「じゃあ、デートしようよ」
『どうしたの急に』
『かわいいけど』
『あ、猫もだけど送ってくる晴香がね』
散歩から家に帰り着いて、恐る恐るスマホを開くと、割とすぐに返事が届いていた。一読して思わず苦々しい声が漏れる。
「くっ……」
こちらはキャッチボールを試みているのに、投げた球をキャッチして投げ返すのではなくバッターとして打ち返さないで欲しい。
ただでさえメッセージを送るのにかなりの勇気を要したというのに、これではもうボールを投じられない。こんなの、果たして何と返すのが正解なんだ。
──まあ、そもそもこんなやり取りに正解なんて求めてしまうのが間違いなのだろうけれど。
少し悩んだものの、上手い返しは思い浮かびそうにもない。諦めて、スルーを決める。無視することは心苦しいけれど、これに関しては向こうが悪い。……ということにする。
切り替えてひとまず、夕飯を作るとしよう。
しかしまたこれで、ぶつ切りになって連絡が途絶えるのか。残念に思う気持ちもないではない。
とはいえ、例えば今回のように私から何かまたメッセージを送って、そのときも返答に困るようなことを言われてしまったら? ラリーが一回で終わるやり取りを何度も繰り返すのも、妙な気がした。
「はぁ……」
大体、世の人たちは仲が良いから頻繁に連絡を取り合うのであって。……連絡を頑張って取ったところで、必ずしも私たちが仲良くなれるわけではない。むしろ、鬱陶しがられたり面倒に思われるリスクだってある。
かつて陽向が言っていたように、彼女の価値観に自分と近しいところが多いとすれば、私なら鬱陶しいとか面倒だとか思いかねないので、つまりそういうことになる。──でも、興味がない相手からの連絡がそうなのであって、例えば、それこそ陽向なら別に嫌ではない。プレッシャーというか、緊張こそすれ。
「……いただきます」
じゃあ、ここで問題なのは、向こうにとってこちらがどういう存在なのか、ということになる。少なくとも、これまでの振る舞いを思い返せば、好意的に捉えられている、ように見える。とすれば、大丈夫、なのか?
でも、やっぱり受け入れられないというか、信じがたい。それに、私の見立てが合っていたとして、好感度が高い方が、なんというか、怖いと思ってしまう。本当の自分を知られるのが、失望されるのが、どうしようもなく恐ろしかった。
「……ごちそうさまでした」
食器を洗いながら、まだうだうだと考えても仕方がないことを考え込んでいると、遠くでスマホが震えた。一通り片付けを終えてから、手を拭いて画面を確認する。──陽向だ。
『帰宅中に気づいたんだけど』
『今日の月、キレイだね』
送られてきたのは、夜空に浮かぶ月の写真。それと共に、そんな文章が添えられていた。
月がきれいですね、なんて。
有名なフレーズとしてその文言を捉えるならば、その返事としては、死んでもいいわ、が妥当なのだろうか。窓を開けて、上空を見上げる。
「……ふっ」
本当に今日の月は、誰か人に話したくなるくらいに綺麗で、思わず笑ってしまう。
そう、私が昼間に送った感想文と同じ。そんな、深い意味などあるはずもない。
『確かに、私も外に出て見てみたけど、すごく綺麗だった』
『教えてくれてありがとう』
『それはともかく、気をつけて帰ってね』
彼女がこれを見るとき、もう既に家に着いている頃かもしれないけれど、そんな風に当たり障りのないことを言って返しておく。
「ふぅ……」
やっぱり、文章でのやり取りは相手の感情があまり読み取れなくて難しいし、向いていない。
……会いたいな。
無意識に浮かんだ想いに自分で気づいてから、慌ててかき消す。……これ以上は、これ以上入れ込むのは、危険だ。
適切な距離感で、適切な関係性で。そうでないと、また──
「ん゛んっ!」
窓を閉めてから、思考を遮るように咳払いをした。もう考えたって仕方がない。さっさとお風呂に入って、やるべき課題なんかをするべきだ。
なんだか最近は距離が縮まって、浮かれてしまっていたかもしれない。冷静に、落ち着いて、良い関係性を保ちたい。
そんなことを考えつつ、改めてパソコンに向き合って、課題に取り組み始めた。
***
「晴香って、散歩好きなの?」
「まあ、割と……」
翌日。いつものようにお昼時に食堂へ集まって、とりとめのないことを話しながら陽向と食事を共にする。話題は昨日のメッセージのやり取りで、気まずさというか、気恥ずかしさを感じながら、会話を続ける。
「私も好きだよ、散歩。なんか、ぼーっと歩いてると、イイ感じに考えがまとまったりしてさ」
「……うん、分かる」
「昨日みたいに、発見があったりもして。それにしても、嬉しかったなぁ〜。晴香がわざわざ私に連絡くれたの」
「それは、たまたま人懐っこい猫見つけたから……」
「でも、私を思い浮かべて、私に教えてくれたんでしょ? それが嬉しいんだよ」
「……っ」
そう言って薄く微笑みかけてくる陽向から、思わず目を逸らす。なんだか、自分が親にその日あった出来事を報告する子どものようで、改めて恥ずかしくなる。
「これからもさ、いっぱい教えてよ。晴香が感動したとき、誰かに何か伝えたいなって思ったこと、全部。一番に、私に」
「……うん」
その要望を断れる訳もなく、しおらしく頷く。約束のこともあったし、そもそも、他に言いたい相手なんていないから、それは要らぬ心配だけれど。
「でさ、ついでにもう一個」
「?」
「今日このあと、空いてる?」
「え、まあ、うん」
今更聞かなくたって、もう私の一週間のスケジュールなんて把握しているだろうに。そりゃあ、アルバイトが入っている可能性はあるけれど、その日は出勤用の服装をしているから、格好での判断もできる。
訝しく思いながら首を縦に振ると、陽向は不敵に笑った。
「じゃあ、デートしようよ」




