「次来てくれたときは、すぐに見つけてレス送るからね〜!」
今や崇拝にも近しい感情を抱いている推し、美城由唯に初めて出会って一目惚れしたのは、大学一年生の春のこと。幼い頃から人よりも少しアイドルというものが好きだった私は、大学進学を機に上京し、行動範囲にある各所で高頻度に行われているライブに驚きつつ、好奇心で一つも知らないライブハウスに足を運んだ。
不安と緊張、そして楽しみでワクワクした気持ちを抱えて開演を待っていた私の目にいきなり飛び込んできたのは、私にとって理想的な、いや完璧と言っていいアイドルだった。惹き込まれる歌声に、指先までしっかりとコントロールされたダンス、そして可愛いとも美しいとも言えるけれども、そのどちらの表現をもってしても形容し足りない容姿。歌い踊る中で管理された表情からは余裕すら見てとれて、それが凛々しさに感じてカッコよくもある。
当時の彼女は今と別のグループで活動しており、立ち位置はセンターでもエースというわけでもなかった。ただ、私の目には一際輝いて見えて、釘付けになった。一目惚れと言っていい。
「ありがとうございましたー!」
持ち時間を終えて去って行くのを呆然と見送る。そのとき、ふと振り返った彼女とバチリと目が合った気がして、心臓が大きく跳ねた。思い過ごしだろうと思いつつも、心臓は早鐘を打つ。
その後も様々なグループがステージに上がりパフォーマンスを披露していったけれど、最初の衝撃に打ちのめされている間に過ぎ去ってしまった感覚だ。そのうちに、ぞろぞろと前方で盛り上がっていた人々が動き出した。何か目的があるのだろう、明確な意思を持って移動していく。なんとなく向かう先へ目線をやると、いくつもの列が形成されていた。
「ご新規さんはチェキ初回無料ですよ〜!」
呼び込む声を聞いて、なるほど、と合点がいく。噂には聞いたことがある、特典会というやつだ。理解すると同時に、自分はどうしようか逡巡する。
これは沼への入り口だ。ひとたび足を踏み入れてしまえば、引き返すのは難しい。自分はまだ学生で、親の仕送りで生活している身分。アルバイトはするつもりではあるけれど、そうして得たお金をここに注ぎ込んでよいものか。
理性はそんなことを言い募るけれど、最後に合った視線がすっかり私の脳を焼いていた。気づけば、並ぶ列の一部となって、そのときを待っている。
「はじめまして!」
ついに順番が来て、間近でその笑顔を直視すると、もうダメだった。完全に落ちてしまう。
「は、はじめまして……」
チェキを撮って、サインをもらう間少しばかりのお話タイムが設けられた。もじもじしているうちに、向こうから話しかけられる。
「お名前、うかがっても?」
「え、っと。……は、晴香です」
「はるかちゃんね! 今日は来てくれてありがとう!」
「いや、そんな、こちらこそ……。ありがとうございます」
「アイドル、好きなの?」
「は、はい。昔から……」
そこまでコミュ障ではないと自認していたけれど、おっかなびっくり挨拶を返して、自分からは何も話しかけられずに相手からの話題に応答するばかりで時間が過ぎていく。初めてだから、仕方ないし助かる面もあるのだが。そうして、無難な話で終わるかと思われたとき、爆弾が放り込まれた。
「ウチには女の子が来てくれるの珍しいからさ、しかも可愛くて……。ステージ上からはるかちゃんめちゃくちゃチラチラ見ちゃった」
「えっ」
「最後も目が合ってドキドキしたよ、もしかしたら両想いなのかなって。そしたら今こうして来てくれてさ──」
言いながら手を取られ、そっと握られる。知らぬ間に呼吸は止まり、全神経がそこに集中していた。
「本当に嬉しい。よかったら、また会いに来てね」
とびきりの笑顔を向けられて、自分の都合のいい勘違いだと思っていたことも肯定されて、こちらの方がドキドキが止まらない。最後にとにかく今日の感動を伝えたいと思って、声を絞り出す。
「も、もちろんです! 本当に、私も一目惚れで……。絶対、また来ます!」
「本当? じゃあ、次来てくれたときは、すぐに見つけてレス送るからね〜!」
次の約束を一方的に告げて去ろうとしたのに、時間切れの合図がある中で約束を返される。見送られながら、思わず感嘆が漏れてしまった。
「やば……」
こんなの食らってしまったら、好きになってしまうのも仕方がない。相手は多くの人から好かれるプロなのだから、自分がチョロいわけではなくて。
などと一人で言い訳をしながら、ちらっと物販を盗み見る。チェキ一枚千円。進学したてのただの学生の身分にはおいそれと出せない大金だ。
「バイト、探さないとな……」
財布の中身と貯金に思いを馳せることでなんとか冷静になって、推し活を始めるにはまず生活基盤を整えてからだと拳を握った。
しかし、世界は自分を中心に回っているわけではない。
「え……」
ようやく一人での暮らしや大学生活に慣れてきた頃。アルバイト先も見つけて、さあこれからだという矢先に、由唯が所属するグループからの卒業を発表した。
推しは推せるときに推せ、とはよく言うけれど、こんなにもその金言を実感することになるとは。多少無理をしてでも一度は行っておけばよかった。卒業までの公演日程を見て、ことごとく参加できないことに当時は絶望に打ちひしがれたものだ。……いや、実際は都合をつけることもできたはずだけれど、失うと分かっているのにこれ以上入れ込むべきではないと自分で抑制していたのもあった。
とは言っても、由唯は数ヶ月後に次のグループが決まって、私は後悔した経験を基に現場へ足繁く通うようになる。それが今現在も活動している、『InDependent』だ。
公開されたアーティスト写真を見る限り、カワイイ系だった前グループとは対照的に、新しいグループでは由唯はかなりカッコよく決めていた。ライブに足を運べないでいた期間もSNSで動向をチェックして、カワイイ系のコンセプトに沿った活動をしている由唯を眺めては、それもいいけどカッコいい系が合ってるように感じていた……というか単純に見たかった私としては、新グループでのアーティスト写真で凛々しく決めている由唯にときめかざるを得なかった。今度こそ目一杯応援するぞ、という気持ちと、今度は始まりから応援できる嬉しさで勢い込んで初ライブに向かう。
前に所属していたグループは、界隈ではそこそこの知名度があり、由唯もそれなりに固定のファンがいた。同じように他のメンバーの以前からのファンと思しき人もかなり見受けられて、会場の前方はなかなか賑わっている。その中で、どうにか良い位置を確保して開演を待った。そして、暗転によってにわかに会場がざわつく。
オーバーチュアが流れる中、ステージ上を歩く影。否応なく期待感が高まって、心臓が大きく跳ねる。パッと照明が点いて、久々に目の当たりにしたステージ上に立つ由唯は、相変わらず、いや一層私の目に輝いて見えた。曲が始まっても釘付けになっていると、バチリと目が合った。……気がした。
そのときはよくある勘違いだと思っていたけれど、すぐさまそれは否定される。フォーメーションが変わっていく中、私の方に近づいてきたタイミングで不敵な笑みと共にウインクが贈られた。脳内にいつかの記憶が蘇る。
『次来てくれたときは、すぐに見つけてレス送るからね〜!』
たった一度、新規でお金も落とすことなく、しばらく姿を見せなかった人間との約束を覚えていて、グループが変わってもなお、それを守ってくれたのか。感動で心が震えた。
あの日から、私はすっかり由唯の沼にハマってしまって、一生応援することを決めたのだった。




