「そういうとこ、好きだけど」
「あ、あそこ……。いっつも図書館下の学食だけどさ〜、坂上のあそこもたまには行ってみたいよね」
「じゃあ、行く? 今度」
「いいの? やった、行こ行こ」
デート、だなんて大げさに言うから驚いて身構えてしまったけれど、普通に女性同士なら友達として遊びに行くのにもその表現をするわけで。
更に言えば、彼女が同性に対して、ましてや私に対してそういう意味で好意を抱いているなんてものは、ぶっ飛んだ妄想だ。つい、自分がそうだからすぐに対女性において意識してしまうけれど、本当に良くない。
結局、彼女がしたかったことは、言ってしまえばただのお散歩だった。話の流れ的に、考えてみれば予想はできたかもしれない。
それに、恐らく彼女の立場的な問題だろう、誘われたとき、申し訳なさそうに近場でしかフラフラできないけれど、と告げられた。そりゃあそうだ。間違っても、現役アイドルで意識の高い彼女が、人目につくようなところでデートなんてするわけがない。いやまあ、デートというか、ただのお散歩ですけれども。──とにかく、万が一にも言い逃れのきかないシチュエーションに身を投じるわけがなかった。
「あっ晴香、こっち」
「え? ……っ」
「あっ、ぶな。大丈夫? ってか、ごめん。強く引っ張っちゃって。口より先に手が出ちゃうんだよね、咄嗟に」
「いや、全然大丈夫。……ごめん、むしろありがとう」
ぼんやり考えながら陽向に合わせて歩いていて、全く後ろからの自転車に気がつかなかった。周囲を見渡すと、いつの間にか景色は学内から街中へと変わっている。どうやら轢かれかけていたようで、抱き寄せられたというか、陽向に強く腕を引っ張られて、今は腰を抱かれている状態だ。
先程とは違う理由でぼんやりしてしまいそうな。その瞬間にももちろん胸が高鳴ったけれど、冷静に今の状況を俯瞰してみても、余計にドキドキが止まらない。
「チャリ漕ぎながらスマホ見るの、本当に意味分かんない。フラフラ運転してさ、勝手に自損事故しとけばいいけど、他人は巻き込まないで欲しいよね」
陽向は走り去った自転車に対しての怒りを表しているけれど、こちらはそれどころではない。
近い。耳元で声がする。その上なんだか、いい匂いまでしている。時間が経つにつれ、じんわりと身体が熱くなってきた。
──だから、マズイって。友達でしかないのに。
「ねえ、本当に平気?」
「だ、大丈夫だって。おかげさまでギリギリ当たってないし」
「ふーん……。でも腕とか痛くない?」
「っ!」
様子のおかしい私を心配して、陽向が顔を覗き込んで問いかけてきた。大丈夫だと返したけれど、いまいち信じられないようで、先程掴んできた腕の辺りを優しく撫でてきた。
別に痛みなんてものは全くなかったけれど、その手つきに身体がビクリと反応してしまった。私のその反応に、陽向も目を丸くする。
「えっ、ごめん」
「いや……、ごめん。とにかく、大丈夫だから」
何をやっているんだろう。その気もない相手に発情して、我ながら本当に気持ち悪い。
そんな風に頭が冷えてきて、ふと気づく。私の中にはアイドルの由唯を推していた感情ではなく、新しく出会った陽向という人間に惹かれている感情が芽生えている。居心地の良さ、どこか合っている波長、信頼できる誠実さ。それら全てが、いつの間にか私の心を溶かしていた。
そう思うと、ここ最近の自分自身の言動を思い返して、猛烈に悔恨の念に駆られる。意味の分からない連絡や、遊びに誘おうとしていたのも、浮ついた気持ちからだったということで。無性に自分を殴り飛ばしてやりたくなる。
「晴香?」
「あっ、ごめん。どうしたの?」
「こっちのセリフ。どうしたの、難しい顔して」
「それは……」
今考えていたことは流石に、正直に話せるわけもなく。
嘘を吐くのは好きではないし、嫌だけれども、これに関しては相手を不快にさせないためでもあるから、許して欲しい。誰にともなく言い訳をしながら、陽向に答えた。
「……間違ってもああはなりたくないな、って。あんまり知らない土地だと、ついスマホでマップ見ながら歩いちゃうけど。自戒的な」
「人の行動でも反省しちゃうの? 晴香って本当に真面目だねぇ。そういうとこ、好きだけど」
ドキリとする一言だけれど、裏を返せば、大して意識されていないからこそ、さらりと出てくるのだろう。勘違いしてはいけないと言い聞かせた。
ちらりと脳内にかつての友人の顔が浮かぶ。──同じ過ちを犯してはいけない。
「もう、好きだって言ってるのに無視してしかめっ面しないでよ」
「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて」
そうだ。犯してはいけない過ちはもう一つある。
正直、落ち着くまでまた逃げ出したい気持ちは大きいけれど、ちゃんと理由を伝えなければ、それは相手を傷つけるだけの行動だ。そして、その理由は伝えられない。伝えてしまえば、こちらから逃げるまでもなく、逃げられてしまう。それは避けたかった。
「嬉しいよ。私も陽向のこと、好きだし」
これは、あくまで友人として。心を込めすぎないように、お返しをする。
別に大した話じゃあない。私が距離感を間違えなければ、それで済む話なんだ。
「……ちゃんとこっち見て言ってくれたら、百点なんだけど」
「いやあ、照れくさくて」
嘘ではないけれど、隠しごとし続けなければいけない息苦しさ。これが、付き合いがある限り、続いていくことになるのだろう。
アイドルとファンだった頃より、物理的な距離は近づいたけれど、精神的な距離に関しては、変わらないどころか遠くなってしまった気さえする。
「……ふ~ん」
納得していなさげな陽向の視線を感じつつ、話題を逸らすために周囲を見渡す。
「あっ、あの店。SNSでよく見るけど、おいしいのかなあ」
「……確かに、ウチの学生御用達っぽいよね。ここ」
苦し紛れではあったけれど、陽向の優しさもあり、どうにかなったようだ。そうして、今日一日を穏便に済ませるため、私は素知らぬ顔で散歩を続けた。




