどね」


 濁してはくれたけれど、その続きは悪いところでもあるってことだろう。そりゃあ私も、ガミガミ風紀委員は疎まれることも往々にしてあると理解しているから、苦笑いするしかない。


「思ってても、言わないことのが多いけどなぁ。バレてる?」

「醸し出されてるよ〜、ちょっとピリッとした空気が〜」

「うわマジかー」


 おどけながら美紀が言うのにつられて、私も大げさに頭を抱えながら、二人で笑う。


「あ、ちょいトイレ。先行ってて?」

「りょーかい。荷物預かる?」

「あー助かる」


 講義室すぐのトイレは混みがちだから、道すがらの比較的空いているところで用を足しに行くのが賢いらしい。どや顔で美紀が言っていたけれど、正直そんな大したライフハックか? と思わなくもない。

 ライブ会場でも、男性ファンばかりだった頃は女子トイレはスカスカで楽だったけれど、最近は女性ファンも増えて混むようになったよなぁ、なんて考えながら、預かったリュックを右肩に背負い直して、歩き出した。そのときだ。


「はーるか」


 目の前に人が立ちはだかって、驚いて視線を相手の顔にやると、会いたくて会いたくない相手がそこにいた。──そう、由唯だ。


「な、なんで」

「ほら、最近なかなか会いに来てくれてなかったでしょ? 元気かな〜って心配でさ。そこに今たまたま見かけたから、声かけちゃった」


 そう言ってはにかむ由唯に、誰のせいで会いに行けてないと思ってんだだとか、ファンやめろって言うなら声かけるのはやめなさいだとか、色々言いたいことはあるけれど、やはり推しに会えたことに、声を聞けたことに、話しかけられたことに、嬉しくて舞い上がる気持ちが抑えきれない。

 しかし、それを努めて表情に出さず、クールぶって返事をする。


「ご心配かけたのは、すいません。でもその」

「あ、ダメだよ晴香。敬語はなしって言ったよね?」

「ぅぐ……」


 言葉を遮られて、ニッコリと、しかし有無を言わさぬ強さの込められた注意が飛んできた。思わず喉が鳴る。しかし、めげずに続ける。


「心配かけたのは、ごめんけどさ。ファンやめろって、やっぱり自分がなんか、悪いことしたんじゃないかって」

「そんなことないのに。言ったよね? むしろ応援嬉しいって」

「それはそうだけど。でも」


 そんなのは、本心でどう思っていようが、そう言うに決まっている。そんなことを考えながら、最初から相手の発言を疑ってかかっている自分に嫌気が差した。言葉を詰まらせていると、私と由唯の間に割って入ってくる人影があった。

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